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魔道具師は発明をしたらそれまでではない。新発明自体、そうそうすることができない。
すでに引かれている設計図を買い、魔道具を作って売るという仕事をする。逆に言えば、魔道具師協会から買った設計図の魔道具しか販売はできない。魔力という未だ解明されていない動力を元にした道具だからだ。
例外は発明者だ。魔道具師協会に安全性の検査を受けた後、特許申請をせず設計図を売り出さず、専用番号のみ受け取る。その魔道具を買った者が内部回路を見て模倣することは可能で、後から特許申請をしたらその者に特許料が入ることとなる。
魔道具師協会から買った設計図に入っている番号を魔道具に刻む。この刻印か道具師協会に安全性の検査を受けた後、開発者が受け取る専用番号かがない魔道具は摘発対象となる。
すでに発明された魔道具の改良品も特許取得ができる。そうやって魔道具はモデルチェンジを重ねていく。
いちから魔道具を発明するのはとても困難だ。
改めて、マーカスのすごさを思い知らされる。しかも、身につけるタイプの魔道具は難しい。さらには異種材料接合技術といういまだに取得者が限られる技術を用いている。
魔道具師だけでは開発し得ない魔道具だ。加工屋、素材屋、採取屋、そして学者の知恵と技術、情報によって創り得たのだ。
今のルシールには全く遠いものだ。
だから、ひとつずつ積み上げていくほかない。
まずは発明された魔道具の設計図を見て作れるようになることだ。その構造を知り、仕組みや工夫を知る。どんな素材がどんな風に組み立てられているか。改良点はないかも合わせて考えていく。
その地道な作業をすることがたまらなく楽しかった。ずっとやりたいと思っていたことをしている。とても幸せだった。
ルシールがその日、工房を閉め、後片付けをしているとシンシアの息子であるクラークが帰って来た。
「お帰りなさい。あんたのシャツ、借りたわよ」
シンシアにただいまと返しながら怪訝そうな顔をする。
「いいけれど、どうかしたの?」
「ルシールを誘いに来たリオンが雨で濡れねずみになったから貸してあげたの」
「リオン? ああ、あの男前の採取屋か。そういえば、今日、昼飯をいっしょにしたのってもしかしてルシール?」
「はい。知っているんですか?」
「ああ。市場の女の人たちがすごく騒いでいた」
リオンは市場の女性陣にとても人気があるのだという。
「そう言えば、市場の取引先と打ち合わせをしていたと言っていました」
「うん。だからたまに来ると、女の人たちがそわそわして仕事にならない。この間も誰だっけかな、ええと、名前は忘れたけれどなんか、可愛くて胸が大きい子に告白されていたし」
そこでシンシアが腕を振りかぶった。ビシッという小気味良い音がする、母親の平手打ちを後頭部に受けたクラークは頭を抱えてしゃがみ込む。
「余計なことを言っていないで、掃除を手伝ってちょうだい」
「あー、ごめん。その、ボディタッチをうまくかわしていたよ。すごい身のこなしだなって思ったから、たぶん、よくされていて慣れているんだろうなって」
クラークはわざわざ昼食をいっしょにするルシールのことを考えて避けたのだという意味で言った。
ルシールからしてみれば、やはりリオンは手の届かない人ではないかと考えた。華奢と言えば聞こえがいいが、薄い身体を見下ろしてなおさらそう思う。
「ちょっと口をつぐんでなさい」
シンシアの眦がきりきりと吊り上がった。
そんなことがあったからか、翌日、クラークはお詫びに市場での買い物に付き合ってくれた。シンシアが工房で使う品を買ってくるのに、荷物持ちについていけと休日の惰眠をむさぼる息子に言い渡したからでもある。
「休みの日なのに、すみません」
「いいんだよ。母さん、ここぞとばかりに重いものやかさばるものをメモしてきたな」
クラークが荷物を抱える前に買い食いしようと真面目な顔で告げるものだから、ルシールはつい笑って頷いた。
シンシアとよく似た麦わら色の髪を短く切ったクラークは穏やかで、女性たちから人気があるらしく、あちこちから声が掛かる。
「あら、クラークじゃない。今日は休みじゃなかったの?」
「そうなんだけれど、母さんに荷物持ちを命じられたんだ」
「そりゃあ、逆らえないわね」
「うん。断ったら好物が食卓に並ばなくなる」
「兵糧攻めなんて、あんたの年頃には一番辛いわよね」
そんなことを話す間にも、これも持っておいき、あれもお食べ、と果物や串焼きなどいろんな食べ物がクラークの手に渡る。
「ルシール、食べる?」
ひょい、と目の前に出されてうっかりかじりついてしまった。リオンにときおりされるものだから、すっかり慣れてしまったのだ。
「熱い、おいしい」
もごもごと咀嚼しながら不明瞭に言う。
「仲がいいわねえ。あんたたち、付き合っているの?」
「んん?!」
「違うよ」
飲み込もうとしていた時に言われて目を白黒するルシールの代わりにクラークが冷静に否定する。
「ルシールにはものすごい男前の彼氏がいるから、そんなこと言ったら恨まれる」
「あらあ」
女性たちは笑いさざめく。本当にあんなすごい人が恋人なんて、とルシールは顔を赤らめる。
さて、市場はクラークの職場でもあるが、リオンの取引先がある場所でもあった。そして、こういう時に限って会うものだ。買い物をしていると、女性連れのリオンとばったり遭遇する。
「ルシール、奇遇だね」
触れようとした女性をさり気なく避ける動作の流れに乗って、ルシールの方へやって来る。その背後にはこちらを睨む女性がいる。きれいな人で、メリハリのある身体つきをしている。最近ルシールが感じるコンプレックスを刺激した。
「うわあ」
ルシールが女性に気を取られていると、クラークが妙な声を出したので我に返る。
「君がシンシアさんの息子さん?」
ルシールの手を握って微笑みかけた後、リオンはクラークに視線を移す。
「うん。クラークだ」
「リオンだ。シンシアさんの工房にはしょっちゅう顔を出すけれど、会うのはこれが初めてだな。昨日はシャツを借りたよ。ありがとう」
「どういたしまして。母さんにあんたもちょっとは鍛えたらどうなのって言われたよ」
「どこの母親もなにか注文をつけないと気が済まないみたいだね」
このとき、初めてルシールはリオンの口から母親のことを聞いた。どんな人だろうとルシールは考えた。
クラークとリオンが話していると、後ろの女性がじれったそうに声をかけてきた。
「リオン、まだ?」
「ああ、今行く」
リオンは首だけそちらに向けて言い、ルシールに向き直った。
以前、プレゼントされたリボンの上からブローチをつけていた。今度のデートの前にお目見えすることとなった。
リオンはまじまじと見た後、破顔した。
「とてもきれいだ。柔らかな色味が君の雰囲気に似合っている。じゃあ、また」
つないだ手を離す前にきゅっと軽く力を入れ、女性の方へ立ち去る。
「それ、もしかしてプレゼント? 身に着けて欲しいって言われた? すごい独占欲だな」
クラークがからかうでもなく言い、ルシールは思わず赤面した。
プレゼントされたブローチの<海青石>がリオンの瞳を彷彿とさせるのは、ルシールの願望や思い込みなどではなかったのだ。
「俺、たぶん、今、牽制されたんだと思う」
「牽制って? リオンから?」
「うん。ルシールがほかの男と楽しそうにしているのを見て、妬いたんじゃないかなあ」
そんなことはないと言うと、もっと自覚を持てとクラークに呆れられた。
「ねえ、それより、やっぱり、女性って胸が大きい方がいいわよね?」
先ほどの女性はリオンに気がありそうで、そしてルシールにないものを持っていた。
「ルシール、まったく理解していないね。そんな話題を俺に振らないでくれよ。どこで誰が聞いているか分からないんだしさ」
リオンの耳に入ったら怖い、と眉をひそめる。
「彼氏に聞きなよ」
聞けるわけがない。できるならクラークに質問せずにやっている。
ふたりは微妙な顔つきで工房に戻り、シンシアを大いに不審がらせたのだった。
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ルシールが胸の小ささを気にするのは、
リオンが発達した上半身の筋肉の持ち主だからでもあります。
前のお話で出てきた「僧帽筋」は首筋から肩、両肩甲骨の内側あたりの筋肉です。
そんなところをどうやって鍛えるのか、そもそも鍛えられるような肉はつくものなのか。
たぶん、本人に聞いても自然とついたので答えは返ってこないと思います。




