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 魔道具師は回路を作成する。

 学者はその構想から、知識によって実現可能な方策を探る。

 素材屋は部品の素材を調達し、採取する必要があれば採取屋を選び、必要な情報を渡す。

 採取屋が得た素材を加工屋が加工する。

 魔道具師の構想を具現化するために学者が提唱した金属樹脂複合部材、異種材料接合技術は難航した。


「応力が違う」

 応力とは物体が外力から形状や寸法を保とうとする抵抗力だ。この物質の自己保全能力は、性質が違うものを接合させた際、最大限に発揮される。

 異種材料は各々の界面が連続しない。あまりにも性質が違いすぎる。


「金属と樹脂なら熱で融解して接合されそうなものだがな」

「ある意味、反発が一番大きくなるってことだな」

「ルシールの魔力が反発されたのと同じようなものか」

「それだ! 魔力だ。魔力が反発しない素材を見つけ出すんだ」

 そして、それを組み合わせようとなった。

<ゴム>の木の変異種から採れる樹脂のほか、従来の【魔力変換装置】も化合物を加え、組み合わせる。


 アーロン工房だけでなく、ドム工房やグレン工房の職人たちはときに各々の工房で、ときにどこかの工房に集まって試行錯誤した。

 片っ端から応力を確認するとなると膨大な量となる。

「大体の想像はつくから、優先順位を決めよう」

「学者としては予断を入れずにすべて試した方が良いと思うんですけれどね」

 本来はなんの思惑も予測も入れずに行うべきだ。実験の世界は厳然としたものでなければならない。

「現実はたいてい条件によって選択肢が狭められているものです」

 学者、素材屋そして加工屋のそれまでの経験則からピックアップしたものから試していく。


「応力特異性指数などを割り出してみるのも面白いかもしれないな」

 ネイサンは特異応力場を特徴づける数値は、接合処理温度と接合体の断面形状の影響は、などとぶつぶつと言っている。かと思えば、職人を捕まえて素材の引っ張り強さについて質問したりする。

 ネイサンは学者として存分にこの状況を楽しんでいるようだった。




 相性の良い魔力と魔力を結び付けさせる。

「魔力で接合する面を微細な凹凸構造にしてやる」

「金属と樹脂の接合面がぴったりくっつくギザギザにしてやるってことだな」

 そうして重ね合わせた部分に片側から魔力を通貫させる。魔力伝導により、ギザギザにかみ合った部分が接合され、それが広範囲で伝わっていく。

 苦労を重ねた甲斐はあった。


「第三の物質を加えれば調整がやりやすい」

 ローマンは呆然と呟いた。

 昨年の新年祭の際、金属同士でも合金できないものはできない、という言葉に第三の物質を混ぜれば可能だと言ったのはローマン自身だ。

 それが今、現実のものとなる。金属にほかの物質を混ぜることで接合が可能となったのだ。


「デレク、」

「なにが要り用ですか」

 アーロンに呼ばれたデレクは、すぐに察する。

「<夜光珠>だ」

「———なるほど。どのくらいですか?」

 必要な素材を聞いて返答に間が開いたデレクに、リオンが口を挟む。

「デレクさん、俺が採取に行こうか?」

「リオンか。まあ、大丈夫かな」

「難しいのか?」

「「海中に大珠あり。月明かりを弾く珠なり」。つまり夜に海中で光る真珠だ」

 デレクの言葉にリオンは考え込む。


「「偽初学記」ですね。北の大陸のはるか東方の大国の古い書物の記載だ。よくご存じですね」

「七つ島でも採取できるものに関してはそれなりに知識を持っているんですよ。なにせ、わたしは素材屋ですから」

 ネイサンの称賛にデレクは肩をすくめる。その素材がどんな役割を果たし、どこで採取できるかを知っていたとしても、それに関する記載を、遠国の書物からさらりと引用してみせるところがすごいのだ。


「トラヴィスさんの足元にも及びません」

「あの方はマテリアル・マスターですから。大陸の学者ですら教えを乞いにやって来る」

 自分がそうだとネイサンは言う。


「海中ってことは海に沈んでいるんだな? この時期の夜の海は確かに骨が折れそうだな。船は出せる?」

 いくら温暖な七つ島であっても、春の夜は気温が下がる。しかも、視界がきかない。

「採取屋に同行するかい?」

「夜の海に潜ってくれそうな採取屋がいるのか?」

 デレクの言葉にリオンが目を丸くする。逆にそれでリオンは自分が採取する気であったのだと分かる。


「ちょうどいい。夜の海の採取を学んでくるといいよ。<夜光珠>の輝きは月のようだそうだよ」

 だからこそ、船上からもその輝きははっきりと目視でき、優れた採取屋は海に潜ることなく得ることができるのだという。

 採取屋は危険を顧みずに採取に出向くが、避けられる危難は回避する。


「へえ。月の輝きを受けて、月のように光るのか」

「あ、あの、わたしもその採取を見学することってできますか?」

 話を聞いていたネイサンがおずおずと手を上げる。

「ああ、いいですよ。こんなにいろいろ情報を下さっているんだ」

 学者の知識はそれまで培ってきた彼らの大切な財産だ。それを無償で放出してくれるのだから、彼らが欲する情報を提供するのは正当な報酬である。


「夢中になって海に落ちないでくれよ」

「ええと、頑張ります」

 ネイサンは自信なさげに言う。

 よく見ようとするあまり、身を乗り出してバランスを崩して、ということはあり得ることだった。


 夜に光る真珠について、遠方の国の書にもそれを指し示す記載があるが、ここでも同じようなものなのか、という議論が素材屋と学者の間で起きそうになり、リオンは慌てて口を挟んで船を出す手配を頼む。


<夜光珠>を採取したことがあるという採取屋の注意事項を聞いてリオンとネイサンは乗船した。船の手配もまた、デレクが行った。

「光っているから、棒の先についた金網ですくい採れるんだ」

 一見どんなに困難に思われることも、手法を知っていれば案外あっさりいくものだ。

 採取というのはそういうものである。植物ならば、植生、分布、発芽からの生育などの情報を知っていれば採取のために備えやすい。必要な備えがあればスムーズにいく。

 欲しいからで出向いても、どこにいつ生えているのか分からないままで行って手に入るものではない。今日のように特殊な場所にあることもある。だが、棒付きの金網というアイテムがあればあっさり手に入るのだ。なんなら、ある程度の長さと太さがある棒の先に籠を括りつけるだけでも良い。


 デレクはこういうことをリオンに教えるために同行させてくれたのだ。

 いわば、新素材の情報を開示した損失をそういったことで埋め合わせてくれた。学者と同じく、情報や知識という報酬をくれたのだ。

 デレクはだからこそ、舌鋒の鋭さを畏れられつつ敬われている。

 そしてそんなデレクが足元にも及ばないという祖父。

 追いつきたい。

 でも、その背中はとんでもなく遠く高いところにある。




いつも、評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。

人物紹介を載せておきます。

よろしければ、ご参照ください。



●人物紹介

・ルシール・ステルリフェラ:翡翠色の瞳。茶色の髪。鳴き声シリーズの魔道具が好き。

・マーカス:魔道具師。ペルタータ島のカーディフで魔道具師工房を営む。

・リオン:採取屋。ルシールの六歳上。<海青石>のような色の瞳。金茶色の髪。

・デレク:素材屋。にこやかで物知りだが、周囲には恐れられている。

・アーロン:加工屋。腕がいい。無口。がっしりしている。

・ローマン:加工屋。アーロンの息子。がっしりしている。

・ドム:加工屋。大柄。太い指で繊細なものを生み出す。

・グレン:加工屋。ゴム素材の扱いに長けている。

・ネイサン:学者。北の大陸からやって来た。

・アラン:採取屋。デレクの息子。リオンと仲が良い。リオンの二歳上。

・トラヴィス:高名な素材屋。リオンの祖父。

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