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 その人は、リオンの声が聞こえたように厳格な表情のなか、ふと視線が和らげた。

「なあ、爺さん、俺、<虹色蝶の翅>を採取したよ。<緑蜘蛛の糸>も」

 ルシールはぎょっとした。魔道具師見習いであってもその物質がどれだけ希少なものか知っている。リオンはルシールよりも六つ年上のまだ二十代半ばの若者だ。年齢的に採取屋として中堅どころだが、ベテランでもそうそう手に入れられないものを採取するのに成功したというのか。だが、余計な口出しをせずに静観する。


「それでも、爺さんはまだ俺が商人の方が向いているって言うのかな」

 どれだけ珍しいものを手に入れたとしても、もう祖父に認めさせることはできない。

 光が作りだした祖父を、リオンは眉尻を下げて見つめる。リオンの声に反応し、彼に視線をやっているものの、どこか違う場所を見ているようでもあった。それが結局、自分の方を向いてくれないようにも思われ、リオンは魔道具から手を離そうとしたときのことだ。


 おもむろに、祖父が口を開く。

「あの子は素晴らしい目を持っている。その物の価値を見定める目だ」

 え、と声にならない音をリオンは発して口をうっすら開く。あの子とは誰だと思いつつ、期待が抑えきれず高まる。


「あの子は、リオンには求心力がある。誰にでも好かれるだろう。そんな資質を持つ者は稀だ」

「あの子」をリオンだと言い換えた。厳しいとばかり思っていた祖父の瞳は思慮深く優しかった。

 そんな風に思われているとは想像だにしなかった。あの祖父に。大勢の素材屋や採取屋から尊敬を向けられていた男に。間近にいるからこそ、ただ肉親としてではなく、ひとりの人間として認められたいと望んだ者に。


「もしかしたら、もっと違う意味だったのかもしれない」

 泣くのを堪えるために片手で口元を覆いながら、リオンはくぐもった声を出す。

 採取屋ではなく商人の方が向いているという言葉は受け取り方の違いがあったのかもしれない。


 ふわりと光がほどけるように拡散され、そしてふたたび凝縮する。場面が変わり、リオンの祖父と別の人間がいる。生前の祖父と親交があった者で、実績も人望もある人間だ。

「あの人は素材屋だよ」

 ルシールに説明したリオンは急いで口をつぐんだ。祖父と相対する者が口を開いたからだ。


「おやまあ、新発見なんて本来は秘密裏に研究するものだよ」

 より高く売り出すために。価値を高めるために。

「それをあんなに大勢で研究するなんて」

 リオンのことを言っているのだ。急いで魔道具を開発するために祖父に頭を下げ、学者や素材屋、加工屋を紹介してもらったときのことだろう。そうして【ウッキウキの手袋】はこの世に生み出された。


 祖父は満足げだった。それを見た素材屋は面白いといわんばかりの顔つきになる。

「将来、あなたを越えるかもしれないな」

「もう越えている」

 リオンは息を呑んだ。


 採取屋に必要なのは運と知識、度胸、貪欲さだと言われている。

「それだけじゃない。あの子は自分が苦労して得た功績をほかの人間の望みのために手放せる恬淡さを持っている。ほかの人たちから協力を取り付けられる、その気にさせることができる人間性、そう持って行く手腕。それは得難いものだ」

 絶賛である。七つ島だけでなく、南北の大陸にも名を馳せた、あの素材屋トラヴィスが。


「良い採取屋、素材屋になるだろう」

 楽しみだ。

 そう言って、祖父は笑った。

 快晴の空のような、どこまでも高く突き抜けた笑顔だった。




「おじいさまはリオンさんを認めていたのね」

 さまざまな原材料が単一でなく、複数絡み合って構成する成果物。それらの価値を見抜くことができるだろう、そういう意味で商人が相応しいと言ったのだ。さらには、商人はとにかく信頼されなければならない。リオンは努力ではなかなか身に付けられない素晴らしい特性を持っている。そう言っていたのだ。


「うん。なんでだろうなあ。もっと爺さんの話を身を入れて聞けば良かった。もっと詳しく聞けば良かった」

 失望していると言われるのが怖かったのだ。厳格な人だった。認められたかった。

 でも、願いは叶っていた。認められていたのだ。

 不思議と、魔道具から顕現した光の像や声は単なる幻やまやかしではないと思えた。


「ありがとう、ルシール。これからも爺さんが遺してくれた魔道具といっしょに採取屋稼業に精を出すよ」

「また調子が悪くなったらいつでも来てね」

「うん、頼りにしているよ」




 リオンは翌日やって来た。

「あれ、また魔道具に不具合が?」

「いや、今日は別件で。仕事は何時ごろ終わりそう?」

 昨日のお礼にと食事に誘われた。修理費を受け取っているので固辞するも、隣にいたシンシアが時間を伝えて迎えに来るように言った。


「じゃあ、後で」

 そう言って爽やかに笑って手を振ってリオンが去って行った後、シンシアが言った。

「ルシール、あなた、一旦家に帰って化粧を直していらっしゃい。着替えもするのよ?」

「え?」

 なんのことを言っているのか分からず、ルシールは首を傾げる。


「だって、せっかくのデートなのに、仕事終わりの汚れた格好で行くなんて言わないわよね?」

 仕事熱心なのはいいことだが、年頃の女性としてもう少し身なりを整えることを意識した方が良いという。


「デート? まさか!」

 道行く人たちが思わず振り返るリオンだ。笑うと周囲を明るくする。そんな人が自分をデートに誘うわけがない。


「やっぱり! 気づいていなかったのね」

 そこでシンシアは声のトーンを抑え、ルシールを覗き込む。

「なんなら、もう仕事は上がる?」

「まだ夕方にもなっていませんよ!」

 そんなやり取りをしていたから、ちょっとばかり華やいだ気分になった。きっと自分でデートかもしれないなんて思ったら、婚約破棄したばかりなのになどと躊躇しただろう。


 シンシアにいそいそと押し出されるようにして工房を出たルシールは言われた通り、お出かけ用の服に着替え、髪や化粧を整えた。

 ああでもないこうでもないとやっていると、シンシアがリオンに告げた時刻が間近に迫っていた。慌てて家を飛び出て工房に戻る。

 扉の前にちょうどリオンがやって来ていた。


「ああ、着替えてきたのか」

「そ、その、汚れるから、」

「昨日もそうだったもんな」

【ブヒヒンの荷車】という大物の魔道具は工房の中に持ち込めないこともないのだが、行きがかり上、外で修理した。そのため、スカートの裾だけでなく、鼻先も汚れていて、リオンに笑いながらハンカチで拭われた。

 リオンは慣れているのかもしれないが、ルシールはどきどきしっぱなしだった。


 リオンは律儀に工房の扉を開いてシンシアに声を掛けた。

「ルシールと出かけてきます」

「いってらっしゃい」

 シンシアはにこやかに送り出してくれた。ルシールは会釈するのが精いっぱいだ。


「ルシールは家を出てひとり暮らししているのか。じゃあ、この近くの店が良いな」

 ルシールの意見を取り入れながらリオンが扉を開いて先にくぐらせてくれた店は洒落ているものの、気取ったところのない場所だった。

「ルシールはなにが好き?」

 ふたりでメニューを覗き込むのも楽しかった。

「シェフの気まぐれって市場で見つけた掘り出し物を使っているって本当かな?」

「かっちり決まった分量ではなく、そのときの気分で調整しているということなのでは?」

 すべてリオンが決めてしまわず、ルシールといっしょにあれこれ言いながら選んだからだ。


 大皿の料理を取り分け皿を使って食べる。

「美味しい!」

「本当だ。メニューの種類もたくさんあったし、また来よう。別の料理も食べたい」

「ええ、ぜひ来ましょう」

 絞りに絞った候補のうち、選ばなかった料理を次に頼もうと話し合う。リオンは身体を動かす仕事をしているからか、よく食べた。ルシールひとりでは一種類しか食べられないところだが、いろんな料理が味わえて満足だ。


 食事が終わりに近づいたとき、リオンは言った。

「ルシールには感謝しているんだ。ずっと心残りだったんだ。でも、爺さんが言っていたのはそういう意味だったのか、そんなことを考えていたのかって思えるようになった」

 過去を変えることはできない。ただ、様々な受け取り方がある。あいまいだったり、記憶違いしていたものが、まざまざと蘇る。

「良かったわ」

 鬱屈をわずかなりとも解消する手伝いができたのなら、ルシールにとっても幸いなことだ。


「ルシール、まだ気持ちの整理がついていないときに言うのもどうかとも思ったんだけれど」

 リオンはそんな風に口火を切って、ルシールを真っすぐに見つめた。

「君が好きなんだ。恋人になってほしい」

 まさか、リオンが。彼の祖父が言っていたように大勢と打ち解けることができる人だ。そんな人が自分を好きになるなんて思わなかった。

 それに。


「わたし、わたしは、リオンさんのような人に好きになってもらえるような人間ではないの」

「どうして? 君が受け入れるかどうかはともかく、俺がルシールが好きだっていうことは俺の気持ちだけれど」

 だから、好きになってもらえるような人間云々は納得できないという。


「わたしは婚約を破棄されたの」

「知っているよ」

 やはり、知っていたのだ。でも、それがどんな風になされたのかまでは知らないだろう。

「わたしは冷たい人間なのよ」

「君が? まさか」

 リオンは目を見開いて心底そう思っている様子だ。

 嬉しい。でも、自分の本質はリオンが思っているような者ではないのだ。


「長くなるのだけれど、聞いてくれる?」

 真実を告げることで、リオンの思い違いを修正しようと思った。自分のような人間にリオンのような素晴らしい人がいつまでも囚われていてはいけない。

 きっと、知れば納得するだろう。

 そう思って、ルシールは唇を開いた。





いつも、評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。

人物紹介を載せておきます。

よろしければ、ご参照ください。



●人物紹介

・ルシール・ステルリフェラ:翡翠色の瞳。茶色の髪。鳴き声シリーズの魔道具が好き。

・マーカス:魔道具師。ペルタータ島のカーディフで魔道具師工房を営む。

・リオン:採取屋。ルシールの六歳上。<海青石>のような色の瞳。金茶色の髪。

・シンシア:魔道具師。ペルタータ島のカーディフで魔道具師工房を営む。

・デレク:素材屋。にこやかで物知りだが、周囲には恐れられている。

・アーロン:加工屋。腕がいい。無口。がっしりしている。

・ローマン:加工屋。アーロンの息子。がっしりしている。

・ドム:加工屋。大柄。太い指で繊細なものを生み出す。

・グレン:加工屋。ゴム素材の扱いに長けている。

・アラン:採取屋。デレクの息子。リオンと仲が良い。リオンの二歳上。

・ジャネット:ルシールの友人。麦わら色の髪をショートカットにしている。実家が飲食店を三店舗経営。

・ライラ:ルシールの友人。赤毛をポニーテイルに結っている。気が強い。実家が家具工房を営んでいる。

・ネリー:間延びしたしゃべりかたをする。おっとりしているがしっかりしている。

・トラヴィス:高名な素材屋。リオンの祖父。



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