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【パオーンの掃除機】は使用時、「パオーン」という鳴き声がする。学校の試験対策をする学生や免許取得試験勉強に臨む見習いたちが、一般の【掃除機】が出す音よりも、まだこちらの方がましだという。その後、【掃除機】は静かなタイプが開発されている。
ルシールは持ち込まれた【パオーンの掃除機】を修理していた。
<斥晶石>という鉱物の持つ魔力は大抵の他魔力と反発する。人の持つ魔力にも。その性質を応用して、魔道具に内臓され、モーターを動かす動力とされる。
<斥晶石>が取り付けられた羽を囲むU字部品の両極に魔力を流すと石の持つ魔力が反発し、激しく回転しだす。この動きが軸に伝わりモーターが回転する。
「<斥晶石>がついた羽が歪んでいるわね」
だから、ボタンを押してもモーターが作動しなかったのだ。
鳴き声シリーズかどうかにかかわらず、たいていの【掃除機】の仕組みはこうだ。
魔力を流すとモーターがファンを回す。このファンは斜めになっており、空気の流れを生む。これにより、ヘッドからごみやほこりを吸い込む。紙パックに集め、フィルターで止められる。空気は紙パックやフィルターを通り抜け、排気口から出る。
【掃除機】はマーカス工房でも何度か修理し、なんなら、組み立てたこともあるから、設計図を見なくても扱える。
故障箇所を修理した後、フィルターや内部の清掃をする。
本体をぱちんと閉めると、後部からちょろりと出た尾がふるりと震える。
修理した魔道具をシンシアに確認してもらう。
「知っている? 【掃除機】は最初にできたときは魔力を用いなかったそうよ」
「機械設計だけで動いたんですか?」
「そうなの。ふいごを使ったんですって」
両足でそれぞれふいごを踏みながら、一歩進むごとに空気やほこりを吸い込んだり吐き出したりするものだったという。
「すごいわよねえ。魔道具師は魔力回路を知ればいいだけじゃないわ。魔力のことも、仕組みのことも知っておかなければならないのね」
シンシアは勉強熱心で、様々な知識を持っていた。話を聞くだけで勉強になる。
シンシアは魔道具師協会が発刊している魔道具に関する専門雑誌も定期購読している。この雑誌には注目の魔道具や特集記事などが掲載されている。それだけでなく、新聞も取っており、ルシールにも店番かたわら読むように勧めている。新発明や新技術に関しては魔道具の雑誌だけでなく、新聞にも載る。
「水を吸い込める特別な【掃除機】も、原理は同じよ。タービンでホースから空気と水を吸い込むの」
七つ島は海と共に栄えてきた。逆にいえば、水と上手く付き合っていく必要があった。
「吸い込まれた水がモーターに触れることはないんですか?」
「ええ。タンクにたまるの」
「水辺で重宝しそうですね」
ルシールはシンシアにお使いを頼まれ、工房と取引がある素材屋に出かけた帰りに市場を通りかかり、ふと買い物客のひとりに目を止めた。
金色に流れ落ちる髪から白い額がのぞく。年齢不詳のたおやかさ。
遠目にもエルと同じくらいの衝撃を受けるほどのうつくしさで、自然と目がそちらに向いた。
周囲の者たちの視線が集中していることにも意に介さず、市場で売られているものに興味津々である。
「面白いわ。「びっくりトウガラシ」は衝撃の辛さなのね? そちらは?」
見るからに身分ある女性がお忍びでやって来た、という風情だ。指さす手指がほっそりして繊細な細工物のようだ。尋ねる声も矢継ぎ早ではなくおっとりしている。
「こちらは「びっくりコショウ」と言いまして、」
店員は麗人の質問にまごつきながら答える。
「「びっくりトウガラシ」と同じく驚くほど辛いのかしら?」
「そうです。そして、とても風味豊かでございまして」
「まあ。別の意味でも驚くのね」
店員の説明に感心する麗人に、近寄っていく者がいた。
「これはこれは、お嬢さま、なにかお探しですか?」
揉み手をせんばかりの風情でねこなで声をかける。
「ええ。この近くに魔道具工房があると伺ったの」
見るからに怪しいが、麗人は素直に答える。
「魔道具工房!」
身なりや仕草からしていかにも上流階級の人間だ。さらに魔道具という高価な物を扱う工房を探していると聞いて、男は目を光らせる。
「知っていますよ。ご案内しましょう」
「まあ、そうなの?」
魔道具工房を探していると聞いたルシールは思わず身体が動いていた。男は親切心から麗人に話しかけたのではないことは一目瞭然だ。近づいた目的も、どこへ連れて行くかも、分かったものではないが、ろくでもないことは確かだ。
「魔道具工房で働いていますから、わたしが案内しましょう」
「あら、では、あなたが———」
「おいおい、後から割り込んでくるんじゃねえや!」
男は態度を一変させてルシールを怒鳴り付けた。企みを邪魔されて腹を立てたのだ。
「誰か、警邏を呼んでおくれ!」
「おお、行ってくる!」
一連の出来事を見ていた市場の人間が声を上げ、常連客らしき者が駆けだす。
「ちっ」
形勢不利と見て、男は唾を吐いて去って行った。
「おやまあ、逃げ足は速いねえ」
男の後姿を見て、露店の店員が呆れた声を出す。
「お嬢さん、ああいった男の言葉に耳を貸してはいけませんよ」
「そうだなあ。場合によっては女性の誘いにも乗っちゃあいけないぜ」
「まあ、そうなの。ご親切にどうもありがとう」
道行く人々が声をかけ、麗人はていねいに礼を言う。
もめ事は未然にふさがれたとばかりに、やれやれという弛緩した空気が流れた。市場はすぐに買い手と売り手の賑やかな喧騒が戻って来る。
ルシールも買い物を続けようとした。ところが、麗人がルシールに声をかけた。
「あなた、もしかして、ルシール?」
「はい、そうです」
「良かった! わたくし、あなたの工房へ伺うところだったの」
ルシールは面食らった。
「先日、エリーズからお話を伺ったのよ。それで———」
「夫人! こちらでしたか!」
ひと目で護衛と分かる男がふたり駆けてきた。エリーズが連れているのを見かけたことがある者たちと同じような風体をしていたからすぐにそれと分かった。
「あら、見つかってしまったわ」
のんびりと悪びれなく言う言葉に、どこからか抜け出して来たのだとルシールは悟った。




