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 スターブルーの木の実と鳥の魔道具は、起動すると鳥の鳴き声が歌を奏でる。そして、たくさんの記憶を「抱えて」いた。


 樹木が危険信号として香りを発し、それらが風にのって伝播し、鳥たちは逃げた。その先が七つ島だった。鳥類学者イーロと魔道具師ユハニは鳥を追いかけ、七つ島にたどり着いた。持ち出した樹木の苗木をひそかに植林した。

 イーロは鳥に嫌がられながらも幸せそうで、ユハニはそんな彼を見守る。


 イーロとユハニは穏やかな晩年を迎え、思うのは故郷のことだった。自分たちだけ病を逃れたが、無事でいるだろうか。ふたりは濡れ衣を着せられてなお心配していた。

 ユハニが遺した魔道具に彼の想いが残されていた。


 人はそれぞれの思惑を持つ。しかし、それらすべての望みを叶えられることはない。

「鳥類学者の説が受け入れられなかったのは鳥の糞から薬を作るということに嫌悪の念が先立つからだ。そんなものは飲みたくないというのも仕方がないというもの」

「そんなものを飲んで生き延びるか、死ぬかの究極の選択か」

 おもむろに口を開いた総督に、ほかの総督が返す。


 一方で、七つ島が豊かであるのは鳥の糞を肥料にして農作物を作っているからだ。グランディディエリ群島の最重要機密である、その生きる糧を作り出すシステムと重ね合わせ、総督たちは苦笑する。


 産業が発達し、人の暮らしは便利になった。

 そうなると、人は生きるためだけでなく、娯楽のためにほかの種を手に入れようとした。あくまで、人間以外は「素材」であり、自分たちがより良い暮らしをするための物体でしかない。

 その考えが極端に振れたとき、人間はことごとく多数の種族を根絶やしにした。


 必要な「素材」を得るためだけで、その個体を殺害する。残された仔あるいは雛は保護者を失って生き延びることができない。

 一部だけもぎとられた死体が点々と地面に横たわり、その付近で幼体が親を求めて鳴き声を上げる。その悲鳴を天敵が聞きつけ狩られるか、か細い鳴き声に変じて餓死するか。

 需要のある「素材」を狩り尽したがために、種は潰えた。

 そういった事象を引き起こしたのは人間だ。


 畜産は食用のために行われる。愛玩動物とも違えば、乱獲とも異なる。人間が生きるための管理運営方法だ。それを混同して、罪深いのは同じだという者もいるが、本質を理解しようとしていない。


 過去の事例を重く受け止めた総督らは七つ島において規制を設け、監視網を敷いた。

 総督らはそれらの歴史から、手に入れた「僥倖」を秘匿することにした。


 たとえば、水資源確保だ。これは有史以来、無数の争いの原因となっていた。

 七つ島の水道施設は総督府管轄であり、無料で使用するようにしている。人は無料だということに着目し喜ぶ。

 水が生物にとってなくてはならないものだから、総督府は供給を保証しつつその権利を明け渡さない。


 この権利を個人にゆだねては容易に島外に奪われる。諸外国で水場を巡って戦争が頻発していることからも、どんな理由をつけてでも略奪しようとする。国という同格の立場であっても、国力差によって対抗し難いものだ。そのため、仮に個人所有となっているのであれば、国がそれを看過するのはその個人を見捨てることと同時に国を自滅へ導くことと同義である。


 水道施設のように分かりやすい資源は致し方がないが、総督はほかの豊かさの原因である「僥倖」は秘匿することにした。存在を知られなければ奪われようがないからだ。

 それは南の大陸の離れ島の民が利用してきた肥料グアノである。


 とある経済学者が言った。人口の増加を抑制しなければ、必然的に、大規模な食糧不足、飢饉(ききん)、大量死がもたらされる、と。

 人口の増加は国力の増加につながった。

 統治者は富国のための産業推奨をした。そのためには労働力は必須である。人口増加を見込むのであれば、食料を用意する必要があった。

 鳥の糞(グアノ)はこれらの事象を解決した。


 植物の生長に必要な栄養素を兼ね備えていたのだ。この有機肥料資源は、リン酸と窒素という植物の生長促進に欠かせない成分を豊富に含んでいる。これを肥料にすることによって、目覚ましい作物の収穫高を得ることができた。


 例えば、窒素は大気中に存在するものの、得るには膨大なエネルギーが必要だ。けれど、自然現象によって得られることがある。それが雷だ。雷が空中を走ると、窒素の三重結合が解かれ、雨に紛れて地に溶け込む。そうして植物は窒素を得るのだ。雷が植物の生育を促進するというのはここからきている。雷を稲妻と言うのは、それが多発する地域では稲が良く育つからそう称されるようになった。

 グアノはそんな得難い窒素やリン酸を含んでいる。


 過去、このグアノを巡って、大国三国が戦争を起こし、周辺諸国にまで影響が及んだことがある。同格の国が三つどもえになり、戦局は泥沼化し、おびただしい数の死傷者が出て、いまだ後遺症に苦しむ生存者と遺族の子孫が遺されている。

 そして、その南の大陸の離れ島において、 鳥の糞(グアノ)は摂り尽されるだけ摂り尽され、枯渇した。大国三国が目をつけてからわずか二、三十年のできごとである。


 そんな豊かな肥料をもたらす海鳥が、どうしたことかグランディディエリ群島の小島のひとつに営巣した。学者の観察によりグアノを生み出す海鳥だと判明した際、総督らはこの周辺海域を禁止区域とし、天敵の猛禽を追い払い、個体数が増えるように努めた。捕食者がおらず、豊かな海という餌場が間近にある孤島は、格好の巣となった。海鳥の糞は積み重ねられ、その土地が放出する魔力によって非常に速い速度で化石化した。お陰で、この区域付近を航行すると、風向きによっては強烈な臭いがする。


 総督らはこれらのことを秘匿した。周知すれば他国が奪おうとすることは明白だったからだ。

 他国の資源が欲しい場合どうするか。対価を支払う。金銭かあるいは、その国が欲しがるものを譲渡する。

 余剰が潤沢にあるとは限らない。合意に至らなければ諦めるかといえば、そうならないことが多い。なんとかして手に入れようとする。

 そこで政治的圧力をかけるか、武力行使をする。


 総督が島民から尊敬されるのは、ひとえに、総督の所有する豊かな土地で、恵まれた暮らしができるからだ。この豊かさを失えば、とたんに失望される。

 総督たちは動植物を保護し規制をするのと同時に、それらを海鳥(グアノ)保護ためのカモフラージュとした。

 だからこそ、他国の王族が七つ島へ頻々と訪れ、鳥と樹木を探し回ることに警戒した。


 特に問題視されたのは、今最も注目されるエネルギー源である良質の<灼赤石>の最大産出国の王族だということだ。

<灼赤石>は人の魔力に反応して熱を発する。

 熱エネルギーを機械的仕事に変換する熱機関に用いられる。

 良質な<灼赤石>が発する熱量は非常に大きく、そのため、変換時に喪失するエネルギーを差し引いても、膨大な力を得られるのだ。

 つまり、良質な<灼赤石>は少量の人の魔力によって膨大なエネルギーを得られる。

 また、北の大陸のとある国で新たに開発した魔道具によって熱エネルギーを魔力エネルギーに変換することができるようになったという情報を掴んでいる。

 となれば、今後ますます良質な<灼赤石>は重要な役割を担うだろう。

 次世代エネルギーとして注目されている素材の産出国と事を構えることは得策ではない。


 だが、魔道具が「抱えて」いるものを見聞きしたことから、その誤解が解消する。

 海鳥もタビビトの木も亜熱帯あるいは熱帯に属する動植物だ。幸い、温暖な七つ島と似た気候だった。

 総督らの動植物保護施策によって守られたのはグアノだけではなく、タビビトの木も同じであったのだ。


 ヒューバートは二度目の具現化を前にしながら、ルシールの懇願を思い返す。

「お父さまがお母さまを失えないように、北の大陸の国でも大勢の人たちが同じ気持ちを抱えているのです」

 そう遠くない日に永遠に失うという恐怖と怯えは、いまだヒューバートの中に強く残っている。その恐怖から解消してくれた娘が懇願しているのだ。同じ気持ちを抱く者たちにも手を差し伸べてくれと。


 ルシールは母を失いたくなくて、魔道具を発明した。

「思い出してほしいんです。エスメラルダさんを失うかもしれないという、冷たく暗い絶望の中でもがいていたときのことを。エルは、エルの国の人たちはずっとそんな気持ちを抱えていたんです」

 そして、今もまだもがき続けている。


「君はまた救おうというんだね」

「救うなんてそんなすごいことではなくて」

 同じ気持ちを持つ者になにかをしたい。それだけだという。


 ルシールはどれほど欲しくても手に入らなかったものがあった。それを何度となく突き付けられ、最終的には諦めざるを得なかった。そして、別の形で手に入った。それが失われようとしたとき、様々な者の協力を得て、守ることができた。


 ルシールはヒューバートに訴えたように、ほかの総督にも懇願する。

 大切な人を失うかもしれないという恐怖と痛みを知っている者もいるはずだと。

「ほかの人にもそんな気持ちへの理解を示してほしいのです」

 深々と頭を下げるルシールの隣でエルも同じようにする。


 不当な非難で傷つけられたイーロもユハニは、ここ七つ島で心穏やかに暮らすことができた。

 心の平穏を得て、思うのは故郷のことだ。根拠のない疑いを向けられたものの、救われて欲しいと祈っていた。

 エルは心を決めた。その願いを、きっと自分が叶えてみせる。


 魔道具が「抱える」ものが具現化され、追われてなお故郷を心配するイーロとユハニに、懐かしさと申し訳なさと痛ましさといった様々な感情がこみあげてないまぜになり、エルは涙が流れるのを止めることができなかった。

 彼らが託した想いはエルに届いた。

 そして、失意のイーロとユハニをこの心境に至るまで癒した七つ島に感謝した。その七つ島の平穏は総督によって守られている。それでこその権力だ。それがあるからこそ、他国から守られ安穏としていられるのだ。


 頭を下げるルシールとエルの傍らで、ヒューバートが同輩らを見渡す。

「総督らの意見を聞きたい。ラヴィネン国の特効薬となる樹木と鳥を探すことに賛成か否か」

 それは、今まで禁止していた区域に島外民を立ち入らせるということだ。しかも、他国の王弟という権力中枢にいる者だ。


「賛成の者は挙手を」

 ヒューバートは総督らに問いながら、自身がまず人さし指一本を高く掲げる。

 す、とレプトカルパ総督が挙手する。次いで、ずい、とアブレヴィアータ総督が指を上げる。


 ここまではヒューバートの読み通りだ。そして、ほかの総督にも根回ししておくと言っていた。

 ルシールは固唾を飲んで事の成り行きを見守る。


 総督が最も優先すべきは、七つ島の安全だ。豊かな自然を守るために行っている規制を一時的にしろ緩和させるのは容易なことではない。それを、島外の国のためにしろというのは、横暴だ。

 四番目に挙手したのはステルリフェラ総督だった。


 自身がエルから情報を抜かれたものの、そういう事情があるのなら、こだわらずに協力に賛成する。グアノの秘密を暴こうとするのではなく、自国の民を救うというのであれば、譲歩してもいい。ラヴィネン国は良質の<灼赤石>の産出国であるから、無条件で協力するというのでもない。


 ステルリフェラ総督は聡明だった。自分の面子にこだわるがあまり、損得勘定ができなくなったり、慈悲の心を忘れてしまうことはなかった。それができるのは、生半なことではない。相応の地位に就き、自負を持つ者ならば特にそうだ。


 次に手を挙げたのはデカリー総督だ。

 デカリー総督は後にルシールに語った。

「我が兄はユーフェミアさまにそれはもう惚れこんでいてね。その兄が愛する御方の心を救ってくれた魔道具師のためなら、一度はその希望を叶えようと思っていた」

「お力添えいただき、ありがとうございます」

「いや、今回は俺が賛成しなくてもほかの総督らが賛成した。まだ権利は有効だから必要があれば使うといい」


 ロエオスリアナ総督も挙手する。

 ユージーンもまた、ルシールが開発した魔道具によって身体の不調が劇的に改善した。その妻マルヴィナに大いに感謝されている。


「姉は暴君だった」

 そんな姉マルヴィナから年下のユージーンがよくかばってくれた。きかん気の姉が惚れた弱みでユージーンの言葉はよく聞き入れるのだ。

「同じ総督位を継ぐ者として情けなく思った。だから、ユージーンを避けた」

 だが、それはそれ、これはこれだ。

「受けた恩は返さなければならない。だから、ユージーンの恩人に恩を返そうと思う」

 それがルシールだという。


 ロエオスリエナ総督は同時に、ルシールという存在を危険視する。これほどまでに総督とその近しい者たちの歓心を集めている人物だ。七人の総督の総意を得ることができる人間は稀有だ。


 ロエオスリアナ総督は後に、ルシールは危険人物だとペルタータ総督に漏らす。

 ペルタータ総督は、「だとして、どうする」と笑った。


「レアンドリィの娘だ。レプトカルパの姉でアブレヴィアータの孫だ。彼女が総督に強い影響を与える人物であったとして、三人の総督が対処するだろう」

「対処」には彼女の身を守ることをも含んでいる。

 そのペルタータ総督が最後に挙手した。


 満場一致で賛成となった。

 七人の総督の総意を得、グランディディエリ群島国はラヴィネン国に協力することが決定した。





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