表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/253

31

 

 シンシアはその話を聞いたとき、取るものもとりあえず、ルシールを訪ねた。ルシールと出会ったのは彼女が卒業を一年後に控えた学生の時分だが、学校へ上がったばかりのころからマーカスの下で修業していたというだけあって、なかなかの知識と技術を持っていた。


 なにより、魔道具を愛し、魔道具師になりたいという熱意を持っていた。そして、女性で工房主となったシンシアに向ける尊敬のまなざしに、面はゆく思ったものだ。今までも修行のために見習いがやって来たこともあるが、ルシールほどの熱量を感じたことはない。

 彼女が置かれた境遇の逼迫具合が背景にあったこともあるだろう。

 そして、いくら総督家の傍流の家の娘とはいえ、それまでないがしろにしてきたというのに、自分たちの都合で手のひらを返した両親の勧めを受け入れ、別の総督家の傍流との婚約を受け入れた。


 それは一旦は魔道具師になる夢を諦めるということだ。彼女の情熱を間近で見てきたシンシアにとっても歯がゆく悔しい気持ちになった。

 ルシールの親への感情に、シンシアと母親の一件が影響していると察し、責任を感じずにはいられなかった。


 シンシアが駆け付けると、案外、ルシールは冷静そうに見えた。もっと取り乱して責任を果たさない周囲を責めれば良いのにとさえ思った。ただ、本来、思慮深さを表したような翡翠色の目は虚ろだった。


「ルシール、あなた、うちにおいでなさい。ここを出るのよ。そして、改めて魔道具師を目指すの」

 シンシアはルシールの熱の原動力を知っていた。そして、それは空っぽになったルシールにふたたび希望の光を灯した。

「魔道具師に、」

「ええ、そうよ」

 シンシアが頷く間にも、ルシールはみるみるうちに瞳の色を変える。それは、厚い雲が取り去られ、さあと差し込んだ陽光を浴びた葉のように瑞々しい色彩だった。


 ルシールはシンシアの魔道具師工房で見習いとして働くに際し、ひとり住まいをすることに決めた。

「住み込みで良いのに」

「でも、同じ年ごろの男女がいっしょに住むというのは、」

 ルシールは婚約破棄したばかりだ。総督家の傍流の出という境遇は格好の噂の種であり、さらに実の妹が婚約者を奪ったというのはとんでもない醜聞だ。

 今は被害者だが、少しでも隙を見せれば、彼女にもなにかしら落ち度があったのではないかと言われかねない。無責任な第三者とはそういうものだ。責任を負わない言葉がどれだけ当事者を傷つけるか、考えもしない。


 いっしょに住むことをそれ以上は勧めず、シンシアはルシールとともに工房の近くで若い女性がひとり住まいすることができる場所を探した。

「シンシアさん、本当にありがとうございます。お陰でなんとか暮らしていけそうです」

 ルシールひとりならば、こんなにすんなりいかなかっただろう。マーカスの工房やシンシアの工房があるペルタータ島の都市カーディフでは、おつかいへ出るくらいで工房に籠っていることが多く、住居を見つけられるほど詳しくない。


 婚約破棄したときには、カーディフに行く機会が減るだろうと思っていたが、皮肉なものだ。ここで住むことになるとは。あれから、家を出るつもりではいた。だから、シンシアの申し出はとてもありがたいことだった。


 シンシアはひとり暮らしをする初期費用を給料の前借りという形で支払うと言ってくれた。だが、これまでふたつの魔道具工房で働いてきた給金を貯めていたものがある。住まいを借りる保証人となってくれただけでも拝みたいくらいだ。

 工房で働いていた一年間で顔なじみとなった客も温かく迎えてくれた。ジャネットに預けていた、マーカスから譲り受けた魔道具や設計図も手元に置くことができた。

 そうしてシンシアの工房とひとり暮らしが始まって少し経ったころ、リオンがやって来た。




 高い身長、見上げる先にある瑞々しく明るい緑がかった青色の瞳が海を思わせる。

「久しぶりだな。元気そうで安心したよ」

「リオンさんも、」

 ルシールはかろうじてそう返したが、やはり婚約破棄のことは知っているのだろう、リオンはどう思っているのだろうか、と落ち着かない気分になった。


「気にすることはない。みんなやりたくてやっているのだから。魔道具師にならなくてもいい。ただ、みんなといっしょになって成し遂げようとしたことだけは覚えておいて。きっと心の支えになるから」

 リオンはルシールが両親の懇願を受け入れ、婚約することに決めたとき、そう言った。

 その後は、異性だから控えた方が良かろうと、積極的に連絡を取ることはなかった。


「【ブヒヒンの荷車】の調子が悪くてさ。ニンジンとリンゴの配分をちょっとずつ変えてみたりしたんだけれど」

 工房の前に停めていると聞いて、ルシールは外に出た。リオンが扉を開いたままにし、ルシールを通す。女性扱いされ、鼓動が跳ねた。婚約者もこういう風だったらとつい考えてしまい、比較してはいけないと思考を振り払う。


「綺麗に手入れしているわね」

 一見してすぐにそれと分かる。

「だろう?」

 言いながら、リオンは荷車の傍にしゃがみ込んで車体を撫でる。

「本当になあ。気難しいところが爺さんそっくりだよ」

 荷車の後ろに垂れさがる尾がぴくりと動いた気がした。


「リオンさん、もしかして、世話をしながらお爺さんの話をした?」

「え? あ、ああ、そうかもしれないな」

 リオンはなんでそんなことを聞くんだとか、どうでもいいことだとは言わずに記憶を探る。その様子に安堵する。以前と変わらないリオンのままだ。変わったのはルシールの方だ。


「もし、差し障りがなければ、わたしにも聞かせてもらえる?」

「構わないよ。あ、そうそう。ちょっと車軸が歪んでいる気がするんだけれど」

「本当ね。じゃあ、修理しがてら」

 ルシールは工房の前では通行の邪魔になるから、横の路地に移動し、道具を持って来て具合を確かめる。

「これは、」

「なんだ?」

「一度、開いた方が良いかもしれないわ。魔力回路が少し具合が悪いかもしれない」

 断言することはできないが、もしなにか不具合があるのなら、車体に影響するだろう。不調の原因は車軸だけでなく、そこにあるかもしれない。


「可哀想に。これでは重い荷物を載せて運ぶと痛かったでしょう」

 ルシールはそっと荷車を撫でた。荷車の後方に垂れさがる尾がゆるゆると振られる。

 まるでルシールの言葉に魔道具が呼応しているかのようだとリオンは思った。気難しいけれど、祖父の形見である大切な魔道具だ。託すのにこれ以上ない人物だと思える。


「じゃあ、やってくれ」

「うん」

 ルシールは汚れるのも構わず地面に跪き、ボルトを緩める。それを眺めながらリオンは話し始めた。

「うちの爺さんはさ、知る人ぞ知る素材屋なんだ。ペルタータ島だけじゃなく、ほかの島の素材屋からも頼りにされていた。腕の良い採取屋とも大勢取引きしていたんだ」


 ルシールはそのことを知っていたが、身内であるリオンの口から聞くと不思議な感じがした。そんな風に思いながらも、ルシールはていねいに器材を扱う。ずれてしまっては部品や本体を破損することもある。計算し尽くされた角度によって埋め込まれ、はめ込まれた部品たちが存分に力を発揮することで強度や仕組みを全うする。


「昔、爺さんに採取屋になるって宣言したら、商人の方が向いているだろうって言われてさ」

 多くの者に尊敬される素材屋の祖父にそんな風に言われてしまったリオンの心は傷ついただろう。

「そんなことを言われたから、むきになってとにかく採取屋稼業に勤しんだんだ。———生きているうちに認めさせたかったな」

 もしかすると、商人の方が向いていると言われた後、あまり顔を合わせる機会がなかったのかもしれない。

 近くにいればいるほど、想いを伝える時機を失ってしまいがちになる。

 リオンはときおりルシールに手を貸しながら、とりとめなく、祖父がどれだけ素晴らしい素材屋だったか、自分が持ち込んだ採取物に下した酷評などを面白おかしく話した。


「と、まあ、結局、爺さんはやっぱり商人になれば良かったのにと思っていたのかもしれないな」

 無駄なことしていると呆れていたかもしれない、と肩をすくめる。

 リオンも大勢の者たちと同じく、祖父を尊敬していたのだ。だから、素材屋と採取屋という切っても切れない関係の中で、認められたかった。


「俺にこれを遺してくれたのも、採取屋じゃなく商人としてなのかもしれない」

 そう言って、リオンは【ブヒヒンの荷車】に手を置いた。ちょうどそのとき、ルシールは【ウッキウキの手袋】を填めて魔力回路の消耗の激しい部品を交換し終わった。そして、正常に動くか試すため、魔力を込めようとした。その際、ふと思いついた。この魔道具ももしかしたら、という考えが浮かんだ。

 ルシールは魔道具の起動スイッチを切り、慎重に魔力溜器に魔力を注ぐ。


「ブヒヒン」

 かすかに鳴き声が聞こえた気がした。

 マーカスの工房やシンシアの工房で起きたことを彷彿とする。

 予想に違わず、ふわりと光が舞う。


「え?!」

 リオンは目を見開く。

「リオンさん、ここに魔力を流して」

 ルシールはとっさにそう声を掛けていた。自分だけでなく、リオンの魔力が流れたらどうなるだろうと思いついたのだ。

「え、あ、ああ」

 リオンは光に驚きながらも、ルシールの要請に応えて魔力を通す。


 すると、光の中に濃淡が生じた。それは人影を取る。上背がありがっしりした体格の輪郭をかたどる。顔の部分に眼窩や鼻筋ができる。

「爺さん———」

 リオンの唇から声がこぼれる。





いつも、評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。

人物紹介を載せておきます。

よろしければ、ご参照ください。



●人物紹介

・ルシール・ステルリフェラ:翡翠色の瞳。茶色の髪。鳴き声シリーズの魔道具が好き。

・マーカス:魔道具師。ペルタータ島のカーディフで魔道具師工房を営む。

・リオン:採取屋。ルシールの六歳上。<海青石>のような色の瞳。金茶色の髪。

・シンシア:魔道具師。ペルタータ島のカーディフで魔道具師工房を営む。

・デレク:素材屋。にこやかで物知りだが、周囲には恐れられている。

・アーロン:加工屋。腕がいい。無口。がっしりしている。

・ローマン:加工屋。アーロンの息子。がっしりしている。

・ドム:加工屋。大柄。太い指で繊細なものを生み出す。

・グレン:加工屋。ゴム素材の扱いに長けている。

・アラン:採取屋。デレクの息子。リオンと仲が良い。リオンの二歳上。

・ジャネット:ルシールの友人。麦わら色の髪をショートカットにしている。実家が飲食店を三店舗経営。

・ライラ:ルシールの友人。赤毛をポニーテイルに結っている。気が強い。実家が家具工房を営んでいる。

・ネリー:間延びしたしゃべりかたをする。おっとりしているがしっかりしている。

・トラヴィス:高名な素材屋。リオンの祖父。



※地名

レアンドリィ島:七つ島のひとつ。ペルタータ島の東に位置する。

ペルタータ島:七つ島のひとつ。レアンドリィ島の西に位置する。

コールドウェル:レアンドリィ島の西の街。

カーディフ:ペルタータ島の東の街。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ