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「なんとか関係を修復しようと努力したの。でも、それが彼を追いつめたのかもしれないわ」

 それで二度目の裏切りがあり、決定的となって婚約破棄となったのだ。

 長い長い話をした後、ルシールは大きく息をついた。見れば、ティーカップは空になっている。とても喉が渇いた。リオンの様子が気になって、給仕に茶を注文することはできなかった。話が終わってしばらく沈黙が下りる。リオンはなにも言わないが、夜も更けそろそろ閉店するだろう。


「でも、結果的には良かったのかもしれない。ふたりとも、望まぬ結婚をせずに済んだのだから」

 ただ、きっと、こんな自分を誰も好きにならないだろう。二度も浮気をされたのだから、よほど魅力のない人間だと人は思うだろう。ルシールが被害者だとしても、そう言うのだ。


 そして、こんなに冷たい仕打ちができる人間だと分かれば、先ほどのリオンの告白は取り消されるだろう。

 引導を渡すのならば早くしてほしい。嫌なことは早々に終わらせるに限る。


 リオンが手を上げた。勘定台は入り口付近にあるが、テーブルで会計をするのかと思えば、茶を注文する。

 ラストオーダーまでまだ間があるのか、給仕はいやな顔ひとつせず、茶を運んできた。それで喉を潤す。


 ティーカップを置いたルシールの手に、リオンのそれが重ねられた。

「ルシール、なんて言ったら良いか分からないけれど、大変だったな」

「あ、」

 ふいに涙がこぼれそうになった。目頭が熱いと思う間もなかった。一所懸命にこらえる。

「で、でも、わたし、もっと別のやり方があったのではなかったんじゃないかって」

 言いながら、どんどん俯いて行く。可愛げがない。きっと、そんな風に思われるだろう。


「ごめんなさい、ごめんなさい。わたし、やっぱり駄目だった」

「どうして謝るんだ? ルシールは当たり前のことをしただけだろう? いや、裏切られたのに、自分の務めを果たした。それに、もとはと言えば、浮気したり裏切らなかったらいいだけだろう?」

 ルシールは思わず顔を上げた。そこには温かい笑顔があった。


「そんな男ばかりじゃないよ。というか、男はそういうものだって思われてしまうんだから、そいつは男の敵だな」

 リオンはルシールのしたことを聞いてそれでも好きだと言った。


 ステルリフェラ家を出る際、母はルシールに言った。

 親類縁者から子供が少ないと責められていたのだと。だから、身体が弱いと主張する妹を失わないために必死だったのだという。

「そのために、長女を失ったなんて、皮肉ね」

 そう言ったルシールに母は泣き崩れた。結果的に、母は娘ふたりを失うことになったのだ。


 母がシンシアの親のように子供を愛してくれたら。リオンの祖父のようにルシールを魔道具師として認めてくれていたら。

 そんなことにはならないと分かっていても、つい考えてしまう。どれだけ望んでも手に入らないものはあるのだ。

 だったら、望むべくなく手の届かない存在だと思っていた人からの告白を僥倖だと受け入れても良いだろうか。


「どれだけ努力しても振り向いてくれない人ではなく、わたしを愛してくれる人を大切にしたいと思う」

「それって、」

 ルシールの手に重なる手が身じろぎする。

「わたしと恋人になってください」

「もちろん」

 リオンは破願し、身を乗り出してルシールを抱きしめた。

 慌てて見渡すが、閉店間際の店にはほとんど客がおらず、ルシールはそっと安堵する。ところが、シンシアはどこからともなく、この一件を聞いたらしく、次の日に工房に出勤した際、大いに冷やかされるのだった。




「ごめんなさい、ごめんなさい。わたし、やっぱり駄目だった」

 ルシールは自分にも悪いところがあったのだと思っている。


 リオンは腹を立てていた。許せないと思った。ひとりの女性の未来を捻じ曲げたのだ。

 そして、腹が据わる。

 だったら、自分が幸せにする。

 今まで遠慮してきた。でも、もうしない。しなくてもいいだろう。ルシールが懸命に努力してきたことを汲み取らない者たちに遠慮する必要などない。


 ルシールは出会ったころ、いかにももの慣れない風情であったのに、魔道具を前にしたら表情が一変した。活き活きとした顔に、つい祖父の形見の魔道具について話した。ルシールは鳴き声シリーズの魔道具を特に好んでいる。マーカスが彼女のために発明した魔道具が鳴き声シリーズとなったのは必然に思えた。


 リオンの仕事の話を聞きたがる女性は大抵、具体的な話になると、とたんにつまらなさそうにする。はやりの俳優や女優、食べ物やファッションといった女性が興味を持ちそうなことしか話さない。リオンも多少は分かるのだが、それほど造詣が深くない。そうと知ると、女性はなんだか嬉しそうな、言ってしまえば優越感を漂わせるのだ。たぶん、それを可愛いと思えないのだからその程度の感情しか持てなかったのだろう。付き合ってもすぐに別れることになった。


 けれど、ルシールとは出会った当初から素材や魔道具について話し合った。

 途中から魔道具師を目指しだしたのだから当然かもしれないが、仕事に対する情熱を持つ人と接すると、触発される。自分ももっと励まねばと力をもらえる。


 道具が気難しいと聞けば怪訝に思われそうだが、どんなものにも癖がある。そして鳴き声シリーズの魔道具にはそれが顕著だった。

 使い勝手が悪いと忌避する者もいるが、リオンはどうしても【ブヒヒンの荷車】を使いこなしたかった。祖父が遺した魔道具を使いこなすことができたら、元の持ち主に認められるのではないかという考えが捨てきれなかったのだ。

 そんな自分の都合を露知らず、ルシールは知恵を絞ってくれた。

 ふたりでああでもないこうでもないと気難しい魔道具のコツを掴もうと試行錯誤するのは楽しかった。

 お陰で、【ブヒヒンの荷車】の扱い方を呑み込むことができ、非常に使いやすくなった。

 今では採取になくてはならない相棒となっている。


 ルシールは魔道具のこと以外も、採取についても驚いたり不思議がったり、楽しそうに聞いた。

 いい子だ。品があって可愛い。

 ほかのひとに対するときは緊張しているのかちょっと冷たい壁がある感じだけれど、自分と話すときは心を許してくれる。逆に自分にだけ、というのが特別に思える。


 そんな風に考える段になって、ああ、自分は彼女のことを気に入っているのだと気づく。その感情はすぐに恋に変化した。でも、告白することはできなかった。彼女は総督家の傍流だ。手が届くことのないお嬢さまだ。


 そんなルシールがなぜ学校帰りに魔道具工房を手伝うなどということをしていたのかというと、家に居場所がなかったからだ。

 でも、それを不平に思って腐るのではなく、魔道具師を目指すという。


 すごいと感じた。その応援をできるのだから、苦労して見出した新発見を手放すという考えはなく、絶好の機会に発見することができたのだと思った。今この時、自分が見つけ出していて良かったと感じた。


 良い家柄の子だから告白はできなくとも、彼女に見合う自分でいたいと思って頑張った。

 婚約したと聞いた。胸に痛みが走ったのを気づかぬふりをした。女性から声をかけられても応じる気になれず、とにかく仕事に熱中した。外の知識を採り入れることに積極的な総督府の施策によって南北の大陸に遊学する制度があり、それを利用して一年ほど北の大陸に行きもした。


 帰って来て耳にしたのは、ルシールの婚約破棄だ。一瞬喜んでしまったのを悔いた。その顛末を知ったからだ。彼女はどんな気持ちでいるだろう。きっとひどく傷ついたはずだ。


 婚約者の一度目の浮気後、関係修復のためにルシールは懸命に務めたという。けれど、それが追いつめてしまったと悔やんでいる様子だ。

 ルシールはリオンたちに恩を感じている。彼女が魔道具師になるために大勢が尽力した。なのに、一旦はあきらめた。だからこそ、婚約を維持しようと頑張ったのだろう。

 それが婚約者を追いつめたのだとすれば、一体、彼女はどうすべきだったというのか。

 

 同じ男だというだけで、婚約者と同じ側に立たされることすら腹立たしい。

 そういう人間がろくでもない振る舞いをするのがいるせいで、「これだから男は」と言われるのだ。一緒にしないでほしい。


 望まぬ結婚を押し付けられたのかどうか知らないが、婚約者の妹と浮気して、それが露見しても懲りずふたたび浮気して、婚約破棄となった。目も当てられない。


 ルシールは頑張って関係修復を図ったが、周囲に振り回されてなお、自身のやり方が拙かったのではないかと考えている。もちろん、怒りや悲しみ、理不尽さを感じているだろう。それでいてなお、自分がもっとできたのではないかと思うのだ。

「真面目だな」

 リオンが呟くと、ルシールが苦笑した。

「本当に、頭が固くて、可愛げがなくて、」

「そう? 俺はそういうところが好きだし可愛いと思う」

 リオンが正直に言うと、ルシールは真っ赤になって絶句した。


 手が届かないと思っていた人とようやく並んで歩けるようになったのだ。頭が固いのではなく真面目で頑張り屋で、そこが可愛い。そう思えるのだから。




「みんな、あんなに頑張ってくれたのに、わたしは一旦、魔道具師を目指すのを中断してしまったわ」

「あきらめたわけじゃないだろう?」

 リオンはルシールの手を取って軽く握る。つないだ手から温かさが伝わってくる。力強さも。


「それに言っただろう? さきのことは誰にも分からない。変容するものなんだよ。採取屋稼業は明日はどうなるかわからない。天候次第、買い取る人間の気持ち次第だ。自分の失敗で怪我をすることだってある。だからこだわらなくていい。でも、中断しただけでなんとかまた目指そうとするのがルシールらしいな。嬉しいよ」

 そう言って、リオンはルシールの顔を覗き込んだ。


「ルシール、君が家族や婚約者からいらないと言われるのなら、俺がもらう」

 もらう?

 ルシールは頭の中で反芻しながら瞬いた。

「俺が家族の分まで愛するよ。俺だけじゃない。マーカスさんもシンシアさんも、デレクさんやアーロンさんたちだって。みんなルシールを愛しているよ」

 リオンはルシールがずっと欲しかった言葉をくれる。

 ルシールも感じていた。魔道具開発をするために集まったみんなはルシールを愛してくれた。ならば、愛してくれる人に目を向けよう。大切にしよう。

「うん」


「じゃあ、俺の愛は受け取ってくれるんだな」

「え?」

「返品不可だから」

「えぇ?!」

 あまりの言いようにルシールは思わず素っ頓狂な声を出した。そして、どちらからともなく笑いだす。

 ルシールは久しぶりに心から朗笑した。


 こうして、ルシールは今度こそ魔道具師を目指すことにした。採取屋のリオンとともに、新しい一歩を踏み出したのだ。





 さようなら、お母さん。

 わたしはあなたに愛されたかっただけなの。





いつも、評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。


これにて第一章は終了となります。

第二章を予定していますが、

開始はしばらくお待ちください。

そうお待たせすることはないと思います。たぶん。頑張ります。


第二章は見習いとして魔道具師を目指しつつ、

恋や友人づきあい、新しい出会い、家事などで大忙しの予定です。


甘くなる予定ですが、

リオンがやきもきしているような気がします。


今後とも応援していただけますと、

励みになります。



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