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 ルシールたちは失意のまま、レアンドリィ島の南東の都市に戻った。アブレヴィアータとをつなぐ橋のたもとにある街だ。

 市庁舎の貴賓室がアリスターの手配によって一行に宛がわれていた。部屋に入った面々はさすがに疲労を隠せず、それぞれがソファやイスに倒れ込むようにして座る。


「こうなったら、海から行くしかないのか?」

「いや、あの辺りは隠れ岩が多い」

「総督の高速艇でも無理だな」

 あれこれと意見は出るも、どれも実現できそうにない。


「俺、場違いだよな」

 アブレヴィアータの採取屋が自分はこの場にいて良いものかとリオンにささやく。リオンはそれには答えず、別のことを口にした。

「なあ、あいつら、例の場所を見つけたのかな」

「あ、」

 リオンとアブレヴィアータの採取屋は目を見合わせる。

 もし、見つけていたら。もし、踏み荒らされていたら。


「今は考えても仕方がないな」

「そうだな」

 アブレヴィアータの採取屋は疲れ切った様子で、椅子の背もたれに背を預け目をつぶった。


「ルシール、大丈夫?」

 リオンは傍らに座るルシールを気にした。

「う、うん」

 人が崖から海に落ちたのを目の当たりにしたルシールは蒼ざめて震えている。リオンは細い肩を抱き、自身の体温を分け与えるように寄り添った。


 ヒューバートの指示で全員に暖かい飲み物が配られる。

 ホットワインに柑橘類の搾り汁とハチミツが加えられたものを飲み、ルシールはほっと息を漏らした。温かいものを飲むと気持ちが少し楽になった。心と身体は密接につながっている。


「橋を復興するとしても、時間がかかりそうだな」

「いえ、ここまで到達したのです。あともう少しだ」

 クリフォードの視線を受け、エルは答える。後半ははやる気持ちを抑えるために自身に言い聞かせるかのようだった。


 島と島の間の難海路は大型船は通れない。小型船であれば、狭い海峡のため非常に速く複雑な海流に舵を取ることができず、思う場所に行きつくことができない。さらには浅瀬が多く、岩によって船が破損する可能性が高い。

 総督たちの船も「動く別荘」であるからそれなりの大きさがある。


「小さい船では海流に翻弄される、か」

 難海流、という言葉にルシールは知人の船乗りふたりが言っていた言葉を思い出す。

「素材屋リオン。依頼があるのだけれど」

 リオンは理知的で深い翡翠色の瞳を向けられ、どきりとした。

 ルシールの依頼は島外の船乗りヘンリクに連絡を取ることだった。


 リオンは、ルシールが素材屋を頼るとき、一番初めに思い浮かぶのがデレクだと思っている。幼いころから素材屋と言えばデレクだったのだから、刷り込みというものだ。

 だから、「素材屋リオン」に頼みごとをされ、とても嬉しかった。


 リオンはすぐに考えを巡らし、様々な伝手を使ってヘンリクと繋ぎを取った。

 幸い、ペルタータ島にいたことから、すぐにこちらにやって来るという。ルシールは面々に事情を話し、ヘンリクの船がこの街の埠頭に到着するまで、休憩を取ることになった。




 埠頭に馬車が到着すると、すでにヘンリクたちの船は碇泊していた。

「おう、嬢ちゃん、久しぶりだな。で、俺たちに依頼したいことってなんだ?」

「交渉は俺がやるからな」

 大柄なヘンリクの後ろからタルモが細身をのぞかせる。

 ふたりの傍にぞろぞろと船乗りが集まって来る。ヘンリクの船の船員だろう。


「ヘンリクさん、タルモさん、お久しぶりです。おふたりとほかの船乗りのお力を借りたいのです」

 その段にはリオンも思い出しており、合点がいった。


 ルシールは魔道具師だ。そして、大勢の加工職人に知り合いがいる。彼らの技術も知識も自分のそれも、すべて苦労して身に付けたものだ。だから、他人の技術や知識に敬意を払う。簡単に無償で提供してくれとは口が裂けても言えない。


 そして、お金でないもので人の心が動くことがある。タルモによって取り調べを受ける羽目になったルシールは、またタルモやヘンリクが誹謗中傷のビラを剥がすという行為によって勇気づけられた。


 タルモが船長の代わりに交渉すると言うように、船長、ひいては船員たちの操船技術は軽視されてよいものではない。ルシールに彼らの労力に見合う対価を渡せるかどうかが交渉のカギを握る。

 魔道具が「抱えて」いる在りし日の思い出が、人の心を動かすかもしれない。


「ヘンリクさん、以前、修理をした【ニャーニャの害虫捕獲機】を貸してもらえますか?」

「なんだあ? おう、そこの、ちょっと行って取って来てくれや」

「へい」

 ヘンリクは首を傾げたものの、近くにいる船乗りに声をかけた。船員が取りに行っている間、ルシールは事情を簡単に説明した。


「レアンドリィ島とアブレヴィアータ島の狭間の海流を渡って、アブレヴィアータ島の北西部に行かなければならないのです」

「あの辺りは隠れ岩の宝庫だ」

「とんでもねえ難海流だ」

 ルシールの言葉に即座にそう返って来るのだから、ヘンリクもタルモも七つ島を周辺海域を網羅しているのではないだろうかと思わせる。


「なるほど、俺たちの船で渡りたいってんだな?」

「そうなんです」

「まあな。俺たちなら、あの海域もぶっ飛ばせる」

 ルシールの後ろでやり取りを見聞きしていたヒューバートたちは表に出さずに驚いていた。総督ふたりは自島民ができないことを島外の者が成し遂げるということに興味を持ち、側近ふたりは内心悔しく思った。エルとイルはルシールの意外な伝手に意表を突かれていた。

 そんな思惑は想像だにしないルシールは、ヘンリクたちに魔道具が「抱えて」いるものの話をした。


「おう、見た! 聞いた!」

「俺たちもペルタータ島のキャラハンで見たよ。あれ、すごいよなあ」

「そうだったんですね。それで、ヘンリクさんの【ニャーニャの害虫捕獲機】ももしかしたら、「抱えて」いるものがあるかもしれません」


「「「「!!」」」」

 ヘンリクとタルモだけでなく、居並ぶ船乗りたちが息を呑んだ。


 確証はない。けれど、ヘンリクは修理に持ち込んだ【ニャーニャの害虫捕獲機】を、「姉ちゃんがこいつを撫でると耳や尾がよく動いたものさ。嬢ちゃんと同じにな」と言っていた。

 ヘンリクの姉もルシールと同じ種類の魔力の持ち主ではないだろうか。そして、とても鳴き声シリーズの魔道具を愛していた。


「まさか、」

「いや、でも、」

 驚きと期待がないまぜになった様子で船乗りたちがざわめく。

「わたしもコールドウェルで魔道具が「抱えて」いるものを具現化させました」

「おお、嬢ちゃんもあれ、やったのか!」

「すげえな!」

 ルシールの言葉にヘンリクとタルモが目を輝かせる。彼らはキャラハンの市庁舎前で見聞きし、度肝を抜かれた。それと同じことをルシールもやっていたのだという。知り合いがすごい魔道具師だと知ってなんだか誇らしい気持ちになった。


「それで、もし、わたしが【ニャーニャの害虫捕獲機】が「抱えて」いるものを具現化させたら、難海流を船で運んでもらえませんか?」

「なるほど、そういうことか」

「船長、こりゃあ、いまだかつてないほどの高報酬ですよ」

「船長、やりましょうや!」

「俺、姐さんの魔道具が「抱えて」いるものを見たいっす!」

 合点がいったヘンリクにタルモを始めとする船乗りたちがそわそわとする。


「おう。俺もみたい。やってくんな、嬢ちゃん! やってくれたら、「抱えて」いなくても、それでいい。姉ちゃんは心残りなくあの世に旅立ったということだからな」

「分かりました」

 ルシールは船乗りが持って来た【ニャーニャの害虫捕獲機】をその場で開いた。

 そして。


「あんたたち、ぼさっとしているんじゃないよ!!」

「姉ちゃん!」

「「「「姐さん!!」」」」

【ニャーニャの害虫捕獲機】は以前の所有者であるヘンリクの姉の記憶を「抱えて」いたのだ。

 工房のお掃除妖精が甲板を掃除する魔道具を修理したから、「抱えて」いるものを具現化してくれたのかもしれない。


「なんだい、なんだい! ふぬけた(ツラ)して! そんなんじゃあ、海に落っこちるよ! しゃっきりおし!」


「懐かしい、姐さんの喝!」

「俺たちの前船長!」

 なんと、ヘンリクの姉が以前の船長だったという。

「「「「姐さ~ん!!」」」」

 中には泣き出す者もいて、相当に慕われていたことが分かる。


「おう、お前ら! 姉ちゃんの言う通だ。これから飛び切りの難海流を突っ切るんだからな。気合い入れて行け!」

「「「「おう!!」」」」

 ヘンリクの檄に船乗りたちの声が揃う。


「嬢ちゃん、ありがとうな。また姉ちゃんの姿を見て声を聞けるなんてな。とんでもない報酬を前払いされちまったからには、しっかり送り届けてやるよ」

 そう言うヘンリクの目は赤い。

「ありがとうございます」

 ルシールはほっと安堵の息をついた。

 そんなルシールに、船乗りたちがとんでもないことを言い出す。


「「「「ルシールの姐さん!!」」」」


 リオンは思わずその場に膝をつき、クリフォードが腹を抱えて笑った。手放しで笑ったりすることなど珍しいクリフォードを、ファレルがうっとりと眺める。


「我が娘は人材確保の才が飛びぬけているな」

「まことに。ぜひお嬢さまご自身を我が総督府にスカウトしたいところです」

 ヒューバートが満足げに笑い、アリスターがあながち冗談ではなさそうに言う。


「なにからなにまでルシールのお陰だよ」

「彼女が言っていた「できることをする」というのはとんでもないことだらけですね」

 エルがまぶしそうにルシールの後姿を見やり、イルはしみじみと頷く。


「リオンの奥さんって、なんだかすごいんだな」

 アブレヴィアータの採取屋が(くずお)れたままのリオンの肩を慰めるように叩くのだった。




いつもいいね、ご感想、誤字報告ありがとうございます。


最後の最後までリオンに膝をつかせようと思っていました。

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