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 国王に謁見するのは難しい。

 上奏権というものが存在するほどだ。上奏権は相応の影響力を持つ者に与えられる。


 七つ島で言えば、気軽に島民に会う総督もいるが、なんらかを訴えたい場合、本来は総督府に出向くことになる。当然、そこで総督に会うことなどできない。受付カウンターで用向きを話し、必要とあらば担当者に相談することになる。

 総督どころか側近に面会することすらできない。以前、エリーズが言っていた通り、総督府の建物に入ってすぐに忙しい側近筆頭と出会えるなど非常に稀なことなのだ。


 側近はたくさんいても、総督はひとりだ。そんな忙しい総督に面会の時間をつくらせることがまず難しい。

 そんな総督のひとりであるレアンドリィ総督に、ルシールはみずから会うつもりだと言った。

「いいのかい?」

 エルもまた、レアンドリィ総督がルシールを可愛がっているという情報を掴んでいる。彼女がその特権を容易に使わないということも知っている。ルシールらしいと思ったものだ。

 そのルシールが、可愛がられている立場を利用すると申し出た。


「わたしにできることをすると決めました」

 ルシールは意を決して背筋を伸ばし、静かに告げた。

 魔道具が「抱えて」いるものを見た際、鳥類学者と魔道具師は七つ島にいると言っていた。そして、彼らはタビビトの木とホシツバメのすぐ傍で暮らしていた。

 しかし、七つ島すべてにおいて活動する採取屋であるリオンにも、その場所がどこか分からなかった。


「デレクさんにも同じものを見てもらって聞いてみよう」

 リオンの言葉にルシールは首を振った。彼女にはとある案があった。それを実現するには、まず七つ島すべての総督の許可が必要となる。どちらにせよ、月日をかけて七つ島を探し回ったエルたちが見つけることができなかったのだから、立ち入りに制限がある場所も捜索する必要がある。


「まずは、総督の協力を取り付けましょう」

「そうするのがもっとも効率が良いだろうね」

 そうルシールに返答しつつ、エルは不思議に思う。なぜ、ラヴィネン国と縁もゆかりもない彼女がそうまでするのか。

「君がそこまでするいわれはないだろう?」

 小首を傾げるエルに、ルシールはそうですね、と頷いた。


「ただ、七つ島はこんなに豊かで穏やかなのに、」

 ルシールは言いにくそうに言葉を切る。

 今このときも、ラヴィネン国では国土病に怯えて暮らす人々がいる。愛する人が苦しんでいるのを見ていることしかできない者たちがいる。必死に助けようとして、でも、駄目なのだろうという諦めが心の片隅にある。なぜなら、今までさんざん、多くの命が失われて行ったのを目の当たりにしているからだ。

 ラヴィネン国はもうずっと絶望に塗りつぶされている。


 ルシールは少しだけその気持ちが分かる。諦めていた母の愛情を受ける僥倖(ぎょうこう)が病によって取り上げられそうになった。多くの人の力を借りて抗った。そして、勝ち取った。

 同じような気持ちを持つ者が今も怯えて暮らしているのだ。


「エルネスティ殿下はその人たちのために奔走されておられた」

 エルはまっすぐ向けてくる翡翠色の瞳に見入った。

 それで手を貸そうとしてくれたのか。

 差し伸べられたてのひらに思わず(すが)りつきそうになり、エルは平静の表情を取り繕いながら、手を握りしめる。


 同時に、ふとルシールの夫が不憫(ふびん)に思えた。採取屋リオンと言えば、北の大陸にも聞こえて来るほどの実力者だ。そんな彼が夫であるのに、妻はほかの人間のために力を尽くそうとする。とても忌々しいことだろうに、妻の善意をないがしろにするわけにはいかない。また、妻を放っておくことができずに、協力するほかないのだ。なにしろ、彼女に気がある男と行動するのだから、結局はいっしょになってやる方が精神衛生上、まだましだ。

 魅力的な女性を妻にした男につきまとう課題である。


「しかし、そうなると、ラヴィネン国の高位貴族の罪が広く知られるところとなりますが、それはよろしいのですか?」

 リオンの言葉にルシールははっと息を飲む。言われてみれば、その通りだ。


「元々、今回わたしが正式なラヴィネンの国使として遣わされたのは、事実を明るみにしてもよいという国の意向だ」

 そして、イーロの名誉挽回をする。その機会を、兄はエルに与えてくれたのだ。

 ルシールとリオンはラヴィネン国の覚悟を知る。


「それでは、君を頼らせてもらうよ」

「はい。さっそく、レアンドリィ総督に連絡します」

 それからは非常にスムーズに進んだ。


「まさか、こんなに早く謁見が整うとは」

 今まで、総督に会うのに散々苦労を重ねて来たイルが驚愕する。

「それだけ、娘御を大切にされているんだろうな」

 それと同時に、娘に近づく者に警戒もしているのだろう。早い方が良いと判断したらしいレアンドリィ総督とは、ルシールが訪ねて来た翌日に面会することになった。


 キャラハンにあるペルタータ総督府の迎賓館から馬車で駅に向かい、列車に乗る。コールドウェルの駅からレアンドリィ総督府はすぐだ。総督府の建物前に総督の側近が待っていて中へ案内される。


 通された部屋に腰かけてすぐにルシールとリオンがやって来た。ふたりだけでなく、後ろから黒髪、きらめくエメラルド色の瞳の美丈夫が続いて入室する。待たされるだろうという予想を大きく裏切られた。


 エルは素早く立ちあがる。椅子の後ろに控えていたイルがその場で膝をつく。

「ようこそ、我が島へ。ヒューバート・レジティ・レアンドリィだ」

 気軽に自ら名乗った。本来、引き合わせるルシールが紹介すべきだが、娘は公務に就いておらず、こういった場面には不慣れだということからだろう。そうだとしても、付き従う側近にも任せず自ら名乗ったことに、エルは一種の感動を覚える。


「拝謁の栄誉を賜り、僥倖に存じます。エルネスティ・ラヴィネンです」

 エルは腰を折り、深々と頭を下げる。


「我が娘とその伴侶はすでに知っているね。こちらはアリスター・レアンドリィ。わたしの側近だ。そちらは?」

「わたしの部下のイルマリ・ユーセラにございます」

「ああ、ユーセラ公爵のご子息か」

 即座に返された言葉に、エルは舌を巻く。

 ラヴィネン国の主要貴族まで情報を掴んでいるのか、それとも、何度となく七つ島へ足を運んだエルの周囲を把握しているのか。


「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」

 イルは(ひざまず)き頭を垂れたまま述べる。まさか、自分のことを認識しているとは思わなかった。


 ヒューバートは自身の隣にルシールを座らせ、その隣をリオンに勧めた。だが、さすがにリオンは断り、ルシールの傍に立つ。アリスターはヒューバートの背後に佇む。

 エルはヒューバートに促され、対面に座る。


「魔道具が「抱える」もの、か。エリーズから聞いているよ。弟との確執を解消してくれたと」

 とても晴れやかな表情をしてルシールへの感謝の言葉を述べていたとヒューバートが言う。ヒューバートにとって、エリーズは弟の最愛の妻というだけでなく、妻の代わりに公務をこなす片腕でもある。人柄も非常に好ましく、弟は素晴らしい人を伴侶に得たと思っている。そんなエリーズの心残りを解決したというルシールに、関心は深まった。


「それで、わたしの話をすぐに信じてくださったのですね」

「どうかな。君はでたらめを言う人間ではないから、エリーズから聞いていなかったとしても信じていたと思うよ」

 ヒューバートの言葉に、エルもイルも、聞きしに勝る総督の娘への愛情と信頼の大きさを思い知る。


 アリスターは後ろに控えながら、総督と娘御のやり取りをにこやかに拝聴していた。傑物である総督が愛する娘を得た。もうそれだけで歓迎するところだが、その彼女は総督夫人を救った。快哉(かいさい)この上ない。アリスターだけでなく、レアンドリィ総督府ではルシールを素晴らしい総督令嬢だと認識している。


 特にアリスターが感謝しているのは、人材確保の才能があるところだ。ルシールのお陰で名医ロイ、将来有望な魔道具師アイリーン、そして南の大陸の生物学者タネリという有用な人材を得ることができた。


 さらには重鎮であるがゆえに思考が硬直しがちなクラウス医師を変心させた。彼は後塵の育成に力を入れ始めた。総督府としては大いに喜ばしい。医療用の魔道具を専門とする魔道具師ダニエルとユリウス医師とが協力体制を築き上げているのは、人材の異種交流であると言える。


 彼らは総督夫人を救うという大事業を成し遂げた。それで終わらず、さらにその先へ進もうとしている。より多くの者たちの役に立つものをつくりあげようとしている。


 また、今回はカーディフの加工屋に譲ったが、自分たちもとコールドウェルの加工屋たちも励んでいる。


 彼らは総督府として推奨することを自発的に行ってくれる。優れた才能の持ち主たちは大勢から注目される。彼らに倣おうとする者は続出するだろう。


 ルシール当人もまた、優れた魔道具師で免許取得後二年足らずで二度も新発明を行っている。その双方ともがほかの総督が認め求める魔道具である。自島のみならず他島の総督にまで認められる魔道具師だ。


 そんなルシールが望むことだ。ヒューバートもアリスターもなるべく応えたい。

 そして、ふたりは鮮やかなスターブルーの木の実が目を惹く魔道具が「抱えて」いるものを見聞きした。


 ルシールやリオン、エル、イルは昨日に続いて二度目だ。エルは二度目で良かったと思う。初めて見聞きしていたら、昨日と同じように取り乱し、レアンドリィ総督の前で醜態(しゅうたい)をさらしたことだろう。

 魔道具は期待に違わず「抱えて」いた。魔道具を作成した魔道具師ユハニの記憶だった。そこには在りし日のイーロの姿があった。動いて話して、そして、やはり鳥の後を追いかけまわしていた。

 イーロはイーロらしく過ごしていた。

 その事実を知ることができただけで、国を出て長い放浪を続けた甲斐がある。

 エルは初め、自分が泣いていることに気づかなかった。イルにそっとハンカチを渡され、ようやく頬を濡らすものを知った。


 ルシールは魔道具が「抱えて」いる記憶に触れ、デレクから聞いたラヴィネン国の出来事を思い出していた。


「その国は定期的に猛威を振るう風土病に悩まされていた。新派と旧派は、それが相手の罪深さのせいだと互いに主張して譲らなかった」

「この特効薬の開発は新派が主導権を握っていた。だから、薬効が不安定であることを、旧派が攻撃材料としたんだ」

「旧派の人間が新派の開発した薬を使ったら破門されかねない風潮でもあったんだ」

「そして、その鳥類学者が風土病の特効薬をつくりだした」

「その特効薬は従来のものとは違い、目覚ましい薬効を見せた。だが、」

 だが、それでも研究は新派の主導によって行われていたがために、旧派は認めなかった。

「旧派への信仰篤いヴィルヘルム公は、こんなものは悪魔の樹木だと言って切り倒させた」

 けれど、まだ先があった。その裏側を、デレクも知っていたのではないかと思う


 ふと幼いころ、学者ネイサンが言っていたことを思い出す。あれは【ウッキウキの手袋】開発のときのことだ。

「北の大陸のある国ではその昔、風土病が猛威を振るったことがあります。その薬となる素材を秘匿し、独占して製造した薬を高額で売った者がいたらしいのです」

 テレンスはネイサンと同郷だ。ならば、ネイサンもラヴィネン国出身だ。「北の大陸のある国」は故郷のことだったのだろう。

「北の大陸のある国では」、「いたらしい」というあやふやな言い方をするほかなかった。そのころにはまだ、ヴィルヘルム公爵は権力を握っていただろうから。

 ネイサンが国を出て外国で研究をしていたのも、故郷ではなにかとやりづらいことが多かったからかもしれない。


 鳥類学者だけが特効薬を生み出したのではない。新派が後援していた学者たちと共同でつくりだしたのだ。その素材に目を付け攻撃材料としたため、鳥類学者が矢面に立たされることとなった。

 旧派の急先鋒であるヴィルヘルム公爵はその薬を非難しつつ、同じレシピでつくった薬を高値で売った。そして、薬の素材である樹木を切り倒させ、独占した。

 それら事実が明るみに出たのは【ウッキウキの手袋】が開発されたときよりもずいぶん後のことだ。ただでさえ、製法を独占して薬を高額販売したと言っていたネイサンは、その事実を知ってどう思ったことだろう。

 王位継承権を持つエルはだからこそ、為政者側の人間として責任を果たすべく、国を出て奔走している。


 ルシールは魔道具が「抱えて」いるものの具現化が終わった後、口を開いた。

「お父さまがお母さまをどうしても失えないように、北の大陸の国でも大勢の人たちが同じ気持ちを持っているのです」

 真っすぐにヒューバートを見つめながら、ルシールは懸命に語った。




いつもいいね、ご感想、誤字報告ありがとうございます。


「学者ネイサンが言っていた」というエピソードは、

一章17話で出てきました。

一応、そこで伏線を張ったものの、ストーリー進行上、それ以上は書けませんでした。

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