13
「ルシール、久しぶりね!」
「元気そうねえ」
「ライラ、ネリー!」
赤毛のライラとおっとりしたネリーの顔を見て、ルシールの気持ちは弾んだ。頻繁に手紙のやりとりをしていたが、みんな仕事を持っており、最近会う機会は減っていた。エイベル橋を渡ればすぐなのだが、ルシールはひとり暮らしの新しい生活に慣れるので精いっぱいというのもあった。
新年祭は四人で会おうとなり、今日を楽しみにしていた。
「去年は三人だったものね。今年はルシールもいて嬉しいわ」
「今回も会場と料理の提供、ありがとう、ジャネット」
ルシールはカーディフに移り住んでからこの日、初めてコールドウェルへやって来た。見知った顔と出会いたくないというのもあったが、とにかく忙しかったのだ。
友人たちのみで行う新年祭にかかる費用は、学生のころはジャネットとその家族の好意を受けていた。働きだしたのだからということで、ルシールたち三人でお金を出すことにした。
「今までが甘えすぎていたんだから」
「そうよ。受け取ってちょうだい」
「もっと支払っても良いくらいに美味しいわあ」
ルシールたち三人から、ちゃんと対価は受けるべきだと口々に言われ、ジャネットも受け入れた。
「こう言ってはなんなのだけれど、その、ルシールは魔道具師を目指していたでしょう?」
「ああ、わたしも思った。結局、これで良かったんじゃないかしらって」
いつも直截なライラが珍しく言いよどみ、その意図を察してネリーが続ける。
「そうよね。いくら総督の傍流の家でも、女性が職を持つななんて、横暴よね」
ジャネットが実はずっとそう思っていたのだとぶちまける。
「恋のお相手だってちゃんと心が通い合う人を見つけると良いんだわ」
みなの意見が同じだったのだと知ってライラが安心して料理を食べながら言う。
「でも、ルシールって魔道具のことばかりにかまけてしまいそうね」
「わたしもそう思う。あら、でも、ルシール、ちょっとおしゃれになったんじゃない?」
ルシールはその日、いつも好んで着ている襟の大きなブラウスを着ていた。鎖骨の下まで張り出した先に刺繍がしてあるものを選んだ。リオンがプレゼントしてくれたリボンとブローチをつけている。
鋭い。友人たちの観察眼は侮れない。
ルシールは早々に白旗を上げて白状することにした。
「実は付き合っている人がいて、」
ジャネットはコップに口をつけたまま、ライラは料理を口に入れたまま、ネリーはお代わりの料理を皿に盛る仕草のまま、それぞれ動きを止めた。
「そうなの?!」
「どんな人?」
「良かったわねえ」
悲鳴じみた、興味津々の、しみじみとした、それぞれの声音で言う。そして、さっと目配せし合い、声を揃える。
「「「おめでとう」」」
「———ありがとう」
それ以外の言葉を言えるだろうか。面はゆいけれど、嬉しくもあった。
新年祭は一気に祝賀会となる。
「ああ、採取屋のお兄さん」
「確か、ものすごく格好良いって言っていなかった?」
「採取屋リオンって新発見をした人でしょう?」
「若いのにすごいわね」
「ルシールと昔からの付き合いよね」
「幼馴染ってやつねえ」
「良い響きね、幼馴染が恋人」
怒涛のように喋り、当事者であるルシールが口を挟む余地はない。リオンとはもう長い付き合いで、友人たちにもそれなりに話していた。そのため、本人から聞くまでもなく話が続く。
驚くことに、この会話はしっかり料理を食べ、飲み物を飲みながら行われているのだ。三人もいるのだから、誰かがしゃべっているときに飲み食いし、口の中が空いた者が順番に話す。
「ルシール、食べている?」
久しぶりの友人たちの様子に、幸せを噛みしめていたルシールだったが、皿の上が減らないのを目ざとく見つけたジャネットが声を掛けた。
「ちょっと痩せたんじゃない?」
「ひとり暮らしだもんねえ。仕事をしながらだと、料理するのも億劫よねえ」
ライラも心配し、ネリーがうんうん頷く。
「そうなのよね」
特に、魔道具師をふたたび目指せるようになって仕事にばかり熱を入れていた。そこでふと気が付く。リオンが毎日のように食事に連れ出してくれるのは彼女たちと同じ心配をしたのではないだろうか。もしかすると、シンシアもそれを察してリオンが来たら快く送り出してくれるのかもしれない。
「今度、料理を教えようか?」
ジャネットの言葉にルシールはほほ笑んだ。こうして心配りをしてくれるのを素直に受け入れようと思った。
「うん。そうしてくれると嬉しいわ」
デザートにカンノーロというペイストリー菓子が用意されていた。
サクサクの生地は筒状に丸められ、中にはたっぷりリコッタ・チーズとバニラやチョコレートが入っている。
「カンノーロのリコッタ・チーズって牛乳を使うところもあるらしいわよ」
「そうなの?」
「あら、これ、中のクリームの味が違うのね?」
「そうよ。こっちはマルサラ酒風味にしてみたの。それと、これもどうぞ」
ジャネットは大皿にこんもり山積みにした菓子をテーブルに置いた。ルシールたちの目が輝く。
「「「エビチップス!」」」
七つ島の周辺では様々なエビがとれ、一年を通して食べられている。そのエキスを使ったチップスはそれぞれのエビ由来の癖のある味わいで、子供から大人まで好まれる菓子だ。
「やだ、止まらない」
「どちらもサクサクしているわ」
「ふふふ。甘い、辛い、甘い、辛いの無限ループよ」
「わたし、明日から減量しなくちゃ」
「じゃあ、今日は食べ溜めしないとね」
食べ、飲み、喋り、とそれぞれの口は忙しく動いた。
市庁舎で働くネリーは先日、会合の手伝いに参加したのだという。
「お酌させられたのよ。そのとき、胸ばっかり見ているの。本当に気持ち悪いわあ」
出会ったばかりのころはふくよかだったネリーは成長するにつれ、胸が大きくなっていた。ライラ曰く、胸だけを残して痩せた、である。
「胸が大きいのって良いことばかりじゃないのよね」
「どういうこと?」
逆に小さいことを気にしているルシールが尋ねた。
ネリーは同年代との楽しいお付き合いというよりは、年上から即座に体の関係を持とうというお付き合いを申し込まれることが多いのだと話した。
「お、大人な会話ね」
「ちょっと、やだ、ルシール、彼氏がいるのになにを言っているのよ」
そう言って笑うジャネットには学生のころから付き合っている恋人がいる。
「わたしは恋人どころじゃないわ」
ライラは稼業でもある家具工房で働く三歳年上の先輩職人とよくぶつかるのだとため息をつく。
「前から思っていたんだけれどねえ、ライラ、それ、アプローチされているのではない?」
ネリーは以前から相談を受けていたようで、そんな風に言う。
「えぇ?!」
目を丸くするライラに、「ありそうね」ジャネットが頷く。
「男は甘えられたいのよ。ここで重要なのは寄りかかるんじゃないの」
「依存でもないわねえ」
「むずかしいのね」
「ネリーは? 誰か気になる人はいないの?」
「そうなのよねえ。恋人を作っちゃえば妙なお誘いは受けないんでしょうけれど」
そう言いながら考えを巡らせたネリーは思いついたように言った。
「そう言えば、カーディフの市庁舎にすごい有望株のイケメンがいるって聞いたわ。若いのに役職付きなんですって」
「ネリー、まだ二年目なのに隣町の市庁舎の人のことまで知っているの?」
「それがねえ、最近、コールドウェルやカーディフで窃盗事件が多発していてね」
海賊の仕業ではないかという見方も出てきているのだという。
「総督府でも取り締まりの強化をっていう指示が出ているのよ。違う島とはいえ、エイベル橋を渡ってすぐなんだから、連携すべきじゃないかって話も出ているの。そう提唱しているのが、そのイケメンですって」
「仕事ができそうね」
ネリーの話にジャネットが感心する。
「ルシールのところは女性の工房主でしょう? 魔道具は高価なものだし、狙われないかしら」
「【警報装置】があるけれど、気を付けるわ」
心配するライラに、ルシールは礼を言う。
「イケメンと言えば、少し前にすごい格好良い人がうちの家具工房に現れたの」
「へえ、どんな人?」
恋人募集中のネリーが興味を示す。
「なんだか探しているものがあるらしいんだけれど」
鳥が彫刻されたものを探しているという。
その人物は、金髪で紫色の瞳で二十代半ばか後半くらいだそうだ。ルシールはふとエルのことを思い出した。あの神秘的な色合いの瞳の持ち主は、そうそういない。
女性たちの話はぽんぽんと話題が飛ぶ。
ライラはいつかルシールがつくる魔道具の筐体の彫りができるようになると宣言する。
「それまでお母さんに鍛えてもらうの」
「嬉しいわ。わたしもがんばって良い魔道具が作れるようになるわね」
それは案外早くに実現する。
「良いわね、合作のもの作りができるなんて」
「あらあ、ジャネットはルシールに料理を教えてあげるんだったら、それもある意味合作よお」
同じもの作りに携わる友人ふたりを羨ましそうにするジャネットに、ネリーが言う。ジャネットは気持ちを持ち直す。ネリーの気遣いは健在だ。
ルシールは久々に友人たちとの交流を楽しんだ。
ジャネットたちも同じだったようで、また集まろうとなった。
「来年の新年祭を待たずにね」
そのこともまた、近い将来に実現するのだった。




