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 ロイはその日、友人が遠方から訪ねて来るので、早めに帰宅すると以前から打診していた。けれど、そんな気を回す必要がないほど、最近、仕事を減らされていた。

 理由はなんとなく察しをつけている。キャラハンの医師たちがコールドウェルの医師たちに忖度(そんたく)したのだ。

 元々、ロイにはなんの後ろ盾もない。アイリーンの父親に可愛がられていたものの、近年ではてのひらを返したように冷遇されていることも手伝って、事態は悪化の一途をたどっている。


 アイリーンに言えば苦しめることになるから、話さないままとなっていた。アイリーンは医者にならなかったことから、ほとんど家族と交流を持たなくなっている。本人は吹っ切ったと言っているが、やはりそう簡単ではないだろう。

 そして、そのアイリーンの父親はロイが医師として認められるにつれて嫉妬から態度を変えたこともまた、恋人を苦しめる一因となっている。家族の尊敬できない一面を見せつけられるのは苦痛だ。ロイが起因していることに、気にせずにはいられなかった。


「お先に失礼します」

「あ、ロイさん、ちょっと待ってください。病院長がお呼びです」

 病院を出ようとしたところを呼び止められる。

 ロイは声を掛けないで出ればよかったなどと子供じみたことを考えた。今日の呼び出しに応じなくても、明日は捕まったことだろう。

 嫌なことは早々に済ませてしまおうと院長室へ向かう。


「来たか、ロイ君」

 最近の刺々しい視線とは打って変わった歓迎ぶりだ。机に座っていたのを立ちあがり、ロイにソファを勧める。対面に座りながら、喜々として話し始めた。

「コールドウェルのクラウス医師から謝罪と協力要請があってね、」

 クラウスはコールドウェルの中でもトップクラスの医師だ。さらには、レアンドリィ総督夫人の治療に当たっていることから、病院長もゆめゆめおろそかにできない。


「なんでも、新たな取り組みをされるのだとか」

 ロイは高揚した。

 直感でルシールがやってのけたのだと分かった。あの頑迷(がんめい)な医師たちを翻意させたのだ。

「それで、うちからも助っ人を---」

「わたしが行きます」


 ロイの愛する人は魔道具師で、「いつかわたしが発明した医療用の魔道具でロイが治療をするのが夢なの」と言う。彼女は医者の道を志したが挫折した。それでも、そんな風にして別の角度から医療に貢献しようとしている。その姿勢が(まぶ)しく、尊敬の念を自然と抱いた。


 そして、恋人の友人の要請により、医療用の魔道具師を紹介した。すると、あれよあれよという間に総督夫人の治療を、しかも彼女の病態に対応する魔道具をつくり、それによって新術式を生み出そうという場に居合わせることになった。

 医療用の魔道具師や加工屋たちとほんのひととき話しただけで、今までにない術式が生まれるのではないかという認識が胸に浮かび上がった。医師としてこんなに興奮したことはない。ぜひとも自分も参加したいと思った。


 けれど、魔力などという不明瞭なものを加味すれば術式が定まらないという古い考えに固執する医師によって阻まれた。旧態依然とした価値観だけならまだしも、別島の加工屋頼みが気に食わないなど、感情的なことまで持ち出され、ロイは呆れたものだ。

 七つ島で生まれたのではないロイは持ち得ない価値観なのかもしれないが、年配者にはほかの島民同士で張り合う気持ちがあるのだそうだ。

「そんなの、人の命の前には些末なことよ! ほかの島の人間を頼って総督夫人が助かるのなら、頭を地面に埋め込ませてでも頼み込むわよ!」

 アイリーンはそんな風に憤ったものだ。表現は少々過激であるものの、ロイも同意見だ。

 別島であっても、総督はとても敬愛される。別島民同士で張り合う気持ちが作用することもあるが、どの島の総督へも尊敬が心の根底にあることは変わらない。島国ならではなのか、七つ島固有のものなのか分からないが、複雑な島民感情があるのだ。


「そうか、そうか」

「今日は来客がありますので、これで失礼します」

「今後のことを詰めたかったんだが、」

 病院長は名残惜しそうだったが、ロイはそれどころではない。今日、アイリーンとロイを訪ねて来るルシールは、きっとこの件について話があるのだろう。


 慌てて待ち合わせたレストランへ駆け込むと、すでにアイリーンとルシール、リオンは揃っていた。

「待たせて済まない。出がけに病院長に捕まってしまって」

「最近、帰りは早かったのに、珍しいわね」

 アイリーンは何事かと問いただしたかったが、ルシールたちがいることもあり、まずメニューを開いて遠方からやって来た友人に勧めた。アイリーンは上品でやさしげな友人を気に入っており、キャラハンにやって来るに際し、時間をつくってくれたことに喜んでいるのだ。

 ロイはそんな姿を見るたび、笑いをこらえる。自分の前では取り繕わないが、年下の友人には柔らかい印象を持たれたいのだ。


 食事をしながら、コールドウェルの医師たちに気を使った余波がロイの冷遇へとつながったことをやんわりと伝えると、ルシールが申し訳なさそうな表情をする。

「気にしないで。それも今日までのことだから」

「どういうこと? さっきの病院長のこと?」

「そうなんだ」

 病院長とのやりとりを話すと、アイリーンが憤る。紅茶をぐいと煽る。ロイはこっそりティーカップではなくてジョッキのようだと笑いをかみ殺す。

「ずいぶん都合のいいことね」


「わたしも、その件で来たんです」

 そして、ルシールはぜひロイとアイリーンにも協力してほしいという。

「もちろんよ。いいえ、わたしの方こそ参加させてほしいわ。わたしが今まで身につけてきたことで、ルシールのお母さんを助けるという取り組みに加わりたいの」

 ルシールはアイリーンのまっすぐな言葉に心揺さぶられた。

 医療用魔道具を開発する機会に乗りたいというのではなく、「ルシールの母親を助けることに手を貸したい」と言ってくれた。そのために、持てるものを尽くすという。

「アイリーン、ありがとう」


 ロイの愛する人は少々過激だけれど、情に厚い人だ。

 ふと視線を感じてリオンの方を向けば、彼もまた感謝のこもった目で見つめていた。

 そんなリオンはロイがアイリーンは年下だから躊躇することが多々あると話すと、共感を示した。とたんに、アイリーンが眦を吊り上げる。

「でも、ロイ、あなた、分かっている? わたしはもう二十七歳よ? 子供を産むのなら今結婚しなければ」

 アイリーンの正論に、ロイは医師としてぐうの音も出ない。

 ルシールは口を挟めないまま、はらはらと見守る。


「ロイもアイリーンも協力してくれるというのはどんな風に? 魔道具開発と術式を考案するのなら、数カ月はコールドウェルかカーディフに滞在することになるんじゃないか?」

 リオンがするりとふたりの会話に入り込む。


「そのことなんだけれど、わたし、今の工房を辞めようと思うの」

「そうなの?」

「ええ。長期間に渡って魔道具開発をすることを許してはくれないわ」

 アイリーンの言葉はもっともだった。ルシールもそれを実感していたから、魔道具開発をするのであれば、シンシアの魔道具工房では働き続けられないと考えた。誹謗中傷のビラにより、好奇の視線に耐えかねられなくなったこと以外にも、工房を離れる理由があったのだ。


【ブモオオの湯沸かし器】を発明したときは、その魔道具をシンシアの魔道具工房で売り出すことで工房運営に貢献することができる。だが、ルシールたちがこれからなそうとするのは、エスメラルダの病態に特化した魔道具の発明だ。一般的に売り出せるものではない。


 今でこそ、ヒューバートという出資者を得ることはできたが、以前は魔道具開発の資金は【ブモオオの湯沸かし器】の納品による代金を充てようと考えていた。そして、生活費はリオン頼みとなるということを心苦しく思っていた。


「大丈夫。今までの貯蓄があるから、少しくらい収入がなくても平気よ」

「それなら、わたしの工房で働く形にする? 魔道具開発に専念してもらいながら、そういう形態にするのはどうかしら」

 ヒューバートが出資してくれるのだから、魔道具開発資金に充てようと思っていた【ブモオオの湯沸かし器】の代金をアイリーンに渡せばいいとルシールは考えた。


「いいの? わたし、実は【ブモオオの湯沸かし器】の設計図を買ったの」

 すでに一度つくったという。


「レアンドリィ総督が出資されるというのだから、アイリーンにも報酬が支払われるよ」

 リオンの言葉に、アイリーンはそういうものかと受け止めたが、ルシールは驚いた。

「結果も出せていないのに、開発費だけじゃなくて、開発者の生活費も保証されるの?」

 医療用の魔道具を手掛けていたダニエルならばまだ分かる。だが、知識はあったとしても、アイリーンはそうではないのだ。

「総督だからね」

 そのくらいの金銭では懐は痛まないという。


「アイリーンがその気なら、俺も病院を辞める」

「え? でも、こうなったからには、病院長はあなたを手放さないのではないかしら」

 今までの冷遇をなかったことにして、総督肝入りの事業に参加する医師は自分の病院所属だと誇るだろうとアイリーンは言う。


「もしかすると年単位の大仕事だ。キャラハンと行き来するのではなく、コールドウェルに居を構えるよ」

 ロイは腹を括った。いったん決めてしまえば彼の行動は早い。アイリーンを真っすぐに見て言った。

「その新居で君と暮らしたいんだけれど、どうだろうか」

「それって、」

 アイリーンは茶色の目を見開き、らしくもなく口ごもる。


「俺と結婚して下さい」

「———はい!」

 アイリーンは目を潤ませながらもしっかりと返事をした。


「おめでとう。祝杯をあげよう」

 リオンはすかさず言う。

「お、おめでとう」

 期せずして友人がプロポーズを受ける場面に同席したルシールもまた戸惑いつつ寿ぐ。


「ここは祝いに俺が出すよ。好きなものを飲んで」

「やったわ、ロイ! 稼いでいる採取屋が言うんだもの。じゃんじゃん頼みましょう」

 アイリーンの言い草にロイは吹き出した。つられてルシールも笑う。

 その日は場所を変え、遅くまで祝いの酒に酔いしれた。




いつも、いいね、感想、誤字報告、ありがとうございます。


ヒューバートは富豪ですが、庶民感覚を知る人です。

学校を卒業する前から港で腕まくりして庶民に混じってあれこれしていたことなどによります。

宮殿をプレゼントしてくても、住むルシール当人は落ち着かないだろうと一般的な住居に留めおきました。

プレゼントしたいという気持ちよりも実際に使う人間のことを思いやります。

エスメラルダは王女だったので、宮殿に住むのが「ふつう」でした。

だから、ヒューバートからどんな贈物をされても喜んで受け取ります。

だから、結婚の準備も大変で、ルシールはレイチェルという緩衝材が加わって

なんとかやりすことができました。

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