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「窃盗団?」
ルシールは思わず繰り返した。
「ああ。魔道具は高額だから、気を付けて」
オスカーが工房へやって来て、最近、カーディフで魔道具の窃盗が立て続けに起きていると話した。それが組織的に行われているとみなされているのだという。
「この工房も【警報装置】が作動しています」
「そうだろうね。女性が工房主なら、備えはあるだろう」
オスカーは想定していたらしく頷いた。彼自身が【バウワウの警報装置】を所有していることから、高価な魔道具を置いてある魔道具工房ならばあると予想していたのだろう。
「けれど、盗人はそれを知らない。女性しかいない工房へ押し入ってくる可能性は高い。そして、魔道具を奪われなかったとしても、君が怪我でもしたら大変だ」
オスカーの言う通りだ。
「わかりました。わざわざありがとうございます」
市庁舎務めのオスカーは街の治安にも気を配っているのだろう。ルシールがそう言うと、目元を和らげた。
「どうやら、複数島にまたがって活動しているようでね」
七つ島はそれぞれ総督がおり、そのもとに運営されている。総督府によって特色がある。それが裏目に出て、オスカーたち市庁舎職員は連携がとれずに四苦八苦しているのだという。
「ということは、船を使っているのかもしれないですね」
「鋭いな」
ルシールが思いつくくらいのことはすでにオスカーも考えていた様子だ。
「じきに新年祭の時期だろう? 一斉に工房が閉まるから、それを狙うケースも想定される」
年の暮れで忙しい最中に厄介ごとが持ち上がったのだ。よくよく見れば、オスカーはどこか疲れた様子だった。
「お疲れのようですね」
ただ、その疲れた様子もどこか艶やかさを感じさせるのだから容姿に優れた者はすごい、とルシールは妙な感心の仕方をした。
褐色の髪、茶色の瞳は理知的だ。エルといい、最近リオンだけでなく容姿に優れた異性によく出会う。女性としてなんだか自信を喪失しそうである。後でクラークにそう言うと、「ルシール、そこはイケメンに出会う機会が増えたって喜ぶところだよ」と呆れられた。思えば、彼にはこんな表情をされることが多い。
「やることが山積みでね。落ち着いたらまた食事にでも行こう」
それを楽しみに励むと言って工房を出て行った。そう言われれば断ることもできず、ルシールは風邪などひかなければいいが、と思うのだった。リオンが知れば嫉妬し、クラークをさぞ呆れさせるだろうことに。
「最近、元気がないんだ。いつもなら甲板の上をすいすい動くんだがな」
そう言って大柄な男性がカウンターに置いたのは懐かしい魔道具だ。
「【ニャーニャの害虫捕獲機】ですね」
思わず唇をほころばせると、男性は腕組みして「おう」と答える。なんだか誇らしげである。組み合わせた腕は筋肉で盛り上がっている。腕だけでなく全身が筋骨隆々で、ルシールは思わずマーカスを思い出した。
「嬢ちゃん、店番? 工房主は?」
大柄な男性の隣に立つひょろりと背の高い男性が言う。ひとりで立っていればそうでもないのだろうが、比較対象があまりに大きくて、とても痩せて見えた。
マーカス工房にいるときから初めて会う客に言われ続けてきたことだから、ルシールは気にしなかった。それよりも、「嬢ちゃん」という呼ばれ方には慣れているものの、初見の者から言われるとくすぐったい。すぐそこに迫る新年になったら十九歳になるのだ。成人してから一年が経とうとしていた。
「嬢ちゃんは魔道具師か?」
「魔道具師見習いです」
「修理はできるか?」
魔道具師免許がなければ魔道具の作成は免許取得者の監督の下に行わなければならないが、修理は可能だ。それでも、ルシールはマーカスやシンシアに確認してもらっている。
「できます。ですが、工房主がよろしければ、呼んでまいります」
細い方の男性が心配していることを読み取って、ルシールはそう付け加えた。
「いや、俺は嬢ちゃんにやってほしい」
「船長、いいんですか?」
痩せて見える男性が驚いたように言う。
「大切な魔道具だ。大事に扱ってくれそうな人間に託したい」
大柄な男性は「調子が悪い」ではなく「元気がない」と言った。
「わたしもぜひ、この魔道具の「元気を取り戻したい」と思います」
「気に入った。嬢ちゃん、名前は? 俺はヘンリクだ。こっちはタルモ」
勝手に名前を告げられたからか、タルモという男性は鼻に皺を寄せた。
「ルシールです」
「嬢ちゃんくらいの女の子には大抵怯えられるんだが」
「小さいころから加工屋のみなさんによくしてもらっていたので」
加工屋は大柄な者、いかつい者が多い。
「おお! カーディフの加工屋な。あいつら、陸の人間にしちゃあ、骨のあるやつらだからな」
「カーディフの加工屋は腕のいいやつが揃っていますよね」
タルモも二度三度頷く。
「おう。うちの船大工が感心していた」
ふたりの会話に、ルシールは嬉しくなる。
「おふたりは船乗りなんですか?」
この【ニャーニャの害虫捕獲機】も甲板で使うと言っていた。そして、タルモはヘンリクを船長と呼んだ。
「そうなんだよ」
「船大工はどんなことをするんですか? 船の修繕ですか?」
ルシールはつい興味があることを質問した。
「船に使われるもんならなんでも。魔道具もいじれるぜ」
「船の魔道具!」
思わず声が弾む。ヘンリクがにやりと笑った。
「お、興味があるか?」
「はい。魔力モーターが利用されているんですよね」
「そうだ。スクリュー・プロペラを回すんだ」
「ふつうのプロペラじゃねえ」
タルモも付け加える。
スクリュー・プロペラを水中で回すことによって強い力で水を後ろへ押出し、船を前へ動かす。
交互に話すふたりに、ルシールは熱を入れて耳を傾ける。
「スクリューの回転だけじゃねえ。水の勢いや空気やら、いろんなものを利用しているんだとさ」
「船自体も水の抵抗を受けにくい形になっているって言っていましたよ」
「いろんな工夫がされているんですね」
心から感心しながら、ルシールはため息混じりに言う。
「そりゃあそうよ。あんなデカいものを動かすんだからよ」
しかも大勢の人間や積み荷を搭載する。
「もちろん、道具だけに頼らず、俺たち乗組員がしっかり働いているんだ」
「おうよ。だから俺たちの船はとんでもない速さだぜ。難海流もなんのそのだ」
「格好良い」
ルシールは目をきらきらさせながら呟いた。
ヘンリクはもちろん、初めは疑わし気だったタルモも、すっかりルシールに任せる気になっていた。どのくらいで修理が終わるかを話すと満足げに工房を出て行った。
「じゃあ、その日以降に取りに来る」
「よろしくな」
「お預かりします」
【ニャーニャの捕獲機】は無事に「元気を取り戻す」ことができた。
試しに工房内で動かしてみると、スムーズに動く。
「おお! 元気になった!」
ヘンリクはぱっと笑顔になる。
修理具合を確認した後、ルシールは魔道具を持ち上げスイッチを切ってカウンターに置く。ルシールが撫でると、尾が動いた。
「動いた!」
「スイッチは切っていましたよね?」
ヘンリクが飛びあがらんばかりに驚き、タルモも目を剥く。
「嬢ちゃん、うちの姉ちゃんと同じなんだな!」
「お姉さま?」
「そんなご大層な呼ばれ方する人間じゃなかったけれどな。これは元々は姉ちゃんのものだったんだ」
剛毅な人だったが、黒虫だけは苦手だったのだという。それでこの魔道具を愛用していたのだ。船の中にも黒虫は出るのだ。どこにでもいる。
「うちの姉ちゃんは船をじゃんじゃん艤装してさあ」
「稼ぐ端から船に金をかけましたよねえ」
参っちまうと言うヘンリクは懐かし気な表情を浮かべ、答えるタルモもしみじみとした顔つきだ。
ルシールは彼らが過去形で話しているのに気づいた。エルといい、身内を亡くした者が立て続けにやって来る。こういう巡り合わせというのもあるのだろう。
「姉ちゃんがこいつを撫でると耳や尾がよく動いたものさ。嬢ちゃんと同じにな」
ヘンリクは大事そうに【ニャーニャの害虫捕獲機】を抱きかかえると、楽しかった、また来ると言って去って行った。
そして、ヘンリクとタルモは宣言通り何度か訪ねてきた。
「<夜光珠>って知っているか? 海の夜の化け物だ」
「その怪しげな光に魅入られ、海に引きずり込まれるって言われているんだ」
ふたりがかりで脅かそうとでもいうのかと思いきや、真剣な表情である。
だが、よくよく考えてみれば、夜の海の水面がぼんやりと光っている。それは空の月ではない。海の中からの光だ。
怖い。
大海原を何か月も旅する船乗りたちは迷信深くなりもするだろう。
だが、<夜光珠>は化け物ではない。殻が月の光を反射する貝だ。とりかたを知っていたらそんな話にはならない。でも、その方法は知っているものの自分の力で得た情報ではないので、素材屋や採取屋なら知っているかもしれないと話しておいた。
「素材屋か。カーディフはなあ、加工屋はいいんだが、素材屋はな」
ヘンリクの勢いがしぼむ。ルシールはカーディフの素材屋も素晴らしいと思っていたので意外な感を覚える。
「怖ろしい男がいますからねえ」
タルモの言葉に、察しがついてしまった。デレクはこんな風に島外からやって来た者たちにも恐れられているのだ。荒くれの船乗りにもいつもの調子を崩さず対応した結果だろう。
さて、ヘンリクとタルモは<夜光珠>の情報を掴んだらしい。喜び勇んでやってきた。
「嬢ちゃんが言っていた通り、腕の良い採取屋に聞いたら<夜光珠>の正体が分かったぜ!」
「ほかの船の船乗りたちにふっかけて教えてやりましょうぜ」
浮き浮きと言うヘンリクに、タルモがにやりと笑う。
ふたりは教えてくれた礼だと言ってルシールに艤装の魔道具について話してくれた。
「タコの力で進む貨物船があるんだって」
「タコってのは食べる方じゃないぞ。空を飛ぶ方のやつだ」
なんでも、とんでもなく大きい凧を空高く揚げ、受ける風力で航行を助けるのだという。
「そのタコってのが【ミャウミャウのカイト】って言うんだってさ」
「鳴き声シリーズの魔道具!」
「はっはっはぁ。ほらな、嬢ちゃんはぜったい、この話を喜ぶと思ったよ」
「船長が船に関わる鳴き声シリーズの魔道具がなんかないかって言って、船大工にひねりださせたんだよ」
なんだか船大工に悪いような気がしてくる。ともあれ、彼らは気の良い船乗りのようだった。
「こないだ、うっかり航行禁止区域に近づいちまってよ」
「えぇ?!」
七つ島は小島をいくつも持つ群島諸国だ。そのうちの特定区域は総督府によって航行禁止とされている。島民だけでなく島外の者でも、破れば罰則もある。
「大丈夫。見つかる前にずらかったから」
ずらかる。そんな言葉を聞くのは初めてのことで、ルシールは思わず笑った。
「その先には小島があるくらいなんだがよ、そっちから吹いて来る風が臭いのなんのって!」
「総督府の船に追い払われる前にさっさと離れたんだ」
悪びれない物言いの彼らの話はとても面白く、ルシールはつい聞き入ってしまう。
「【ニャーニャの害虫捕獲機】は元気ですか?」
「おうよ。甲板をすいすい動き回っているぜ」
「また連れて来るよ」
タルモまでそんな風に言うようになった。
女性でまだ若く、魔道具師にすらなっていない見習いだから、軽んじられるものだ。けれど、こうして会話を重ねればそんな軽視は薄れる。
ルシールはなんだか嬉しくなって「お待ちしております」とほほ笑んだ。
そんな風にして、ルシールの魔道具師を目指すことを再開した年は、島の運営側である市庁舎の職員、島外の人、船乗りといった様々な者たちとの出会いによって幕を閉じたのである。




