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本日二度目の投稿です。
婚約者の様子がおかしいことには少し前から気づいていた。
迷った挙句、人を使って調べてみると、婚約者はまた浮気をしていた。今度のお相手は結婚している人で、子供までいた。
ルシールはそれを知ったとき、気が動転した。妹との浮気からそう時間は経っていない。ルシールは自分なりに努力したつもりだ。神殿奉仕や総督家に近しい人間に認められることは、ペルタータ家としても歓迎するところだろうと思ったのだ。でも、もっと違うやり方の方が良かったのだろうか。
それとも、ルシールが女性として魅力に乏しいということだろうか。
ふと、どんな人だろうという思いが頭をもたげた。
最初の浮気相手はよく知っている。妹のオレリーだからだ。では、次の相手はどんな女性なのだろう。
ジャネットやほかの友人たちが知れば、やめろと言っただろう。けれど、気になり始めたら頭から離れず、気が付けばいつの間にか、浮気相手の家の近くまで行っていた。
浮気相手と会おうとは思っていなかった。ましてや、面と向かってなにか言ってやろうなどという考えは、なにひとつ持っていなかった。
婚約者はどんな人が良かったというのか、確かめたかっただけだ。
だが、運悪く、浮気相手の夫に見とがめられてしまった。自分の家を蒼ざめた顔で伺う女性、つまりルシールに気づき、不審に思って声を掛けてきた。ルシールは慌てふためくあまり、なんと言ったかよく覚えていない。具合が悪くなったのだ、とかなんとか言い訳をしたような気がする。逃げ帰りながら、あんな素敵な人がいるのにと思わず泣いてしまった。
分からない。どうして、決まった人がいるのに、ほかの異性と関係を結ぶのか。
なんとなく家に戻りづらくて、神殿に行ったところ、件の浮気相手がいた。こんな偶然があるものだろうか。驚きすぎて思わず声をあげたルシールに、彼女も気づいた。
ルシールがきびすを返そうとしたとき、彼女は値踏みするかのように上から下までゆっくりと眺めまわした。
「ああ、あなたが。大したことないわね。アドルフも気の毒だわ」
ルシールはぎゅっと手を握りしめた。
自分が魔道具師を目指すことに手助けしてくれた者たちの心を踏みにじった結果がこれか。自業自得というものなのだろうか。
けれど、それとこれとは別だ。
さすがにルシールも腹が立ち、「先ほど、旦那さまにお会いしましたよ」と言ってしまった。
特に婚約者と浮気をしているなどとは告げなかった。ただ、アドルフの婚約者であるルシールが、彼と浮気をしている自分の夫と会った、という事実に被害妄想を抱いた。
彼女は逆上して泣きわめいた。ろくな会話ができず掴みかかられそうになったところ、聖職者や神殿に訪れていた人たちが引き離してくれた。
その浮気相手が口走ったことで、おおよその事情を知った者たちは、「あなたに非がある、不貞をした自覚はあるのか」と叱りつけてくれた。ルシールは聖職者たちに帰りなさいと促され、家に戻った。
両親に婚約者がまた浮気をしたと告げた。神殿にいた大勢の人間の知るところになったと。
今度ばかりは両親はペルタータ家に強気に出た。浮気の話を聞いた、二度も繰り返すなどどういうことかと厳しく問いただした。
強い者の側につく人たちだから、神殿やレアンドリィ夫人が哀れみ味方しているルシールの側に立ったというだけだ。それに、浮気相手が妻子持ちで、その夫にも事が露見したとどこからか聞きつけてきた。そうであれば、もはや隠し立てできないという算段もしただろう。
神殿の奉仕において報酬は出ないものの、間接的に婚約者の外堀を埋める人間関係を掴むことができた。積極的に奉仕活動に勤しむことで、レアンドリィ夫人エリーズの片腕のような立ち位置となったルシールは、婚約者の稼業の取引先の奥さま方からペルタータ家の婚約者は素晴らしい方だと言われるようにまでなっていた。
聖職者たちからしてみれば、浮気されたいわば被害者であるルシールが苦痛を覚えつつ努力をしているのに、婚約者はその愛情の上にあぐらをかいているだけの人間に思えただろう。聖職者たちの雰囲気は奉仕にやって来る者たちに伝わる。その雰囲気は配偶者を通して婚約者の取引先をじわじわと浸食していく。
神殿も認める「素晴らしい婚約者」「健気な未来の妻」に、ふたたびむごたらしい仕打ちをした。
二度目の不貞をしたアドルフを、彼の友人たちは浮気は男の甲斐性だと彼を励ましたそうだ。
だとしても、浮気をするかどうかは本人の選択だ。一度目は選りにも選ってルシールの妹に手を出したのだから、倫理観が歪んでいるのだろう。
友人たちはアドルフを労い励ましたが、それは表立ってのことではない。なぜなら、あからさまにそうすれば、自分たちの配偶者が黙っていないからだ。配偶者の気持ちを損ねないようにするために大々的にかばうことはせず、逆に非難する側に回った。アドルフからしてみれば、不信極まりないことだ。
誠実な男性もまたアドルフを非難した。彼らからしてみれば、同じ男性だというだけで「男の本性は浮気性」などと言われてはたまったものではない。
女の敵は女だと言うけれど、それは男性にも当てはまる。
そうして、アドルフは孤立した。
けれど、これらはすべて、アドルフが改心し、行動を改めれば大したことのない事柄ばかりだ。何事もなければいつかは忘れ去られてしまっていただろうものが、毒に変じ側からむしばんだのは、彼自身の行いのせいである。
浮気されたものの、配偶者と仲睦まじくやり直すのが一番だと多くの人が言う。
だから、ルシールはそうした。婚約者に尽くし、婚家の評判を高めるよう、奉仕活動に力を入れた。
けれど、そうしてなお、浮気した側が悔い改め、誠実さを持たなければ、浮気された方に負担が掛かる。浮気された側の努力の上にあぐらをかいて、ただ利益を甘受するだけでは、上手くいくはずもない。
アドルフの振る舞いが影響し、ペルタータ家の事業は縮小傾向にあると聞く。アドルフはペルタータ氏の厳しい監視のもと、使い走りのようなことをしているとも。
ペルタータ夫妻はあんなにすばらしい婚約者を二度も裏切ったと怒り、償いをしろと息子に要求した。
アドルフの二度目の浮気相手は離婚されて子供も奪われたそうだ。
アドルフと浮気相手は異口同音で「ここまでされるほどのことだったのか」と言っていたのだという。「こんなどん底に落とされるほどのことだったのか」と。
配偶者がありながら別の者と閨を共にしたことだけが問題なのではない。
婚約者は、そしてもしかすると浮気相手も、ルシールのことをないがしろにしていた。
婚約者は配偶者として向き合うことはなく、ルシールの気持ちを知ろうとしなかった。ルシールは婚約者から気遣われることもなければ丁寧に扱われることもなかった。一度目の浮気の後も、結局ルシールを顧みることはなかった。
妹もまた淫乱だと後ろ指さされた。姉の婚約者を奪った勝利者であるはずだったのに、ろくでもない女だと蔑まれることになったのだ。
妹は遠くの街の親ほども年の離れた男性に嫁ぐことが決まった。神殿でのルシールの評判、ひいてはこの街での評価に肩身が狭くなってあまり良い条件ではない結婚を受け入れるほかなかったのだ。
ルシールはただ良妻になるべく勤めていただけだ。婚約者を気遣い、交流を深めようとし、ペルタータ家の嫁として神殿奉仕をして務めを果たした。そうした行動を、周囲はちゃんと見ていたのだ。
ルシールは怒りに任せてわめかず、ただ努力をした。ただそれだけだ。
加害者たちは自滅したのだ。
そうして、ルシールは婚約破棄をするに至った。