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 後日、オスカーは工房を再訪して律儀に礼を述べた。

「まさに今、弟は困っていた。きっと魔道具が警告してくれたんだな」

 ルシールに礼を言うが、シンシアが説得したのだ。今この時だというのは、その時機を逸してしまってずっと後悔していた彼女ならばこその説得力があった。


「弟とは年子でね。だからずっと比べられていた。子供のころの一年の差は大きいはずなのに、弟は体格がよくて兄弟逆に言われることもあった。だから余計に憎くてしかたがなかった」

 弟は競争相手で、いつもすぐ傍にいるから余計に競い合った。

「それでも生きているんだ。会いに行って良かったよ」

 怪我をして一時的に仕事ができなくなり、いよいよ生活が立ち行かなくなっていたのだという。


「わたしが頑なだったから、頼ることもできなかったんだろう」

 治療費のほか、当面の生活費を出した兄に、弟マイルズは頭を深々と下げた。

 熱い抱擁をかわすこともなかったが、今後はそれなりに付き合おうということになった。

「距離を置いてやって行こうと思う」

 人付き合いには、その距離が必要なのだ。


「間に合って良かった」

「本当に。高利貸しに手を出したら、後々の生活は悲惨なものとなっただろう」

 他人事なのに心から安堵するルシールに、オスカーもしみじみ頷く。


 オスカーもまた、ひと通りの対処をした後、誰かに聞いてほしくなった。すぐにこの工房の翡翠色の瞳を思い出した。

 少々気後れされている風ではあるが、オスカーは女性からそんな風に接されることはままあった。逆にぐいぐい迫って来る女性もいたが、あまりそういった者は好まない。それでいて、自分でしっかり立つ女性が好きだ。

 つまりは、ルシールはオスカーの好みであった。

 優し気でほっそりしていて、若いのに魔道具師としてなかなかの腕前を持っているところが尊敬に値する。強引なのも弱々しいのも好きではない。穏やかでいて芯が強いところが良い。


「工房主にも礼を伝えておいてくれ」

「はい。今日はわざわざいらしてくださり、ありがとうございます」

 言葉遣いも丁寧で行き届いている。なにより、満足のいく仕事をしてくれた。

「これも魔道具が繋いでくれた縁なのかな」

「バウワウ」

 かすかにまた魔道具の鳴き声が聞こえたような気がした。




 オスカーはペルタータ島でも富裕な都市カーディフにおいて公的な仕事をしている。他島の総督家とのやりとりもそれに含まれる。

 隣島のレアンドリィ島の総督夫人は身体が弱く、ほとんど公務に就いていない。代わりに、総督の弟の妻がその役割を果たしている。


 レアンドリィ夫人エリーズは神殿の奉仕活動など精力的に行っている。ときに、カーディフの神殿とも連携を取っている。総督の家門の者として慈善活動に力を入れるのは当然の役目とされていた。

 エリーズは三十半ばで、歳が近いからオスカーが対応を任されることが多い。

 そんなエリーズがカーディフの市庁舎にやって来た際、ふと漏らした。

「最近、このペルタータ島の魔道具工房にやってきた見習いの女性をご存知?」

 打合せが一段落した後、空いた隙間にぽつんと落としたような雰囲気だった。


「あら、そんな方、たくさんいらっしゃるわよね」

 慌てて取り繕うように笑うエリーズにオスカーはタイミングの良さに驚く。

「いえ、魔道具師見習いの女性はそう多くはありません。しかも、ちょうど魔道具の修理を依頼したところです」

「まあ! その方、なんてお名前? どんな方なの?」

 エリーズは前のめりになって矢継ぎ早に尋ねた。


「シンシア魔道具工房のルシールという女性ですが、」

 エリーズの目がきらりと光り、その口元には笑みが刻まれる。

「シンシア魔道具工房。そうなの。それで?」

 その声音には有無を言わさないものがあった。


「見習いとは思えないほどしっかりした方ですよ。わたしの魔道具もきちんと修理してくれました」

「まあ、素晴らしいわね!」

 満足げに笑ったエリーズにルシールを知っているのかと聞けば、友人だと答えた。

「歳は離れているのですけれどね」

「年齢を越えた友情ですか。良いですね」

 オスカーがそう返すと満足そうだ。それとなくルシールについて尋ねるも、のらくらとかわされた。こういうところが深窓の令嬢のままであるレアンドリィ総督夫人にはない手腕であり、だからこそ、レジティ・レアンドリィ総督の信頼が厚いのだ。


 さて、事はルシールに関わる。オスカーはどうにも気になって調べたところ、なぜ、エリーズが口外しなかったのかが腑に落ちた。

「二度も浮気を重ねての婚約破棄? しかも、一度目は妹と? なんてことだ」

 自分を警戒し、なるべくふたりきりになろうとしないのも分かる。相手に不貞を働かれたのだから、無意識に男女のことから遠ざかっているのかもしれない。


 それにしても、そんなことがあったのに女性の身で独り立ちしているなど、なんという強さだろう。

 自分になにかできないだろうか。

 自然とそう思えた。


 ルシールはオスカーが弟との関係を修復するきっかけをくれた。

 その弟だが、不思議なもので、断ち切っていた連絡を取るようになったら、昔の知人に会って意外なことを聞いた。


 またルシールに話を聞いてもらいたくなってオスカーは工房へ出かけた。知恵を巡らし、昼頃に訪れ、工房主に断って食事に連れ出した。

「市場のオープンテラスなら気にならないだろう」

 密室が駄目なら開放的な場所で、逆に多くの人目がある方が忌避感は薄いだろう。

 そして、屋台から漂う香ばしい匂いは空腹を刺激する。オスカーもそうだが、仕事をすればするだけ腹が減る。体重増加を気にして小食になる女性に対して理解ができないが、目移りするルシールはそんな心配はいらなさそうだ。


「君、食べられないものや嫌いなものは?」

「あまり辛すぎたり酸っぱすぎたりしなければ大丈夫です」

 人ごみを避けるために肩が触れそうな距離で歩く。

「ああ、あのびっくりシリーズみたいなやつか」

 七つ島特有の香辛料「びっくりショウガ」や「びっくりピーマン」などのことである。とんでもなく辛かったり酸っぱかったりするのだという。


「たまに市場の屋台でも使っていると聞いたことがあります」

「あれを料理に入れているのか!」

 言ってみたものの、本当に調理しているとは、とオスカーが目を剥くと、ルシールが思わず笑い声を上げる。


 適当にいくつか買って空席を見つけてテーブルにつく。カラフルなパラソルの下で食事をするのは、実はオスカーは独立後これが初めてのことだったがとても楽しく思えた。

 今までしたことのないことを経験させてくれたルシールに感謝すら覚える。


 食事の後、飲み物を飲みながらオスカーは話し始めた。

「弟と連絡を取り合うようになったと話しただろう?」

「はい」

「どうしたことか、昔の知人に会って意外なことを聞いたんだ」

 オスカーはルシールにとって単なる客でしかない。だが、ルシールは邪険にすることなく静かに耳を傾けた。やはりとても好ましい女性だ。


「わたしは子供のころ、一時期いじめられていたことがあってね」

 そして、弟がそのいじめっ子に勝負を持ちかけたのだという。

「でも、それでいじめられなくなったんだと思う。ぴたりと止んだ時期と合致する」

 実はオスカーは当のいじめっ子からその話を聞いたのだ。


「え、当人からそう聞いたのですか?」

 それまで口を挟まず聞いていたルシールが目を丸くする。

「そう。本人から。昔のいじめっ子に再会したわたしの衝撃を分かってくれるかい?」

「それは、ええ、そうですね」

 悪戯っぽく笑うオスカーに、ルシールはついそんな場合ではないのに、シンシアが言っていた「格好良い人」というのが思い起こされる。三十歳前と聞いたが、役職付だからかとても落ち着いている。


「兄貴に言うなって口止めされていたんだそうだよ」

 いじめっ子はもう時効だよな、と笑ってぺろりと喋った。

 オスカーは子供のころは弟に体格で負け、いじめを受けたこともあったが、頭の良さを活かして今はそれなりの職に就いた。

「弟には知らないうちに恩を受けていたんだ。それを知ることができたし、少しはその恩を返すことができたと思う」


 弟に「本当に困ったときは言え」と言ったら、「兄貴もな」と笑っていた。

 いじめられているなんて、意地でも言えなかった。弟はそれが分かったから黙っていた。今もずっと。


「君のお陰だよ、ルシール」

 本当に心から感謝している。頭が固い自分の背を押してくれた人に。取り返しがつかなくなる前に動くことができた。




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