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十三歳の冬、十二月になって早々、ジャネットが来年の新年祭はいっしょに祝おうと言った。
新年祭は子供のころは家族と祝うが、思春期を迎えたり、成人になったら友人や恋人と祝う。だが、来年十四歳になるルシールやジャネットには少々早いような気がした。
ルシールはすぐにジャネットが気を回したのだと察した。今年の正月は、妹に髪を切られて新年祭どころではなかった。
ルシールが賛成すると、ジャネットはライラやネリーにも声を掛けた。
「いいわね!」
「ほかの子たちよりも早く大人っぽいことをするのねえ」
ふたりも乗気だったので、ジャネットは家族に掛け合って経営する飲食店を貸してくれることとなった。
「いいの?」
正月はどこの工房も店を閉めるが、飲食店だけはかき入れ時となる。ただし、それは年越しする場合だ。
「うん。うちも正月のお昼は全店舗を開店させるのではないしね。娘が友だちを家に招待するくらいな感じだった」
ルシールたちはさすがにまだ成年からはほど遠く、夜通し騒ごうとは思わない。
さて、ルシールからその計画を聞かされて、リオンは肩透かしを食った。自分が誘おうと思っていたからだ。
でも、楽しそうなルシールに「よかったな」とだけ言った。そんなふたりを、マーカスが面白そうに見ている。
「翌日か翌々日にはまたデレクさんのところでみんなで二度目の新年祭を祝おう」
「デレクさんがマーカスさんのところだけじゃなく、ドムさんやネイサンさんも呼ぶって言っていたよ」
リオンが言うのに、マーカスも付け加える。
「本当?!」
ルシールはぱっと顔を輝かせる。
「ああ、たまには休息も必要だって言ってね」
「全員入れるかなあ」
ルシールが心配する。ドムの工房の職人も加われば、相当な人数となるだろう。
「なんなら、家の外にも机を出すって言っていたよ」
「酒が入ったら寒さなんて感じなくなりそうだな」
「わたしもたくさんお手伝いしなくちゃ!」
ところが、その日は単なる新年祭とはならなかった。
その直前に出来上がったのだ。
マーカスはとうとう魔道具の発明にこぎつけた。
正月に友人たちと新年祭を祝うために出かけると言うと、両親は良い顔をしなかった。
「わたしがいない方がいいんじゃない?」
「そんなことはないわ」
「そうだ。そんな風に言うものじゃない」
「でも、お兄さんは友だちと出かけるじゃない」
兄は昨年、ルシールが髪を切られた後、友人たちと約束があると言って出かけたのだそうだ。両親は癇癪を起こす妹をなだめるのに大変だったという。
「今年は最初からオレリーと三人で穏やかに過ごすと良いわ」
最初から、ルシールがいなければもめ事は起こらないのだ。起こすのはルシールではないけれど。
成長するにつれて収まるどころか、年々妹の癇癪に手を焼くようになっていた両親は、結局ルシールの説得に応じた。
ルシールは初めて穏やかな気持ちで新年祭を過ごすことができた。
「わたしはとにかく専門科の授業についていけるように頑張るわ」
「ライラはもうおうちの工房のことに詳しいみたいだけれど」
「そうね。でも、それだけではだめなのよ。もっと違うやり方を知る必要もあるわ」
ルシールの言葉を受けつつ、ライラは意気込む。
「わたしも料理のことだけじゃなく、語学とかもっといろんなことを勉強すべきかなあ」
「でもお、いっぺんにはできないわ。まずはやるべきことをマスターしなくちゃ」
ライラに感化されるジャネットに、ネリーが舌っ足らずの声で言う。
「目標を立ててひとつずつ行っていくのが確実よお」
ネリーはのんびりしているように見えて、その実、しっかりしている。足元を固めて着実に進んでいくタイプだ。
意気盛んなライラと対照的に見えて互いに補い合い、刺激し合うのだろう。
「ジャネットのおうちの料理、どれも美味しいわあ」
「本当ね。こんなにたくさん作ってもらって、悪いわね」
ネリーが幸せそうに目を細め、ライラがちょっと心配そうにする。ジャネットの家がもてなしてくれた料理は七つ島ならではの魚介類をふんだんに使ったものだ。
「いいのよ。わたしもたくさん手伝ったから、その報酬って言われたの。だから味わってくれたら、わたしの苦労が報われるのよ」
例年は無料奉仕だから正当な報酬だとジャネットが笑う。
「美味しいわ、ジャネット。ありがとう」
「「ありがとう」」
そんな風にして、ルシールは新年祭を心から楽しんだ。
マーカスはどうしても新年祭に間に合わせようとしたのではない。
だが、年末に向けて、徐々に魔道具作りが収束していくのを感じていた。ばらばらだったものが、ひとつひとつ積み重ねていたものが、一気に加速して進みだす。なにかに向けて疾走する感覚を覚えた。
だから、昼も夜もなく魔道具に向かった。
「出来た」
魔力を変換させる手袋は手首のベルト部に回路が接合されている。
微細な魔力によって手袋全体がコーティングされる。薄く弾力性に富み、微細な動きをすることができる。
これがきっとルシールの魔道具師への道を繋いでくれるだろう。
魔力を変質させる手袋は、奇しくも鳴き声シリーズの魔道具となった。
マーカスが魔力を通した際、「ウキキ」という鳴き声を聞いたのだ。
「ルシールが喜びそうだな」
そして、妻も。
マーカスの妻もまた、魔道具の中でも鳴き声シリーズの魔道具を好んだ。そういうところも、ルシールと似ているかもしれない。ローマンも共通点があると言っていた。
デレクやアーロンに使いを出した後、ふと思いついて、妻が好んで手入れしていた鳴き声シリーズの魔道具を手入れした。マーカスは不思議と満ち足りた気分になることができた。
正月の夜にもかかわらず、呼び出されたデレクやアーロン、リオンは興奮を隠せないでいた。
「そりゃあもう、うっきうきだろうな」
「【ンメェェのノート】なんて使っているんだもんな」
「そうだな。じゃあ、これは【ウッキウキの手袋】だ」
こうして、マーカスによって【ウッキウキの手袋】は発明された。
鳴き声シリーズの魔道具は作って最初に魔力を通した際、鳴き声が聞こえて来る。発明者はその鳴き声にちなんだ部品を付け加えるのだ。
【ウッキウキの手袋】には長い尾がつけられた。尾の先はくるりと曲がっていて、フックに引っ掛けられるようになっている。後に、ルシールがなでるとその長い尾は揺れるようになる。
【ウッキウキの手袋】は翌日には魔道具師協会に特許申請され、無事通った。
その翌日、新年祭は急遽、祝賀会を兼ねた。
「ルシール、これはみんなで作った魔道具だ」
そう言ってマーカスが手袋状の魔道具を差し出した。十四歳になったばかりのルシールの手に馴染む大きさだ。
「まずはルシールがテスターになってほしい」
本来は大人がやるものだろう。でも、ルシールが魔道具作成に携われるように急いで作ってくれたのだ。
「この魔道具はいろんなサイズのものを用意しないといけないからね。子供だからといって使えないようではいけないんだよ」
家族は自分にはまったく無関心で、なにかあったときにはそのしわ寄せがくる。
なのに、マーカスを始めとする彼らは他人の子供のルシールにこんなにも良くしてくれる。
魔道具の発明も素材の発見も、その他学者たちによる世界の真実を明るみに出すことは一朝一夕ではできない。それまでの研究者たちが積み重ねてきて得た論理やそれを裏付ける実験、それら知識によって自己の論理を持ち、実証によって成し遂げてきた。
だから、みなが夢見る発明や発見はおいそれとできるものではない。一生に一度、できるかどうかだ。それは多くの者たちの努力の上に成り立つものだ。大抵は無名で終わるのだから。
この世界の事象から導き出す法則性を知る必要がある。まれに天才科学者が神の啓示を得たという閃きも、ぽんと与えられたのではない。天才の称号にふさわしい数多の知識を持っている。
この世界の名もなき無数の者たちがひとつずつ積み重ねてきた事柄によって生み出された新しい魔道具。
マーカスもそうやって発明した。それがルシールの閉ざされかけた道を開いてくれた。
なんて素晴らしいことだろう。
マーカスだけではなく、ほかの魔道具師たちにも感謝したい。
ルシールは夢中になってそう話した。
マーカスたちは目を見開いて驚いたような顔をしていた。あまりにも勢いよくずっとしゃべり続けたから腰が引けてしまったのかもしれない。恥ずかしくなって口をつぐんだ。
「ルシール、君の魔道具師への道が閉ざされなくて良かった」
そう言って渡された魔道具を、ルシールは手に取って装着した。それはまだ少しばかりよそよそしい感じがした。でも、きっとすぐに馴染む。
魔道具を作り続けていたら、きっと。
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人物紹介を載せておきます。
よろしければ、ご参照ください。
●人物紹介
・ルシール・ステルリフェラ:翡翠色の瞳。茶色の髪。鳴き声シリーズの魔道具が好き。
・マーカス:魔道具師。ペルタータ島のカーディフで魔道具師工房を営む。
・リオン:採取屋。ルシールの六歳上。<海青石>のような色の瞳。金茶色の髪。
・デレク:素材屋。にこやかで物知りだが、周囲には恐れられている。
・アーロン:加工屋。腕がいい。無口。がっしりしている。
・ローマン:加工屋。アーロンの息子。がっしりしている。
・ドム:加工屋。大柄。太い指で繊細なものを生み出す。
・グレン:加工屋。ゴム素材の扱いに長けている。
・ネイサン:学者。北の大陸からやって来た。
・アラン:採取屋。デレクの息子。リオンと仲が良い。リオンの二歳上。
・ジャネット:ルシールの友人。麦わら色の髪をショートカットにしている。実家が飲食店を三店舗経営。
・ライラ:ルシールの友人。赤毛をポニーテイルに結っている。気が強い。実家が家具工房を営んでいる。
・ネリー:間延びしたしゃべりかたをする。おっとりしているがしっかりしている。




