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万物には魔力が宿る。
魔力には様々な種類がある。
特定の魔力を受けると発熱する鉱物<灼赤石>がある。その性質を利用して調理する魔道具が【コンロ】、【ンモォォのコンロ】である。そしてこの【コンロ】から発展したのが【オーブン】、【モウモウのオーブン】だ。
【コンロ】、【ンモォォのコンロ】は鍋底や内部に<灼赤石>を設置することで温めることと焼くことの両方ができ、家庭で重宝されている。調理するにはなくてはならないものだから、今や賃貸物件では【コンロ】が備え付けられていることもある。人気物件で、家賃が多少高くとも空き室がでればすぐに入居者が決まる。
「こちら側の<灼赤石>が摩耗しているわ」
右側に内蔵された部品がうまく作動せず、それで焼きむらができたのだ。
幸い、工房で在庫していた<灼赤石>で事足りそうだ。素材が足りない場合にはそれを扱う素材屋に行かなければならない。その日使用した素材は工房主のシンシアに報告している。調達するのに日数がかかるものもある。
ルシールは今、シンシアの魔道具工房に持ち込まれた【モウモウのオーブン】を修理していた。
もうもうと火を上げるというイメージからか、そう名付けられたオーブンは稼働中、「モウモウ」と鳴き声を発する。鳴き声シリーズの魔道具だ。赤いものを見た猛牛の勢いさながら、あっという間に加熱される。ちなみに、<灼赤石>は赤黒い色をしている。
【コンロ】は<灼赤石>を薄い銅板で覆い、その上に鍋やフライパンを載せて加熱する。<灼赤石>を一枚使うのでは高価になるので、細長い線を渦巻き状にすることで部品の減量化を図っている。その<灼赤石>に魔力を通すと熱を発し、熱伝導率の良い銅が熱を伝播させる。
それまでのかまどとは違い、火を扱わなくて良いというのが、夏は特に暑い七つ島では好まれる魔道具で、あっという間に普及した。
【ンモォォのコンロ】は加熱調整をした際、「ンモォォ」と鳴く。強弱は鳴き声の大きさで分かるという優れものである。
鳴き声シリーズかどうかにかかわらず、【コンロ】や【オーブン】という魔道具は何度か改良品が開発されているとシンシアが言っていた。
「たまにいるのよね。最新モデルが欲しいっていうお客さんが。そういう人って大手工房に行くものなんだけれどね」
断るに忍びないからと、シンシアはこれはという魔道具は、最新モデルの設計図を買って作れるようにしているのだという。
「修理は終わった?」
ルシールが黒と白のまだら模様のホルスタイン柄の【モウモウのオーブン】を撫でていると、シンシアが作業部屋に顔を出した。
「はい」
ルシールは【ウッキウキの手袋】を外しながらシンシアに場所を譲り、チェックをしてもらう。いくら修理経験があるといえど、まだ免許取得もしていない見習いだ。工房の責任者として当然の義務だとシンシアは言う。
「ルシールの腕は信用しているわよ。でも、これとそれとは別なの」
もちろん、ルシールも最終確認を受けることを当然だと思っている。マーカスもそうしていた。
「うん。問題ないわ」
動作確認をしているから大丈夫とは思っていても、シンシアのこのセリフが出てくるまではどきどきする。
「ルシールも【モウモウのオーブン】を使ったら? いいわよ、これ。魔道具ってなんでもそうよね。人の暮らしを便利にするためのものなの」
話しながらふたりで作業台の上を片付ける。
「店番しながら作業をしていいわよ」
「いいんですか?」
「あら、魔道具師はカウンターの奥で作業するものよ。【警報装置】があるからって完全に違う部屋に籠ってしまう人もいるくらいなんだから」
そう言いながら、シンシアもまた、作業部屋に残った。ルシールはマーカス工房ではそう言えば、【バウワウの警報装置】を使っていたなと思い出しながらカウンターに向かう。
カーディフは島外からの観光客も多い。また、市民のほとんどが裕福で、物品も多い。だから、各家庭では魔道具をわりに所有しており、こうやって修理の仕事も舞い込んでくる。ほかの魔道具師から客を回されることもある。
「ルシールもひとり暮らしをするのだから、見習いでもしっかり働いてもらうわ。その実力があるのだから。もちろん、給与に反映するわね」
シンシアはルシールが作成した魔道具の出来栄えが良ければ工房の棚に置かせてくれるという。
マーカスは魔道具師工房を畳む際、魔道具の器具や設計図をくれた。ルシールはその設計図をもとに、いろいろ作ろうと思っていた。
マーカスから譲り受けた設計図は、魔道具師協会に所有権譲渡の登録を行っている。その際、見習いなのだから、作成した魔道具を売る際、魔道具師の保証を得るようにと釘を刺されている。
ドアベルが鳴ってはっと我に返る。集中していたことに気づく。
「いらっしゃいませ」
十一歳のころからドアベルの音を聞いたら反射的に出る言葉を口にする。ほかの店で客なのにうっかり言ってしまいそうになったと話したら、ジャネットに「職業病ってやつよね。わたしも元気よくやっちゃいそうになるわ」と大いに同意された。飲食店の活気ある「いらっしゃいませ」は気持ちの良いものだが、自分が客として入った店でそんな風にしてしまうと回れ右して帰りたくなる。
「こんにちは」
「リオンさ———、リオン」
敬称はいらないと言われたが、まだ慣れなくて言い直したルシールに、工房を訪ねて来たリオンがふっと笑った。
細められた瞳から<海青石>の華やかな色が凝縮される。金茶色の髪が少し短くなっている。
「髪、切ったの?」
「うん。北の大陸から戻って来たばかりだったから、もともとそろそろ切ろうかと思っていたんだ」
リオンとは都合がつけば昼食をいっしょにしようと話していた。
「ちょっと待ってね。シンシアさんに声をかけてくる」
婚約破棄して数カ月でリオンと恋人になったと話したとき、ルシールは身構えた。案に反してシンシアは手放しで喜んだ。今日のように工房にやって来たリオンの両手を掴んで、「ルシールをよろしくね」と言った。その際、「箱入りなの。滅多なことをしないでちょうだいね」とささやいた。リオンは笑って、「ルシールがマーカス工房にやって来たばかりのときからの付き合いなので」と答えた。
ルシールの事情を知っているのだと分かり、シンシアは安心して手を離した。
ルシールには小声のやり取りが届かず、「シンシアさん、なにを言っていたの?」と後でリオンに聞いた。
「ルシールをいじめたら承知しないぞ、って」
「まさか」
口元に手を当てて笑うルシールはだが、リオンはほとんど真実を言っていたとは気づかなかった。
「マーカスさん、良い工房を紹介してくれたな」
「うん。シンシアさんもとても勉強熱心なの。工房主になってもそこがゴールじゃないのね」
翡翠色の目を輝かせて話すルシールから、「わたしも見習わなくちゃ」という気持ちが伝わって来る。
マーカスが開発した【ウッキウキの手袋】によって魔道具を扱えるようになったルシールは、マーカスの気持ちの折り合いをつけさせ、結果、彼は工房を畳むことを決意した。
そして、マーカスに紹介されたシンシアの工房で彼女の持つ魔道具の抱える想いを具現化し、母親の気持ちを知った。シンシアはそれによって残された父親と再会した。シンシアの息子、父親にとっての孫を会わせることもできた。
ふたたび家族として関係を結ぶことができたことを喜んだルシールは、シンシアの母親の深い愛情を知って、娘としては気付け得ないこともあるのかもしれないと思い、その後打診された婚約を受けた。結果としてはうまく整わず、結婚するには至らなかった。
けれど、ルシールは一度は母親や家族と向き合い、懸命に努力した。それで諦めがついた。
それは、ほかの大勢の者たちから愛され、たくさんのことをしてもらってきたからということがある。
どんなに尽くしても愛情を向けられないのであれば、それを惜しみなく注いでくれる者たちこそを大切にしようと思うことができたのだ。
家を出てひとり暮らしするにあたって、友人たちがカーテンや食器類をプレゼントしてくれた。
ライラの家の家具工房で安く家具を買うことができた。ジャネットやネリーも加わっていっしょに選び、引っ越しも手伝ってもらった。
とても楽しかった。
自分だけのもの。壊されないもの。安心して過ごすことができる空間。ここで暮らすのだ。
晴れた日に洗濯したシーツを取り込み、ベッドメイキングして横たわる。お日様の匂いがする。窓から心地よい風が吹いてくる。窓辺に鉢を置くのも良いかもしれない。よくそうした家を見かける。
ここで生活し、改めて魔道具師を目指す。
ステルリフェラの名前は使えなくなったけれど、ほかにたくさんのものを手に入れることができた。
ただ、ルシールはカーディフに住むようになってから、まだアーロンやデレクに会いに行っていない。
あれだけしてもらったのに、魔道具師の道を中断してまで取り組んだことが失敗に終わった。合わせる顔がなかった。
二章、始まりました。
一章より長くなると思いますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。
ルシールが成人していることから、恋愛要素が強くなります。
両想いからスタートで、基本的に甘いのですが、
リオンは何度となく膝をつくことになりそうです。
辛辣なあの人に「小さい男だな」と言われてしまいそうです。
でも大丈夫。ちゃんとルシールがフォローを入れてくれるから。
———主人公に気を遣わせるなんて、役割が逆だろう、と自分でも思います。
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