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魔道具師見習いがまず最初に作る魔道具は、いわば魔法使いの杖のようなものだ。それが今後の魔道具師としての道筋を指し示す指針となる。
そして、見習いが師匠の下から離れるとき、あるいは魔道具師免許を取得したとき、師匠が作った魔道具を贈られることが多い。
ルシールは見習いになるときに早々に贈られた。しかも師匠が発明した魔道具だ。
この【ウッキウキの手袋】によって、ルシールはとうとう魔道具を作れるようになった。
見習いはたいてい最初に【ランプ】を作る。魔道具の基礎が詰まった構造だからだ。
ルシールは鳴き声シリーズの【ホウホウのランプ】を作りたいと言った。
ワークボードで魔力回路の実験や試作をする。これは格子状に小さな穴が開いた板で、ここに短絡線を配線する。
短絡線は魔力回路間をつなぐ線、端子、ピンのことだ。そして、魔力回路や魔力装置に取り付けられる魔力流れの堰である部品。
魔力抵抗、量、遅延といった魔力の流れやすさ。
「魔力抵抗や魔力圧力などによる魔力伝導力を見極めるんだ」
ランプ部にはほかの魔力と反応して発光する部品が納められる。
点灯スイッチを押せば光が点灯し、消灯スイッチを押せば光は消灯する。【ランプ】はシンプルな構造をしている。
必要な部品をひとつずつ説明を受け、配置を繰り返して試す。
「日常的に使うもの、しかも手に取るものだからね。やはり軽いものがいい」
材料選定で最初に挙がる条件は軽さと頑丈さである。
「相反するものだから、用途によってどちらを取るか考えるんだ」
軽い素材は可動部の軽量化に最適だ。可動部が軽いと速く動かすことができる。
「駆動部が小型化すると構造がシンプルになるから」
難点は強度だ。
「あとは価格?」
「そうだよ」
魔道具はさまざまな部品を組み込むため、どうしても高額になる。そうなると、買い手を選ぶ。
ルシールはマーカスと初めて出会ったときのことを思い出す。
黒虫が大の苦手な奥さんのための【ニャーニャの害虫捕獲機】。あれも改良を重ね、価格を抑えている。その変遷の間には用いられる素材や加工技術が違ってきているのだろう。そうやってどんどん使いやすく、そして購入しやすくなっていっている。
部品を並べてマーカスが組み立てる隣で、そっくり同じことをする。
「スイッチを入力ユニットにつなげて、そうそう」
【チュンチュンのピンセット】でそっと部品を摘む。
これはごくごく小さいものをつまみ、壊すことなく運ぶことができる魔道具だ。魔道具師だけでなく、物づくりをする者たちが重宝している。
「出力ユニットに【ランプ】をつなぐんだ。それで、こっちの配線が———」
ルシールは専門科に分かれる第四学年になってから、いっそう帰宅が遅くなった。
特に、年明けから【ウッキウキの手袋】を与えられ、本格的に魔道具の魔力回路を扱うようになり、時間を忘れることがままあった。
「魔道具師にはよくあることだけれどね。遅くなってはいけない。危ないから」
うっかり時間を過ごしてしまったルシールにそう言って、マーカスが工房を閉めて家まで送ろうとしたものだから、以降は気を付けるようにしている。
その日は結局、ちょうど顔を出したリオンが送っていくことになった。
ルシールはいっそ、馬車を使おうかと思ったが、リオンに「ハチミツポップコーンを食べながら帰ろう」と誘われたのにつられてしまった。
「夕飯前だから腹もたせに」
七つ島の都市のほとんどでは街灯が整備されているから、ひとりで帰れないことはないのだ。
そう言うと、「ルシール、もう十四歳だろう?」となぜかリオンが呆れた声を出した。
ハチミツポップコーンは塩味の後にふんわりと甘さがやってきて、つい何度も口に入れてしまう。
よくよく考えてみれば、学校で昼食を摂った後、なにも食べていなかった。空腹にハチミツの甘さがしみ渡る。
「ずいぶん熱心にやっているんだな」
「うん。魔力回路に触れるようになったから嬉しくて」
これもみんな、リオンたちのお陰だ。毎日が楽しくて仕方がない。学校の勉強も楽しい。専門家の教科書はもう何度も読んだ。学校の図書館で魔道具や素材、加工についての本を借りて読んでもいる。
知れば知るほど、リオンやデレクの知識の深さ、アーロンの技術の高さ、マーカスの調整力の高さを思い知らされる。
そして、そうやって夢中になれるものがあれば、嫌なことから意識を逸らすことができた。
女性としてのあれこれはジャネットやその母親から教わっている。ルシールの母は、娘が他人から教わっていることすら、たぶん知らない。
期待するから失望するのだ。だったら、最初からしなければいい。
分かっていても、ルシールは思いきれない自分が滑稽ですらあった。
「今はなにをやっているの?」
「魔道具師見習いは最初はたいてい【ランプ】を作るんですって。わたしは【ホウホウのランプ】の作り方を教えてもらっているの」
「鳴き声シリーズの魔道具か。フクロウ?」
「そうよ」
「夜の森でもよく照らしてくれそうだ」
そう言うと、ルシールは「そうなると良いわね」とリオンを見上げて笑った。
出会ったときからハチミツのお菓子が好きな子だった。今も本当に美味しそうに目元を和ませながら食べている。
ルシールは相変わらず華奢だったが背が伸び、きれいになった。たまに、何気ないしぐさにどきりとする。
ルシールの初めての魔道具が完成したとき、それまでそんな発想はなかったのに、嬉しそうな笑顔を見たら思わずその【ランプ】を買い取りたいと言っていた。
「性能は良くないのよ?」
見習いが最初に作ったものなのだから、当然だ。
でも、リオンはどうしてもそれが欲しかった。
「リオンさんはもっと良い性能の【ランプ】を持っていそうなのに」
意外そうにしながら、ルシールは【ホウホウのランプ】をプレゼントしてくれた。
「ありがとう。大切にする」
両手で持つリオンがそう言うと、ルシールはちょっと笑って【ホウホウのランプ】を撫でた。ランプの両脇につけられた飾りの羽がふるふると動く。やはり、ルシールは鳴き声シリーズの魔道具に好かれやすい。リオンが触っても動かないだろう。
予想はしていたけれど、どこからか早々にその顛末を聞きつけたデレクに意味ありげな視線を向けられたものだ。リオンはこういうとき、なにを言っても無駄だと知っていたので、ひたすら口をつぐんでいた。
ルシールはマーカスの工房へ通いながら、勉強にも熱心に取り組み、ずっと最優秀の成績を取り続けているらしい。魔道具師への道が開け、楽しくて仕方がないという風だ。
そんな風にしてあっという間に十五歳になった。
相変わらず日にちをずらしての新年祭で大勢の加工屋や素材屋、採取屋たちから可愛がられている。
すらりと身長が伸びたルシールは、どこか硬質な少女めいた様子と柔らかい女性らしさとのはざまのアンバランスさが、何とも言えない雰囲気を持つようになった。
本当にきれいになった。観光客やマーカスの工房に来る採取屋などがちょっかいをかけているのを見ることもある。そんなとき、リオンはやきもきした。
デレクの息子、アランはリオンのふたつ上の採取屋だ。アランはつかず離れずの絶妙な距離感の立ち位置で事情を掴んでいる。
「リオンは積極的に行かないの?」
「ルシールは俺を兄貴分として頼っているところがあるから」
「なるほど?」
まだ家族として甘えたいのに、恋愛沙汰を持ち込んではなんだか可哀想な気がするのだ。ルシールが望んでいるのはそんなものではないように思える。
アランは、「そんなことをしていたら、誰かに掻っ攫われるぞ」というリオンが密かに恐れていることは言わなかった。だから、つい本音をこぼす。
「それに、今付き合ってくれなんて言ったら、恩を盾にする形になるから」
ルシールはリオンが発見した新素材を広めることになっても、魔道具開発の方を選んだことにとても感謝している。
でも、リオンが欲しいのは感謝ではない。恩を売ってその見返りにもらうものでもない。
「男のプライドってやつだな」
アランがにやりと笑う。リオンは即座に言い返した。
「そういうところ、デレクさんにそっくりだ」
「よしてくれ」
アランが顔をしかめる。
そう、ちっぽけなプライドだ。
恩とかそんなものではなく、リオン自身を好きになってほしい。
そんな小さなことにこだわっていたから、機を逸してしまい、ルシールは手が届かない存在になるとは、思いもよらなかった。
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人物紹介を載せておきます。
よろしければ、ご参照ください。
●人物紹介
・ルシール・ステルリフェラ:翡翠色の瞳。茶色の髪。鳴き声シリーズの魔道具が好き。
・マーカス:魔道具師。ペルタータ島のカーディフで魔道具師工房を営む。
・リオン:採取屋。ルシールの六歳上。<海青石>のような色の瞳。金茶色の髪。
・デレク:素材屋。にこやかで物知りだが、周囲には恐れられている。
・アーロン:加工屋。腕がいい。無口。がっしりしている。
・ローマン:加工屋。アーロンの息子。がっしりしている。
・ドム:加工屋。大柄。太い指で繊細なものを生み出す。
・グレン:加工屋。ゴム素材の扱いに長けている。
・ネイサン:学者。北の大陸からやって来た。
・アラン:採取屋。デレクの息子。リオンと仲が良い。リオンの二歳上。
・ジャネット:ルシールの友人。麦わら色の髪をショートカットにしている。実家が飲食店を三店舗経営。
・ライラ:ルシールの友人。赤毛をポニーテイルに結っている。気が強い。実家が家具工房を営んでいる。
・ネリー:間延びしたしゃべりかたをする。おっとりしているがしっかりしている。




