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 結婚する日はよく晴れた。

 春特有の霞がかったぼんやりしたうす水色ではなく、空は青々とどこまでも高く澄んでいる。日差しは強く、建物や木々の輪郭をくっきりと浮き立たせた。明確な意思を持って道を進んでいくのだという決意を、後押ししてくれているように思えた。


 一般庶民の結婚は神殿で祝福を受けた後、市庁舎に届け出をする。そして、大勢に見守られて結婚したという事実を記憶してもらう。そのためにちょっとした宴を開く。結婚の披露パーティーだ。

 本来は新居で行うものだが、出席者が百を超えたので、レアンドリィ総督の館の庭で行うことになった。

 出席者が多い場合、市庁舎のホールやどこかの小広場を借りる。ルシールとリオンもそうしようとしたのだが、「別の場所でするのなら、うちを使うといい」とヒューバートが場所の提供を申し出てくれた。

 総督の庭と言えば、ロイヤル・ガーデンパーティを行うこともある。そこで自身の結婚の宴を開くというのはあまりにも格式が違った。


「それがいいだろうね」

「そうね。きっと、レプトカルパ総督もいらっしゃるだろうから、警備やほかの耳目を考えて、そうしてくれると助かるわ」

 パトリスも賛同するから、戸惑っていたら、エリーズがそんな風に言い、思わずルシールは納得してしまった。あの中性的な美貌の総督は猫のようにするりとやってくるだろう。


 ルシールは白を基調とした光沢のあるさらりとした生地のワンピースドレスをまとった。レースをふんだんにあしらった襟ぐり、二の腕はふんわり膨らみ、手首は細くぴったりとしている。胸元にはリオンからもらった<海青石>のブローチを飾り、ウエストをドレスと同色の生地で帯状に巻いている。スカートの裾に花の刺繍があしらわれている。

 仕上げに、エスメラルダのヴェールを頭からかぶる。


「とてもきれいね」

「嬉しいです」

 エスメラルダがつけたヴェールをまとって式に臨めるのが喜ばしかった。


 神殿に行くために玄関ホールへ向かうと、リオンが待っていた。

 丈の長い光沢のあるグレージャケットを着用したリオンはすばらしく威風堂々としていた。襟元のリボンはジャケットと同じ生地で、ポケットから覗くハンカチーフが深い緑色だ。金茶色の前髪を後ろになでつけ、額を露わにしている。そうすると、沈んだ眉頭、<海青石>の色の瞳がよく見える。


 いつもと違う雰囲気に、ルシールはどぎまぎした。思わず足を止めて見とれると、リオンがほほ笑んだ。

「とてもうつくしいな」

「あ、ありがとう。リオンもとてもよく似合っているわ」

「褒めてくれて光栄だ」


 リオンとともに馬車に乗って神殿へ行く。

 婚礼用の貸馬車を使用するつもりだったが、総督家の馬車を婚礼用に仕立ててくれた。恐れ多いことではあったが、娘の結婚用に馬車を飾り立てることができるとエスメラルダが喜んだので遠慮を引っ込めることとなった。

 新しく家族となる二人の前途を祝福で、馬車は色とりどりの花や布で飾られている。箱型馬車はなんと四頭立てで、金具がまばゆい光を放ち、ビロードの上着に金の装飾をつけたふたりの御者がいる。馬さえも色鮮やかな帯などで飾られている。


 昔、結婚は神殿で行われる宗教的儀礼であった。

 今では神殿と市庁舎に報告及び届け出をする。同じなのはその後に行う結婚の宴だ。

「それでも、昔は三日三晩かけて宴会をしたらしいよ」

「そんなに?」

 今でも夕方から深夜にかけて行うこともある。だが、今回は出席者のもろもろの事情を勘案して昼間のごく短時間で済ませることにした。


 神殿で祝詞をあげてもらい、新郎新婦の歩む道への祝福がなされる。

 ここでも本来、教義朗読や説教、祈り、聖歌などがあるものだが、最近では簡素化されている。本格的に執り行えば半日がかりとなるので、忙しい現代人に合わせたものとなっている。


 その後、市庁舎に届け出をする。派手な装いは目立つが、それだけに、周囲も結婚するカップルだとすぐにわかり、見知らぬ人々から口々に寿がれる。

 あちこちで祝福を受けて戻って来ると、レアンドリィ総督の館は門扉から色とりどりの花とリボンで飾り付けられていた。

「わあ」

「きれいだな」

 馬車の窓からルシールとリオンが歓声を上げる。

 馬車は中央玄関で止まらずそのまま進む。

 ガーデンパーティ形式で宴を行うことになっていた。


 リオンに手を取られて馬車を降りると、見知った顔が集まっていた。

 会場となった庭は来場者が持ってきた花で埋めつくされた。色とりどりの花々が寿ぎであり、鮮やかだ。祝いの光景として胸に焼き付く


「ルシール、おめでとう。この目で花嫁姿を見ることができるなんて、」

 レプトカルパ島のアパネシーからやって来てくれたマーカスが声を詰まらせる。

「ありがとう、マーカスさん。わたし、マーカスさんと出会えて良かった」

 マーカスと出会ったことで、そして、彼が身につけた魔道具師の知識と技術を教え、さまざまな者と引き合わせてくれたからこそ、今のルシールがある。

 ルシールがそう言うと、マーカスはぽたぽたと涙をこぼした。


「おめでとう、ルシール嬢ちゃん、リオン」

「デレクさん、その呼び方は続けるのね」

「むしろ、今このとき、わざとそう呼んだんだと思うぜ」

 デレクの隣に立つアランが肩をすくめる。改まった服装のふたりは、並んでいるとやはり親子だと分かる雰囲気がある。


「おめでとう、ルシールちゃん、リオン」

「ルシールちゃん、とてもきれいよ。リオンもよく似合っているわ」

 アマンダとセルマが寿ぎと褒め言葉をくれるのに、ルシールははにかみ、リオンはさらりと礼を言って称賛を受け入れた。


「おめでとう」

「おめでとう、ルシール嬢ちゃん、リオン」

「「「「おめでとう、ルシール嬢ちゃん!! リオン!!」」」」

 アーロンに続いてローマンが寿ぐ。そして、カーディフの加工屋たちが声をそろえる。

 ルシールは呼び方は変わらないのだと諦めた。

「みんな、来てくれてありがとう。とても嬉しいわ」

「なんだか、ここだけ新年祭をしているような感じだな」

 リオンの言う通り、アーロン加工工房だけでなく、ドム加工工房やグレン加工工房の職人たちもいる。グレンのおかみさんもいてドレスが似合うと褒めてくれた。加工屋たちの中にウォルトも混じっていた。すっかり馴染んでいて、今にもいっしょに乾杯しそうだ。


「ルシール、とてもきれいよ」

「おめでとう、ルシール、リオンさん」

「ふたりとも、お似合いよお」

 ジャネットが頬を紅潮させ、ライラが涙目になり、ネリーが満面の笑みを浮かべながら拍手をする。

 その隣にはそれぞれの恋人アントニー、ブライアン、ジョナスを伴っていた。

「おめでとう。俺のときも来てくれよな!」

「おめでとう」

「お幸せに」

 一名ほど便乗して将来の約束を取り付けようとしている者もいて、ルシールはリオンと顔を見あわせてほほ笑んだ。

「みんな、忙しい中、来てくれてありがとう」

「後でゆっくり話そう」


 シンシアは息子のクラークとともに駆け付けてくれた。

「ふたりとも、おめでとう。ルシール、今までよくやってきたわ」

「おめでとう」

 目を真っ赤にさせながらシンシアが言い、クラークはそんな母親にそっとハンカチを渡している。

「シンシアさん、これまでありがとうございました。教えて下さったことを活かして頑張ります」

 ルシールは一瞬、なにかと迷惑をかけたことを謝罪しようかと思った。しかし、このハレの日に相応しくない気がして言い直した。

 とうとうシンシアは声が出なくなり、うんうんと頷くだけとなる。息子のハンカチをくしゃくしゃに握りしめながら。クラークは隣で苦笑していた。


「幸せになってね、ルシール、リオンさん」

「おめでとう、ルシールさん、リオンさん」

 うつくしく装っているにもかかわらず、アイリーンは大きく手を挙げて振り、その傍らでロイは苦笑している。ロイは思いがけず有用な人々を紹介してもらったこともあって、アイリーンとともにこの場に招待したところ、急な事にも関わらず快く受けてくれた。

「アイリーン、わたし、あなたに会えて幸運だわ」

「これからも、いろいろよろしく」

 アイリーンがルシールにもエスメラルダのためにできること、医療用魔道具というものを教えてくれた。そして、ロイという名医が医療用魔道具をつくるダニエルを紹介してくれた。


「ル、ルシール」

「おめでとう。ええと、僕はクレアの恋人のクレイトンです」

 クレアは名前を呼んだきり感激でいっぱいとなり、そんな様子を察したクレイトンがおずおずと自己紹介した。

「来てくれてありがとう、クレア。初めましてクレイトンさん。こちら、夫のリオンです」

「よろしく、クレア、クレイトン」

 リオンは念願の「わたしの夫」と紹介され、自然と笑みを浮かべる。

 クレアとクレイトンはまずもって、ルシールの結婚パーティーの会場が総督の館の庭であること、そして、そこに百を超える人間が集まっていることに恐れおののいていた。それでも、クレアがなんとかその場にとどまったのは、友人の門出を祝おうと思ったからだ。いっしょに来てくれたクレイトンには心から感謝している。自分ひとりだったら今頃卒倒していたかもしれない。


「おめでとう、リオン、ルシールさん!」

「難攻不落のリオンがとうとうかあ」

「これでリオンの人気も落ち着く———わけがないか」

 ルイスが高速で拍手し、ジャックがしみじみ言い、スコットが腕組みする。

 彼らの傍にはミラベルとナタリアもいて、口々に寿いだ。

「ルシールさん、きれーい!」

「本当ね。とてもよく似合っているわ!」

「ありがとう」


 カーディフだけでなく、コールドウェルの採取屋たちもたくさん集まっていた。

「リオンは結婚して素材工房を開きつつ、採取屋をするのか?」

「なんだか忙しいな」

「奥さんになる人が手伝ってくれるんだろう」

「いや、ルシールは魔道具師で工房を開くよ」

 集まった採取屋仲間にルシールを紹介するリオンは「自分の妻だ」と言うのもなかなか良いものだと喜びをかみしめていた。

「え、奥さんも工房を持つの?!」

「ふたりとも若いのに、すごいなあ」

「お前、知らないの? 奥さん、魔道具師免許を取った年に新発明をしたんだぞ」

「えぇ?!」

「というか、奥さん、本当に若いのに、工房主になるの?!」

「お前ね、この会場がどこか分かっている?」

「え? 総督の―――ああ」

 正しくは、この会場提供者のレアンドリィ総督の援助ではなく、他の総督から譲渡されたのだが、ルシールは口をつぐんでおいた。


 さて、新郎新婦の家族は会場の一番に奥に設えられたテントの中に座を設けられていた。

 だが、リオンの家族はルシール側の親族に遠慮して、手前の方で立っていた。なにしろ、総督らとその家族なのだ。

 改めてリオンのご家族が揃うと、美形ぞろいだと実感する。しかも、今日は家族の祝いの日とあって改まった服装をしている。

「すごいわ」

「本当に。ひとりひとりが美形だけれど、集まったら遠目にも目立つよ」

 ルシールが思わずつぶやくと、ルイスが頷く。


「リオン、しっかりな。ルシールさん、息子を頼みます」

「もちろん」

「はい」

 父ダスティンの言葉にリオンとルシールがそれぞれ頷く。

「ふたりとも、頑張りすぎないようにね。ひとりで抱え込まずに周りを頼るのよ」

 母レイチェルにとっては採取屋リオンともてはやされても、息子は息子だった。そして、息子が伴侶に望んだ女性もまた、無理をする傾向にあるのを察していた。

「うん、そうするよ」

「はい、頑張ります」

「ルシールさん、もしかして、緊張している?」

 姉アデラが吹き出す。背の高いアデラは正装するととても見栄えがした。笑顔を浮かべると、とたんに親しみやすくなる。

「なんだか、だんだん緊張してきました」

「リラックス、リラックス」

 弟カイルが繰り返す。


「兄ちゃんが結婚したんだから、俺もそろそろ恋愛してみようかな」

「カイルならすぐに良い人が見つかるよ」

 今までことごとく恋人が兄に心変わりされてきたカイルはようやく恋愛をしてみる気になった。それは、兄リオンがルシールを妻だと紹介し、自身が夫だと言われることを心から喜んでいる姿を見たからだ。なんだかとても良いことのように思えた。

「おめでとう、ふたりとも」

「「ありがとう」」

 カイルの祝いの言葉に、ルシールとリオンは声を揃えた。


「おめでとう、リオン、ルシールさん」

「ありがとう、ルーサー。よく来てくれたな」

 そう言って、リオンは彼を自分の従兄弟だと紹介した。

「残念ながら父はひどい風邪を引いてしまってね」

 リオンの伯父ダグラスは急病のため来ることができなかったという。

「妹はまだ子供が小さくて」

 ルーサーには妹がいるという。

「落ち着いたら挨拶に行くよ」

「そうしてやってくれ」


 リオンの母方の親族は、レイチェルの方から出席者が多いのだから招待しなくていいと言われた。

「姉と妹がいるんだけれどね」

 レイチェルは言葉を切って大きくため息をついた。

「ミーハーなの」

「それは、」

 ルシールはなんと返答すればいいか迷った。

「ほら、エマに会ったでしょう? 姉も妹もあんな感じなのよ」

 だから、総督とその家族と会う場面に遭遇したら、どんな粗相をするかわからないから呼ばないでほしいと言われ、後日、挨拶することにしたのだ。


「気にしなくていいわよ。わたしの結婚の宴にも呼ばなかったもの。しばらくしてから挨拶に行ったのだけれど、呼ばなくてよかったと思わされたわ」

 言って、アデラは肩をすくめたものだ。


 そして、ルシールとリオンは奥のテントへ足を向けた。

 そこにはレアンドリィ総督の家族とレプトカルパ総督、そして、ユーフェミア・レジティ・アブレヴィアータ、エスメラルダの妹が待っていた。




いつも感想、いいね、誤字報告、ありがとうございます。


ルシール「招待状を出した方が良いでしょうか? その、一般人の結婚の宴に総督をご招待するのは不遜ではないかと思えて、」

ヒューバート「出さなくても来ると思うよ」

エリーズ「そうだとしても、形式を整える、つまりは儀礼的なことは必要でしょう」

リオン「—--招待したら喜んで出席してくださりそうですね」


ヒューバートはなにかのついでに自分が言っておこうか、くらいな軽い気持ちです。

本人は招待状をもらわなくても結婚の宴の日を把握していて、スケジュール調整を白氷にやらせていると思います。

当時の結婚の宴は多くの人に結婚したということを記憶してもらう、という意味合いが強いため、飛び入り参加もあります。

ただし、総督の飛び入り参加というのは前代未聞です。

さて、神出鬼没の総督が飛び入り参加したかどうか。

ご想像にお任せします。

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