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【プップップの洗濯機】。

 別名【ゴウンゴウンの洗濯機】だ。ゴウンゴウン脱水槽が回るのに合わせて、プップップ、という鳴き声が聞こえて来る。いっしょうけんめい回している鳴き声だ。故障しているのではない。

 ちなみに、牛の一種であるトニとは違う、本物のハムスターの鳴き声を模している。

 あらかじめ決められた順番や、手順に従って、制御の各段階を逐次行う制御が必要となる。

 この制御によって給水、洗い、すすぎ、脱水までを自動で行う。


 ルシールはこの魔道具の設計図をカウンターの裏で広げながらワークボードで試作をしていた。

 ドアベルが鳴り、顔を上げる。

「エリーズさん」

 思わず立ち上がる。

 開いた扉の向こうに、今や懐かしくすら思える顔があった。


「お久しぶりね、ルシールさん。お元気そうで安心したわ」

 三十代半ばのはつらつとした女性が立っていた。レアンドリィ総督の弟夫人だ。身体の弱い総督夫人に代わって公務をこなしている。

 ルシールも学校を卒業した婚約期間中、神殿奉仕などで親しく付き合った。さっぱりした気持ちの良い人だ。


 婚約者の不始末があった際、母は泣き崩れ、父と兄は我関せずという態度を貫いた。女の(いさか)いは男には分からないと言って。

 エリーズはそんなルシールの家族に、問題事が起きても無関心であるのも一種の虐待だと言った。父と兄は心外そうだった。無責任で無情であるということに気が付いていないのだ。

 そんな風にエリーズにはかばってもらったりなにかと気を遣ってもらった。でも、そのときはとにかく総督関係の事柄とは離れていたかった。

 だから、ルシールが家を出るとき、後見人になろうとエリーズが言ってくれたのを断った。


 エリーズはあまりにも総督に近しい存在だ。現在のレジティ・レアンドリィ総督は子供を持たない。次期総督はエリーズの子供がなるといわれている。

「レジティ」は「正統な」という意味だ。七つ島でも限られた人間しか名乗ることを許されていない。


 扉が閉まる前にちらりと見えた侍女と護衛は、外で待つ様子だ。

「ちょうどペルタータ島に来る用事があったから、あなたが勤める魔道具工房を訪ねてみることにしたのよ。お仕事中だったかしら」

「いいえ。訪ねて来て下さって嬉しいです。お世話になりっぱなしなのに便りも出さずにいてすみません」


 思い返せば新たな生活に夢中で、マーカスには手紙を一度出したきりだ。ジャネットやライラ、ネリーとは直接会っている。友人たちにはまだリオンのことを伝えられていない。妙に照れ臭いのと婚約破棄があったばかりなのに、という気持ちがあったからだ。


 エリーズは真面目で陰ひなたなく働くルシールを気に入っていた。神殿奉仕で会っていたルシールの家のことは、エリーズの耳にも届いていた。

 万事控えめだが、いつからか積極的になったことを嬉しく思っていた。なのに、あんな結末を迎えてとても心配していたのだ。

 当時のことを知るエリーズの顔を見たくもないという心境かもしれないと会いに来ることを控えていた。そろそろ良いかと思い、用事を作って「ついでに」やってきたのだ。


「もし、よければ昼食をごいっしょにどうかしら。もちろん、お仕事がひと段落つくまで待たせていただくわ」

 ルシールはせっかく足を運んでくれたエリーズの誘いを断りたくなかった。それに、エリーズは身分ある人だが、話しやすく、親しみやすい人でもあった。

「はい、ぜひごいっしょにさせてください」


 ルシールがシンシアに声を掛けて工房を出ようとしたとき、扉はひとりでに開いた。

「いらっしゃいませ」

 来客と思いきや、リオンだった。

「こんにちは、ルシール。お客さん?」

 今日もまた昼食に誘いに来たリオンは工房内に人がいるのを見てそう言った。

「いいえ、そうじゃないの。エリーズさん、こちらはリオンです。リオン、こちらはエリーズさんとおっしゃるの。わたしが実家にいたころ、お世話になった方よ」

 ルシールに紹介されたふたりは互いに名乗り合った。


「もしかして、リオンさんはルシールさんの恋人なのかしら?」

 エリーズは感じの良さそうな青年と向き合って柔らかな表情をするルシールに、ぴんときた。


 ルシールは一瞬、躊躇した。エリーズは婚約破棄の顛末を知っている。ルシールを庇ってくれもした。数か月かそこらで恋人を作ることは不快に思われるだろうかと心配した。でも、隠すことはない。


 エリーズは婚約破棄したとき、ルシールにも悪いところがあったのではないかという者たちを黙らせてくれた。

 そして、ルシールに「胸を張って前だけを見ていなさいな。あなたはすべきことをきちんとしただけよ。なにも悪いところはないわ」と言ってくれた人だ。


「はい、そうなんです」

「あら、良いわね!」

 ルシールが新たな人間関係を築きつつあることを見聞きできただけでも、エイベル橋を渡った甲斐があるというものだ。

 ルシールもまた、エリーズが祝福してくれたことで肩の力を抜いた。


「もしかして、ルシールさんを昼食に誘いに来られたの?」

「ええ、そうなんです。でも、ふたりで出かけるのでしたら、わたしは今日は遠慮しますよ」

 リオンはエリーズの身なりや雰囲気から身分ある人だと感じ取って丁寧な話し方をした。そして、ふたりが出かけようとしていたのだとも察する。


「もしよろしければ、三人でどうかしら? 本人以外の口からルシールさんのことを聞いてみたいわ」

 エリーズがそんなことを言い出すものだから、ルシールはまごついた。

「褒め言葉しか出てこなくても構わなければ」

 そんな風に言って笑ったリオンを、エリーズはいっぺんに気に入った。

「もちろん、構わなくてよ。望むところだわ!」

 嬉しそうに宣言するエリーズを、リオンもまた好ましく思う。


「お勧めのお店はあるかしら。わたくし、こちらはあまり来なくて。はっきり言ってしまえば、高級店しか案内されたことがないの」

 その言葉から、リオンはやはりそうなのだと思う。そんな考えは微塵も見せず、すばやく周辺の店を思い描く。

「それでしたら、そこそこ落ち着いた雰囲気で、料理が美味しいお店はどうですか?」

「あら、良いわね。ルシールさんは?」


 ぽんぽんテンポよく進んでいく会話を聞く一方だったルシールは笑い出した。

「ふたりとも、初対面とは思えない会話ですね。わたしもそのお店へ行きたいです。リオンが連れて行ってくれるお店はどこも素晴らしいので」

「あら」


 実家にいたころのルシールはいつも張りつめた雰囲気をまとっていた。エリーズはその不安定さに言い知れぬ恐れを抱いていた。いつか壊れてしまうのではないかと危惧した。けれど、知人であるだけの自分に他家の事情には踏み込めないでいた。

 それが今は穏やかで、どこかおっとりとした雰囲気となっている。話を聞かずとも今の暮らしが性に合っているのだということが分かる。きっと、この工房主やリオンのお陰なのだろう。


 リオンが案内したのは白い漆喰(しっくい)の壁にこげ茶色の柱の建物で、ところどころえんじ色が配色された雰囲気の良いレストランだった。

 エリーズはひと通りメニューに目を通し、店のお勧めの牛肉とリンゴのワイン煮を頼んだ。

 ルシールも同じものにし、リオンは魚介類をふんだんに使用したパスタを注文した。


 マーカス工房で会っていたときはお菓子ばかり食べていたが、食事をいっしょにするようになって、リオンはよく食べるのだと知る。すいすい口に吸いこまれ、思わず見とれる。

 しかし、今日ばかりはルシールは提供された料理に意識を集中させた。


 牛肉とリンゴ、どちらもワインと相性が良いが両方が組み合わさっても合う。

「お肉が柔らかい」

「フルーティで美味しいわね」

 噛むと、くどくなくほのかに甘い肉汁がじゅわっと出て来る。いつの間にか口の中でソースと肉汁と共に肉も溶けてなくなっている感じだ。

 ふだんリオンと食べる料理よりも高級感がある。こんなお店も知っているのだ。

「実は、採取屋として仕事を請け負ったことがある店なんです」


 宣言通り、エリーズはリオンにルシールの話をねだった。

 ルシールが学校帰りに魔道具師工房へ通っていた話を聞き、エリーズはときに感心し、ときに笑った。

「まあ、お掃除妖精! そのころからお掃除が得意だったのね」

 エリーズから神殿奉仕でも綺麗に掃除していたという話をリオンもまた楽しく聞いた。


 リオンとともにハチミツを使ったお菓子をよく食べていたという話題で、エリーズははたと気づく。

「あら、嫌だわ。わたくし、久しぶりにお会いしたというのに、手土産も用意していなかったわ」

 ルシールに会うと思えば気もそぞろになってしまったのだ。


「なにもいりません。こうして会いに来てくださったので十分嬉しいです」

「わたしもお会いできて喜ばしいです」

 ルシールもリオンもそう言い、エリーズを破願させた。




 さて、大満足で帰宅したエリーズは夫と義理の兄の妻に話した。

「ずっと気にかかっていたのだけれど、安心したわ。魔道具師見習いとして頑張っているようなの。恋人がとても爽やかな青年でね、ルシールさんが好きでたまらないという感じだったの。わたくし、パトリスの若かりしころを思い出してしまったわ。連れて行ってくださったレストランも良い雰囲気でとても美味しかったの」

 実に楽しそうにたくさん話す妻に、パトリスは眦を下げた。

「そうなのかい? じゃあ、今度いっしょにいこうか。ふたりきりで」

「あら。デートのお誘い?」

「もちろん」


 有言実行のレアンドリィ総督の弟パトリスは妻とともにレストランへ行った。

 レストランの支配人はパトリスの顔を知らなかったが貫禄と威厳を兼ね備えた者を恭しく迎えた。

 ふたりは日頃のあれこれを忘れて恋人気分で楽しんだ。


 義理の兄の妻もまた、エリーズの「年下の友だち」に興味津々だった。

「わたくしもヒューバートといつまでも恋人のようよ」

「そうでしょうとも。だってあなた、レアンドリィ総督に「わたしの妻は妖精だ」っていつも言われているじゃない」

 レジティ・レアンドリィ総督兄弟はそれぞれ妻をこの上なく愛しているのだった。





いいね、ブクマ、評価、ありがとうございます。


「妖精のよう」でははく「妖精だ」です。

 あくまで個人の感想です。


 なお、エリーズがリオンを「感じが良さそうな青年」という表現に留め置いたのは、

とんでもない美形を見慣れているからです。



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