13
ロイが案内した魔道具工房は一見してふつうの民家に見えた。
「特に看板を出していないのね」
「知る人ぞ知る、という感じね」
ルシールとアイリーンは小声で話し合いながら、ロイの後ろから中へ入る。
「久しぶりだなあ、ロイ!」
こげ茶色の髪をぼさぼさにして、目が見えるかどうかの痩身の男性がロイを見て喜色を浮かべた。
「ああ。紹介するよ。恋人のアイリーンとその友人の魔道具師と、」
「ううん? なんか、増えている?」
リオンだけでなく、ウォルトもまた医療用魔道具をつくる魔道具師に会いたいと言ってついてきていた。
「いやあ、採取屋リオンと加工屋ウォルトか! 世情に疎い俺ですら知っている有名人じゃないか」
ダニエルと名乗った魔道具師は痩身の男性で、リオンとウォルトを紹介されて手を叩かんばかりだ。
「うちには茶なんて洒落たものはない」
「そうだと思って、もうすでに飲んできたよ」
「さすがは、ロイ。用意周到だな」
ダニエルがみなを通した居間と思しき部屋はだが、物が散乱している。なんとかソファを発掘して、ルシールとアイリーンを座らせ、男性陣は立ったままで話し出す。
ダニエルは医療用魔道具を専門につくる魔道具師だという。
「やはり、医療知識が必要不可欠だ。とにかく、人体について知らなければ話にならない」
特に、医者が必要とする魔道具をつくろうとするのであれば、人体構造に詳しいだけでなく、術式を知ることが望ましいという。
「医療用の魔道具というと、特別な素材や加工技術を必要とするのか?」
リオンが聞くと、ダニエルはうーんと頭をひねる。
「そうだとも言えるし、そうじゃないとも言える」
繊細な動きを実現させるために、細く強靭、あるいはしなやかに作動する部品が必要となるのだという。だから、ほかの魔道具に使用するのと同じ素材でも大丈夫なこともあるが、特殊な素材や加工を必要とるすこともあるという。
「医療用の魔道具というのは「筐体」だけじゃない。器具とも一体化する」
メスや鉗子といった医療器具は魔力を用いない道具だ。だが、医療用魔道具は回路が組み込まれた大型の箱物ばかりではなく、そういった繊細な動きをする器具と一体化してこそだと言う。
「そこの採取屋リオンが発見した<エラスティック>なんかも、医療用魔道具に使えないかって試行錯誤している。だから、<エラスティック>加工の第一人者のグレンさんに一度話を聞いてみたいんだよなあ」
「グレンさんに面会するのなら、まずはおかみさんに認められないといけませんね」
「そうなんだよ。これがなかなか難関で」
ウォルトが言うのに、ダニエルがしみじみと頷く。
ルシールがそっとリオンに視線を向けると、<海青石>の色の瞳に愉快げな色が滲んでいる。
「グレンさんか。わたしはドムさんの繊細かつ強度を保った加工技術に興味があるわ」
「ドムさんな! 実は俺、一度取引きしたことがあるんだよ。あの人の技術、ありゃあ、すごいね!」
アイリーンの言葉にダニエルがぱっと表情を明るくする。瞳はくしゃくしゃの髪の毛にほとんど隠れているダニエルが、子供のようにはしゃぐ。
「そうよね! ドムさんの腕はすごいわよね!」
「そうなんだよ。極めつけはアーロンさんだよ。あそこの工房は際立っているよ。息子のローマンさんもどんどん力をつけているし」
「やっぱり、カーディフの加工屋はすさまじいですよね」
「いやいや、ウォルトさんも注目株じゃないか。せっかくこうして知りあったんだ。ぜひとも、取引してほしいね」
感心するウォルトに、ダニエルが言う。
「もちろんです。ダニエルさんは今どんなものに取り組んでいるんですか?」
「【魔力検査機】の改良だ」
病は身体の組織の衰えや不具合から発生する場合と、魔力が原因となって生じる場合とがあるという。どちらにせよ、どこでどんな不具合が生じているのか知る必要がある。
【魔力検査機】は魔力によって外部から体内を検査する魔道具だ。いくつか種類があり、肺の異音感知、魔力循環や血液循環、胃や腸などの内臓中部の映像を映し出し、異物がないかを確かめることができる。
「この解像度を上げたいんだよ」
「そうなったら、より正確な診断を下せるな」
ロイが興味を示す。
「ねえ、ルシール、ダニエルさんもいっしょに連れて行ってもらえないかしら」
アイリーンは気を使ってどこにとは言わなかった。ドムの加工工房のことだと悟ったルシールは少し考えた。
「そうね。確認してみるわ」
「俺、あまり出歩かないんだけれど、どこへ連れて行こうってんだ?」
ルシールとアイリーンのやり取りを耳に挟んだダニエルが首を傾げる。
「ドムさんの加工工房です」
「えっ?!」
ダニエルが顔に喜色を浮かべる。
「ただ、先方に確認してみないといけないんですが」
「お願いします!」
ダニエルは身を乗り出して即座に答える。
「ルシールさん、ついでに僕もついて行って良いか聞いてもらえませんか?」
ウォルトもおずおずと打診する。名だたるカーディフの加工屋から【ブモオオの湯沸かし器】の設置のレクチャーを受けたものの、それはアーロンの加工工房だったので、この機会にドムの加工工房をも見学したいと思ったのだ。
遠慮がちではあるが、きちんと主張すべきところで声を発することができるのだなとルシールは妙な感心をした。
ルシールがリオンとともにドムの加工工房の前でアイリーンたちを待っていると、ウォルトが先にやって来た。
「お待たせしましたか?」
「いえ、ちょっと早めに着いたので」
そんなやり取りをするうち、アイリーンたちもやって来た。
アイリーンとロイ、ダニエルのほか、背かが低くてやや小太りの男性もいる。
「すみません。彼はユリウスというコールドウェルの医師なんですが、ドムさんの加工工房をぜひ見学したいと言って」
「実は、抱える案件に壁が立ちふさがっていて、どうしても乗り越える必要があるんです」
なんとか打破する糸口が掴めないかと強引についてきたのだという。ロイとはいっしょに手術をしたこともあるそうだ。
「腕は確かですよ」
「いやいや、ロイの方こそ、」
互いに紹介し合っていると、待ちわびたのか、工房主が姿を現した。
「よく来たな、ルシール嬢ちゃん」
「こんにちは、ドムさん。今日はよろしくお願いします」
「なに水くさいこと言っているんだ。いつだって気軽に遊びに来てくれ。さあ、外は寒いだろう。中に入ろう」
敷地内は整理整頓されていて物は多いが雑然とした感じはしない。
紹介した後、アイリーンとダニエルはドムの両側に陣取ってあれこれと質問を投げかけた。目をきらきらさせて傾聴するふたりに、ドムは初めの方こそやや引き気味になっていたが、徐々に熱を帯びて話し出す。
ウォルトやユリウス、ロイも聞き入る。
「やはり、柔軟に動きつつ、強度を確保するというのが、」
「ある程度の長さが必要なんです。でも、大きいとほかの組織を傷つける恐れが、」
「医療用の魔道具か。実は俺も考えてみないこともないんだよ」
あれこれ出る事柄にひとつひとつ答えていたドムはそんなことを言い出した。
「それでな、やはり、ここは金属一辺倒じゃなく、<エラスティック>との金属樹脂複合部材がいいんじゃないかと思うんだ」
「———異種材料接合技術」
ドムの言葉に思わずルシールが呟く。ドムが我が意を得たりと頷く。それまで競い合うようにして言葉を発していた魔道具師と医師たちが口をつぐむ。
「【ウッキウキの手袋】で使った手法だな」
リオンもまた、あのときのことを思い出した。
「そうとなりゃあ、グレンさんのところへ行ってみるか」
「「えっ?!」」
ダニエルとウォルトが揃って声を上げる。
「あの、わたしたちも同行してもよろしいでしょうか?」
代表してロイが恐る恐る言う。
「うん? そりゃあ、大丈夫だろう。なにせ、ルシール嬢ちゃんの紹介だからな」
「「「「えっ?!」」」」
今度は魔道具師、医師たちの声が揃い、こぞってルシールの方を向く。ただひとり、ウォルトはカーディフの加工屋から【ブモオオの湯沸かし器】の設置をレクチャーされた際の様子から、大体のことを把握していた。
「もしかして、ルシール、グレンさんとも知り合いなの?」
「いやあ、でも、あそこの工房はな、まずはおかみさんに話を通さなきゃならんぞ」
アイリーンが目を見開き、ダニエルが難しそうな表情を浮かべる。
「ルシールなら、大丈夫だよ。途中でなにかお菓子を買って行こう」
リオンがそう言い、ドムが先頭を切ってぞろぞろとグレン加工工房へ向かう。
「ルシールさんって一体?」
「アイリーン、知っていた?」
「ううん。わたしはドムさんを紹介してくれると言われていただけよ」
「なにはともあれ、グレンさんと話ができるなんて、夢みたいだ!」
ユリウスが怪訝そうにし、ロイがこっそり尋ね、アイリーンは戸惑い、ダニエルはスキップをせんばかりだった。
ルシールと言えば、ドムに話しかけられたり、リオンとどんな菓子を買って行こうかと相談したりしていたので、背後の会話は耳に入らなかった。
さて、腕の良い加工屋グレンと面談する最大の難関であるおかみさんはルシールを見て相好を崩した。
「よく来たね。手土産なんて、気を使わなくて良いのに」
「ううん、大勢でおしかけたのだから。いきなりでごめんなさい」
ドムのところへ案内したところ、話の流れでグレンの意見も聞きたいのだと言うと、おかみさんは得心がいったように大きく頷いた。
「そりゃあ、<エラスティック>に関しちゃあ、うちの人が第一人者だ。ああ、ちょっと、そこのあんた、うちの人を呼んできてくれるかい?」
「はいよ! おお、ルシール嬢ちゃんじゃないか。ちょっと待っていな!」
おかみさんが通りがかった年配の加工職人を呼び止めると、こちらも大歓迎の態でいそいそと動く。
「ルシールさん! 俺、ルシールさんと知り合えて良かった!」
「わたしもです」
後ろでダニエルとユリウスが感激しきりの声を上げるのだった。




