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 マーカスはそろそろ引退を考えるころになって初めて魔道具を発明した。魔道具師は無数にいるけれど、発明品はそうではない。となれば、新発明をする者はごく限られた人間である。

「こんな爺さんになってから成し遂げられるなんてなあ」

 すべてはルシールとリオンのおかげだ。


 十三歳の子供なら家族と温かい正月を祝うだろうに、ルシールはマーカスの工房の軒先にうずくまって泣いていた。女の子らしく伸ばした髪がざんばらになっている。

 あまりのことに、マーカスは魔道具師になるかと聞いた。

 ルシールは決意のこもった顔で「うん」と言った。自分で生きていくと決めたのだと分かった。


 ルシールは妻と同じ総督の傍流の家の子だ。

 でも、大切にされる風ではないのを見れば、学校を卒業しても打ち捨てられるのではないかと心配になった。

 幸い、魔道具について興味を持っている。ならば、マーカスの持つ知識や技術を教えることで、生きる術を身に付けられるのではないかと思った。

 マーカスがルシールを心配しなにかしてやろうと思うのと同じように、採取屋のリオンや素材屋のデレク、加工屋のマーカスたちがこぞって手を貸したがる子だ。


「うちは分家筋だし。それに、わたしは家族からなんの期待もされていないもの」

 ルシールの家は一般市民と変わらない方の傍流だ。両親は兄と妹がいればいいのだ。ルシールはおまけでしかないという。

 マーカスにはかける言葉がなかった。どれだけ可愛くても、ルシールの保護者ではない自分が口を挟むことはできない。


 ところが、ルシールの魔力と魔力回路の重要な部分が反発した。

 マーカスはリオンから自分が見つけた新素材で反発する魔力をなんとかする魔道具がつくれないだろうかと持ち掛けられ、最初は戸惑った。しかしすぐにぜひやりたいという気持ちが生まれた。

 新発明をするのは魔道具師共通の夢であると同時に、なかなかなし得ないことだ。


 ふたりはすぐに協力者を募ることにした。デレクやアーロンに黙ってやったら後でどれだけ恨まれるか。

 リオンも、「みんなルシールのためだって言ったら、きっと力を貸してくれる」と言った。だが、それでは秘密保持はできなくなる。

 リオンは自分の利益よりも急いで魔道具をつくりたいと言った。

「ルシールにはあまり時間が残されていないように思う。少しでも早く一人前にしてやりたい。少なくとも卒業までには」

 リオンは思うところのある祖父に頭を下げ、学者を紹介してもらった。


 マーカスの新発明の魔道具は便利なだけではなく、ルシールのように魔力が反発する者のハンディキャップを克服するものでもあった。

 それを特許申請するということもまた、情報公開するということだった。誰でも作れるようになるということだ。

 けれど、この魔道具があれば、ルシールのように保有魔力の質によって諦めねばならなかったことを断念せずに済むようになる。


 通常は特許申請をした魔道具は何代も改良を重ねられる。大きなものが小型化されることなどがよくある。業務用サイズのものが何度かの改良を経てようやく家庭用サイズとなる。

 だが、この【ウッキウキの手袋】は最初から小さなサイズありきだった。子供に照準を合わせたものだったからだ。【魔力変換装置】の小型化はより一層難しくなる。けれど、発明者とその協力者たちが子供のサイズに合わせたもののために開発に取り組んだ。


 ところで、各部品の製造については各加工屋が情報を握っている。そのため、製造するのは簡単ではなく、結局、特定の加工屋で購入するほかない。

 アーロンやドムは当初、これら部品についても特許申請を考えていたが、デレクの言によってやめておくことにした。


「魔道具を作りたければアーロンさんやドムさんの工房から部品を買えばよいだけですよ。マーカスさんが魔道具の設計図を公開しただけで十分だ」

 培った情報や知識を容易に無料で放出するのもいけない。ほかの加工屋が困ることになるからだ。あそこは公開したというのにお前の所はどうなのだと責められ、窮地に追い込むことになる。

「そうなるといらぬ恨みを買うことになりかねません。それに、異種材料接合技術はまだ改良の余地があります。理論構築もこれからです」


【ウッキウキの手袋】に関しては上手く機能したが、ほかのものもまた同じようになるとは限らない。

 研究はこの先も続いて行く。

 上手くいくときは「流れに乗る」ようにするするといく。そういうときは逆らわずに身を任せる。だが、うまくいかないときはなにをやってもだめなものだ。

 もの作りに携わる者はよく知る経験則だ。




 大切に使い込まれた鳴き声シリーズの魔道具は動くことが多い気がする。

「またいつか、おばあさんのときのように、魔道具が「抱えて」いる記憶が見られるかしら」

【チュンチュンのピンセット】の先の嘴のようになった部分がぴこぴこと動くのを眺めながら、ルシールが呟く。


「魔道具が「抱えて」いる記憶、か。そうかもしれないな」

 マーカスがちいさな声を拾い上げて頷く。

 魔道具の外身でもなく、螺子を外して開けた中身でもない。内部機関を動かす魔力にそれを込めた者の感情や記憶が残されていた。


「わたしたち魔道具師は内部の仕組みが正常に動くように魔力を辿らせていく。そこにルシールの魔力が触れたとき、その魔道具に残されていた軌跡を浮かび上がらせたのかもしれないね」

 やさしく、あるいはやわらかに浮きあがらせる。過去の出来事をなぞることで、知らなかったこと、忘れていたこと、思い違いをしていたことを知る。それは鮮やかな体験だ。そして、絡まった感情を解きほぐす。


「過去は変えられない。けれど、それに捉われている現在の人間の感情は変化することができる」

 きっと、マーカスがそうだったのだろう。

 ルシールはそんな場面を共有できたことを、嬉しく思った。




 ルシールがマーカスと出会い、彼のもとで魔道具師になるべくひたすら励む月日はあっという間に過ぎて、六年近くになろうとしていた。ルシールは一般的な家庭用魔道具なら作れるようになった。修理も積極的に受けた。目下の目標は鳴き声シリーズの魔道具を設計図を見ながらひとりで作成することだ。

 そんな折、ルシールはマーカスから相談を受けた。


「この工房をたたもうと思っているんだ」

 ルシールははっと息を呑む。

「わたしはもう歳だからね」

 細かな作業が難しくなり、そして辛くなったのだという。


「幸い、息子夫婦がいっしょに暮らそうと言ってくれていてね」

 なにより、ずっと心に重くのしかかっていた妻の記憶が優しいものに変わったことが大きいという。

「ルシールのおかげだよ。もう少し先だったら、ルシールにこの工房を譲ってやれたんだが」


 ルシールは唇を噛んだ。あと一年と少しで卒業する。でも、ルシールはまだ十六歳で学生で女性だ。なにより、工房を買い取ることができる財力を持っていない。

 

 ルシールには直接言わなかったが、マーカスは十六歳の年若い女性が血縁者でもない者が工房に出入りすることへの風聞を気にした。自分のことではなく、ルシールがいわれのない中傷を受けては大変だと懸念したのだ。


「これらをルシールに」

 代わりに、魔道具の器具や設計図をくれた。【チュンチュンのピンセット】などだ。もはや彼らの癖は知り尽くしている。

「いいの?」

 魔道具は一般的な道具よりも高価だ。

「ルシールはたくさん手伝ってくれたからね」


 マーカスはそう言うものの、最後の一年間は給料ももらっていた。「少ないけれどね」とは言うものの、ルシールはマーカスに教わる身なのだから、とてもありがたかった。実家を頼ることができないからなおさらだ。年頃の女性として必要なものをそれなりに買いそろえることができた。そうして買ったものは、ジャネットに預かってもらうか工房の奥の部屋の片隅に置かせてもらっている。実家に置けば、妹に見つかって「欲しい欲しい」と言って取り上げられてしまうからだ。あるいは壊される。


 家もそうだが、学校のロッカーにいれておくのも危険だった。兄も妹も勝手に開けてルシールのものを使った。そして返しもしない。


 両親に訴えても「お兄ちゃんなんだから」「妹に譲ってやりなさい」という返答があるばかりだ。

「お姉ちゃんなんだから」とは大違いだ。


 リオンにもらったものもジャネットに預かってもらったり、マーカスの工房に置かせてもらっていた。

 実家には工房に通うことを「課外学習の一環」と話していた。学業では最優秀の成績を修めていることから、家族はなにも言わない。ルシールには興味がないのだ。


 見習いが師匠の下から離れるとき、あるいは魔道具師免許を取得したとき、師匠が作った魔道具を贈られることが多い。

 ルシールは見習いになるときに早々に贈られた。しかも師匠が発明した魔道具だ。

 この【ウッキウキの手袋】によって、ルシールは魔道具を作れるようになった。

 そして、師匠の下から離れるに際して、この魔道具の作り方を教わって自分で作った。以前作ってもらったのは小さくなっていたから、ちょうど良いと言って。

 とてもお世話になった。よくしてくれた。祖父のような人だ。


「君はきっと素晴らしい魔道具師になるよ」

 マーカスが工房を離れる際、そんな風に言った。家族からもそんな温かい言葉を掛けられたことはない。初めてできた師で、本当の祖父のように慕っていた。


「今までありがとうございました、師匠(せんせい)





いつも、評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。

人物紹介を載せておきます。

よろしければ、ご参照ください。



●人物紹介

・ルシール・ステルリフェラ:翡翠色の瞳。茶色の髪。鳴き声シリーズの魔道具が好き。

・マーカス:魔道具師。ペルタータ島のカーディフで魔道具師工房を営む。

・リオン:採取屋。ルシールの六歳上。<海青石>のような色の瞳。金茶色の髪。

・デレク:素材屋。にこやかで物知りだが、周囲には恐れられている。

・アーロン:加工屋。腕がいい。無口。がっしりしている。

・ローマン:加工屋。アーロンの息子。がっしりしている。

・ドム:加工屋。大柄。太い指で繊細なものを生み出す。

・グレン:加工屋。ゴム素材の扱いに長けている。

・ネイサン:学者。北の大陸からやって来た。

・アラン:採取屋。デレクの息子。リオンと仲が良い。リオンの二歳上。

・ジャネット:ルシールの友人。麦わら色の髪をショートカットにしている。実家が飲食店を三店舗経営。

・ライラ:ルシールの友人。赤毛をポニーテイルに結っている。気が強い。実家が家具工房を営んでいる。

・ネリー:間延びしたしゃべりかたをする。おっとりしているがしっかりしている。


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