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「ルシールさん、こんにちは」

「え、あ、はい、こんにちは」

 ウォルトへの挨拶がしどろもどろになったのは、彼を取り巻く女性たちの視線が突き刺さるからだ。それらは、「だれ、この女」と如実に語っていた。


「ね、ねえ、」

「わあ、」

「格好良い!」

 そして、女性たちの視線はすぐにルシールの手を握るリオンに向けられる。

「あの、あなた、ウォルトさんのお知り合いですか?」

「わたし、マチルダって言います。お名前を教えてくれますか?」

「すっごく格好良いですね! お仕事はなにをされているんですか?」

 ウォルトを囲んでいた女性たちの半分がリオンに向けて移動する。ルシールは見た。ウォルトがほっと表情を緩めるのを。


 後に、ウォルトは語った。

「いつも捕まらないように周囲を注意して見渡しているんですが、たまに仕事のことを考えて油断すると、女性たちの集団に遭遇して逃げ遅れることがあるんです」

 そのときもそうだったのだと言う。なお、それをいっしょに聞いたアイリーンは「遭遇って、逃げ遅れるって、コールドウェルの街中は危険区域かなにかなの」と呆れたものだ。


 ぐいぐいくる女性を苦手とするウォルトはそんな風に感じるが、採取屋リオンはそういった状況は慣れたものである。

「悪いが、用事があるんだ。また今度な」

 さらりと、そして付け入る隙を与えず毅然と言い切り、ルシールの手を引いたまま歩き出す。名乗ることすらしなかった。

「えー!」

「また、ここに来る? いつ?」

 諦めきれない声が追いすがって来るが、誰にも(なび)かない、難攻不落と言われていたリオンだ。


 以前、リオンのファンの女性たちに囲まれたことを思い出し、ルシールは表情を硬くしていた。そんなルシールに、リオンが安心させるようにほほ笑みかける。

<海青石>の色のやわらかく明るい色に励まされ、ルシールはようやく肩の力を抜いた。


 そのときになってようやく、ウォルトが便乗して自分たちとともに女性たちから離れたのに気づいた。

 ルシールの視線を受け、ウォルトは肩をすぼませる。

「すみません。できたら、このまま逃げるのに協力して下さい」

 そんな物言いにルシールは思わず吹き出しそうになった。利用されたとは思わせない、憎めなさがあった。


「俺はリオン。採取屋だ。あなたはもしかして、加工屋のウォルト?」

「はい、そうです。あなたが採取屋リオンですか。噂はかねがね」

「こちらの方こそ。色男は大変だな」

 リオンが差し出した手を握り返しながら、ウォルトはそちらの方こそよほど色男ではないかと内心つぶやく。しかも、自分と違って女性たちのあしらいに慣れていた。


「ちょうど良い。コールドウェルでも腕が良いと評判の加工屋ウォルトと会ってみたいと思っていたんだ。これからもよろしくな」

「はい。よろしくお願いします」

 ウォルトの方が年上なのだから、敬語を使う必要はないとリオンが言う。

 カーディフの採取屋であるのに、コールドウェルの一流の加工屋たちと付き合いがあるリオンが自分と会ってみたかったと言う。

 リップサービスかもしれないが、悪い気はしない。こんな風に爽やかにさり気なく気分よくさせるからこそ、採取屋リオンは方々で評判が良いのだろうとウォルトは感心する。


「ルシール!」

 市庁舎広場の噴水前で待ち合わせだったが、アイリーンとロイがこちらへやって来た。

「あ、アイリーン。待たせてごめんなさい」

「それは良いんだけれど、なにかもめ事でもあった?」

 言いつつ、アイリーンの胡乱(うろん)気な視線がリオンとウォルトに向けられている。もしかすると、ルシールがトラブルに巻き込まれたのなら助けるつもりで近づいて来たのかもしれない。

「いいえ。なんでもないの」

 リオンにとっては日常茶飯事のことである。ルシールも何度となく遭遇し、そんな風に思えるようになった。


「紹介するわね。婚約者のリオンよ。その隣はコールドウェルの加工屋のウォルトさん」

 ルシールはアイリーンに紹介した。

「リオン、ウォルトさん、わたしの友人でキャラハンで魔道具師をしているアイリーンと恋人のロイさんよ」

 ウォルトは行きがかり上、傍にいただけだが、省くのもどうかと思ってアイリーンとロイを紹介した。


「あなたが採取屋リオン、ね。聞きしに勝る男前ね」

 アイリーンが両足を開き気味で胸を張り、顎を上げて言う。褒め言葉であるのに、ルシールには含みがあるように思えた。

「お褒めに預かり光栄だ。結婚の宴に参加してくれるんだよな。ありがとう」

 リオンはさり気なく、ウォルトへの牽制の言葉を投げかけた。ウォルトはとたんに、そう言えば、ルシールは結婚するのだった、と思い出す。その相手がこの採取屋リオンだというのだ。自分ではどうあがいても太刀打ちできない。

 ところが、アイリーンはそんな風には思わないらしい。


「さっき、女性たちに囲まれていたみたいだけれど、もうじき結婚するというのに、あれはないんじゃない?」

「あ、あれは、違うの。リオンが原因ではなくて、」

 ルシールが慌てて弁解しようとするが、女性たちを引き連れて来た本人ウォルトの前で咄嗟(とっさ)に上手い言葉が出てこない。


「すみません、俺が女性たちを振り切れなかったのが悪いんです」

「一体、どういうこと?」

 大柄の身を縮めるウォルトに、アイリーンが眉をひそめる。

「アイリーン、いろいろ疑問はあるんだろうけれど、ここはちょっと寒いから、どこかへ入らないか?」

 ロイがアイリーンの気勢をそぐべく提案する。

 引き合わせる魔道具師との待ち合わせ時間にはまだ余裕があるからカフェへ移動することになった。




「なるほどね。確かに、ウォルトさんはキャラハンにまで噂が届くほどの腕の良い加工屋ですものね。女性たちに人気があるのも分かるわ」

 一連の事情を聞いたアイリーンはそう言ってカップを傾ける。

 六人掛けのテーブルに、向かいにアイリーンとロイが座るのは分かるが、なぜか、ルシールはリオンとウォルトと挟まれる格好で座った。


 アイリーンはカップをソーサーに戻すと意を決して口を開いた。

「ルシール、わたし、あなたにはウォルトさんのような方が似合うのではないかと思うわ」

「どういうこと、アイリーン?」

 ルシールは戸惑う。リオンは特に表情を変えることなく静観の構えだ。ウォルトの方が目を丸くしている。そしてロイと言えば、キャラハンからコールドウェルに来る列車の中で、散々アイリーンの懸念を聞かされていたことから、頭を抱えた。

「アイリーン、なにも、結婚間近の今言わなくたって」

「今だからよ。今ならまだ引き返せるわ」

 (いさ)めるロイに、アイリーンはそう返して、ルシールに向き直る。


「あのね、ルシール。採取屋、特に腕がいい者は稼ぎがいいの。そうなると、謙虚さを忘れ、荒っぽくなるの。いいえ、これはほとんど例外はないわ」

 あまりの言葉に、ルシールが口を開きかけるのを、アイリーンは諭すように、あるいは抑えつけるかのように言う。

「なにしろ、腕がいい採取屋はほとんど力があり、運動能力に長けているの。だから、他の人たちのことが取るに足りない存在に思えるらしいのね。さらにはそこへ容姿のよさがプラスされると、もはや近づきたくないほどの鼻持ちならない人間となることが多いのよ」

 アイリーンは顔をしかめる。


「もしかすると、そんな人もいるかもしれない。でも、わたしが出会った採取屋はいい人ばかりよ」

 もちろん、ディックのようななにかにつけて言い掛かりをつけてくるような者もいた。だが、リオンや彼が親しくする採取屋たちはとても気のいい者ばかりだ。


「でも、現にさっきみたいに、女の人たちにちやほやされていると、いつか目移りしてしまうのではないかしら」

 人間は弱い生き物だから、とアイリーンは言う。

「アイリーン、あなたの採取屋像はそうかもしれない。でも、わたしのは違うの。それを認められないならそれでもいい。ただ、わたしの大切な人に失礼なことを言わないで」

 ルシールはきっぱりと言い切った。

 さすがのアイリーンも気圧されて勢いが衰える。


 ルシールはかいつまんで、自分が十一歳の頃になぜ出会うことになったのか、そして、その理由であるところの家から出るために、魔道具師を目指し、そして、障害が発生したこと、それを取り除くために、リオンが新発見の素材の権利を半ば手放したことを話した。

「リオンはわたしが母に認めてもらいたいがために家どうしの婚約をしたときも反対しなかった。その婚約が破棄された後、付き合うことになったの」

 そして、ようやく結婚を間近に迎えた。


 アイリーンを説得するために話した経緯は、振り返ってみれば、今までずっとリオンに守られてきたのだと実感する。

「あの、リオン、本当に今までありがとう」

「いや、俺がしたくてやっていることだから」

 そしてリオンはそんな風にいつもさらりと流す。なんてことないのだと言うが、莫大な富を得る権利を易々と手放すことができる者がいるだろうか。


「ごめんなさい。事情を知らなかったとはいえ、勝手なことを言ったわ」

 アイリーンがばつが悪そうな表情で謝罪し、リオンはそれを受け入れた。ロイは安堵の顔つきになり、ふとルシールと視線が交わってほほ笑み合う。


 ルシールの隣からずずっと鼻をすする声が聞こえて来た。

 驚いてウォルトの方を向くと、目に涙を浮かべている。

「ルシールさん、今まで苦労されてきたんですね」

 大柄な男性が泣きべそをかくのに、やはり、憎めない人だなと思う。


「ルシールは今や新発明するほどの魔道具師となったのよ。これからどんどん幸せになるのよ」

 アイリーンの言葉に、リオンもロイも頷いた。

 ウォルトも目を赤くしたまま、そうですねと何度も首肯するのだった。




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