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<ゴム>の木の変異種の樹脂の性質が判明しつつある。

 進捗状況を報告するのに集まった際、グレンは意気揚々と語った。

「なにがすごいって、この<夢みる緑水晶>の粉末を加えたら耐熱性が増すことだよ。<ゴム>にない性質だ。こりゃあ、すごい」

 しかも、もともと、<ゴム>よりも強靭さを誇るという。


 熱の温度も重要だ。

「低すぎてもだめなのはわかるが、高すぎてもだめとはなあ」

「樹脂が負ける」

「成形するときもそうだ」

「温度が低すぎるとうまく形をつくれねえ」

「ありゃあ、添加鉱物の性質だな。すぐに固まっちまう」

 一定温度に下がるとすぐに成形する必要がある。

「なんてえ気位の高さだ」

「採取屋リオンはよう、やっかいなものを見出してくれたもんだよな」

 グレン工房の職人たちもまた、新たな素材の性質を興奮気味に口々に話した。


「それで弾力性はどうなんです?」

<ゴム>の特性として最も重要な性質が損なわれていないかとデレクが尋ねる。

「もちろん、落ちないギリギリの値を割りだしている」

「さすがグレンさんですね。<ゴム>加工に関しては右に出る者がいない」

「よせやい。辛辣(シビア)なデレクに褒められたらウラがあるんじゃないかと勘ぐってしまう」

 照れているのではない。なぜなら、グレンは真顔で言ってのけたからだ。


「うちの工房の財布を握る母ちゃんもデレクさんの言うことには逆らっちゃいけないって言っていたよ」

 それを聞いたグレン工房の職人たちはびくりと肩を震わせる。対するデレクはやはりにこやかなままだ。

「そうですか」

 グレン工房の職人たちだけでなく、マーカス工房とドム工房の職人たちの心の声は揃った。

(((いったい、なにをやったんですか、デレクさん!)))


 ついにグレン工房の尽力によって手袋の試作品が届けられた。

 だが、肝心の【魔力変換装置】を接着する手法がまだ見いだせていない。


 ネイサンが唱えた金属樹脂複合部材、異種材料接合技術は、樹脂と金属の接合技術で、金属材料側に微細な溝、突起を形成し樹脂材料とのアンカー効果により接合強度を確保する方法だ。だが、通常の<ゴム>手袋では母材がもたなかった。試しにグレン工房の試作品でも行ってみたがやはり母材である樹脂に破断が生じる。


「やはり、だめか」

「ああ。通常の<ゴム>よりも強靭だが、やはり母材が負けちまうな」

「設計を見直してみよう」

 マーカスが提案した。

 指が自在に動くように【魔力変換装置】は甲につけるつもりだった。

「てのひらに持って来るはどうですか?」

「余計に手の動きが悪くなる。人の手の動きというのは無意識に行う分、とても繊細なんだよ」


 試行錯誤を繰り返し、デレクにときおり休憩を宣言される。そのときは中断されたと思うが、温かい飲み物を飲むと、頭がじんわりとしびれるような感触がする。疲れていたのだなと自覚する。


「そういえば、うちのばあさんも洗い物をするときには<ゴム>手袋をしていたな」

 分厚いものだと動きが阻害されるから薄い<ゴム>手袋を使っていたが、すぐに指先がやぶれてしまうと言っていたことをふと思い出してマーカスがつぶやく。

「マーカスさんの奥さんは良い家柄の出でしたね。上品な方でした」

 デレクが言うと、アーロンが無言で頷いた。ふたりはマーカスの妻と面識がある。


 デレクの言った通りマーカスの妻は総督の傍流の家の人間だった。だから、自分との結婚を反対された。家族との縁を切ってでも自分を選んでくれた。なのに、マーカスは彼女に苦労をさせ続けた。幸いと言って良いかどうか、彼女もまた魔道具を好んだ。工房の掃除を欠かさず、魔道具の手入れもマーカスから教わってよくしていた。そんな妻に報いるためにも、魔道具をなんとしてでも発明したい。


「なんとなく、ルシール嬢ちゃんと似ていましたよね」

 ローマンもまた何度か会ったことがある。

「優し気で品があるけれど、どこか一本通ったところがある」

 そこでふと思い出す。辛辣(シビア)なデレクはマーカスの妻には敬意を持って接していた。その点でもルシールとどこかしら共通するものがある。分別のあるローマンはその考えを口に出さないでおいた。面白づくで話せばデレクにやり込められることになるだろう。

 ローマンがそんなことを考えていると、マーカスがはっと息を呑む。


「そうだ。手首にベルトを締めるのはどうだろう」

「ベルト?」

 熱に浮かされたように言うマーカスに、アーロンが首を傾げる。

「ばあさんが、<ゴム>手袋の手首から水が入って<ゴム>が劣化すると嘆いていた。手首がしぼっていれば良いのにと言っていた。ベルトがあればそれができる」

「ああ、なるほど。今回の魔道具の手袋も手首にベルトを配し、そこに【魔力変換装置】を接合するのですね?」

「そうだ」

 デレクが補足するのに、マーカスが頷く。


「手袋とベルトは両方とも同じ<ゴム>の木の変異種の素材だ。だが、配合剤を変える」

 アーロンの言葉にようやくローマンが気づく。

「そうか。ベースが同じなら、接合は可能だ」

 そして、ベルト部分には金属に接合しやすい配合剤を用いる。また、多少の厚みや硬さが出ても問題ない。


「直に接合できないのなら、段階を踏んだものを接合していくのか」

 手首にベルトを巻くのであれば、指先の細かい作業を阻害しない。ベルトは締め具合を調節することができる。

 どこに接合するかが決まれば【魔力変換装置】の改変のための設計図も決まって来る。マーカスはさっそく取り掛かった。




 所用でマーカスが出かけ、工房で勉強をしていたら、リオンとアランがやって来た。

 ルシールがカウンター裏の机に広げていたのは学校の教科書だ。それを見て、リオンが「懐かしいな」と言う。

 それをきっかけに授業のことなどを話した。

 アランは大げさに驚いてみせる。

「めっちゃ賢い。俺、授業のときしょっちゅう寝ていて先生に覚えられていたよ。寝る子は育つって本当だなって」

「アランさん、身長が高いものね」

 ルシールは羨ましそうに見上げる。


「しかも先生ってば、なにかあっちゃあデレクの息子なんだからって言うんだぜ? ひどくない?」

「デレクさんってやっぱり有名なのね」

「俺は親父みたいにできませーんって答えていたよ。リオンも同じ悩みを抱えていると思いきや、俺と違ってデキるやつだったし」

 がっくりと肩を落として見せる。大仰な仕草だ。喜怒哀楽がはっきりしていて楽しい人だ。

 リオンは高名な祖父を持つ。認められたいと励んでいる。アランもおちゃらけてみせるが、彼なりに思うところがあるだろうし、きっと周囲の目を気にすることもあるのだろう。


「でも、アランさんはアランさんだもの」

「ありがとう。やっぱり、ルシールちゃんは癒されるう」

「俺がマーカスさん宛てに言付かったってのに、ルシールに会いたいからって強引について来たんだよ」

 ようやく口を挟む隙ができたとばかりにリオンが言う。


「だって、親父もルシールちゃんの消息が知りたいだろうしさ」

「この間会ったばかりだけれど」

 首を傾げるルシールに、リオンはきっとなにかあったらさり気なく彼女の話題を盛り込もうというのだろうと察しをつける。それでデレクの舌鋒の鋭さが鈍るのだ。さすがにアランは父親との付き合い方は十全に心得ているとみえる。


 マーカスへの伝言と試作品を残した後、リオンとアランはおやつを食べようと言ってルシールを連れ出した。

「リオンさんとアランさんは同じ学校だったのね」

 違う都市の学校ではいろいろ異なる様子だが、学ぶ内容は大体いっしょの様子だ。


「そうなんだよ。ふたつ学年は違うんだけれど、リオンの噂はしょっちゅう聞いていた」

「どんなの?」

「そりゃあ、ものすごい色男がいる!って言ってさ。女の子たちだけじゃなく、男子も騒いでいた」

 リオンたちの通っていた学校では行事が多かったのだという。


「毎日のように告白されていたって。ルシールちゃんはそういった学生時代特有の甘酸っぱいできごととかないの?」

「わたしはないなあ」

「ルシール、アランは大げさに言っているだけだからな?」

「わたしは」に反応してリオンが言う。


 とはいえ、アランから聞いてようやくリオンからあまり学校のことを聞いたことがないと気づく。ルシールが魔道具や素材に関することに興味を持っていたということもあるのだろうけれど、アランが言う通り、女の子たちから騒がれることが多かったのだろう。リオンは自分からそういった話はしない様子だ。

 今もアランから散々言われて居心地が悪そうにしている。


「まあねえ、小さいころからリオンみたいな色男がいたんじゃあ、目が肥えちまうよなあ」

 アランはからかうでもなく、ちょっと不憫そうな顔つきになった。

「そうね。それに、わたしがよく接していたのはマーカスさんやデレクさん、アーロンさんたちだったから」

 リオンは緩みそうになる口元を手で覆った。さらりと色男であることを肯定されて喜んだ。それを目の端に捉えながらアランは続ける。

「あー、その道における特級の才能の持ち主ばかりだったかあ」

「うん。だから、クラスメイトの男の子が自慢していたのに気が付くことができなかったの。悪いことしちゃった」

 後からジャネットに言われてようやくそうと知ったのだ。

「え、それ、めっちゃアピールされていない?」

「アピール?」

 ルシールはアランの言葉に首を傾げる。リオンが微妙な表情になる。アランは笑いを堪えられずに噴き出した。




いつも、評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。

人物紹介を載せておきます。

よろしければ、ご参照ください。



●人物紹介

・ルシール・ステルリフェラ:翡翠色の瞳。茶色の髪。鳴き声シリーズの魔道具が好き。

・マーカス:魔道具師。ペルタータ島のカーディフで魔道具師工房を営む。

・リオン:採取屋。ルシールの六歳上。<海青石>のような色の瞳。金茶色の髪。

・デレク:素材屋。にこやかで物知りだが、周囲には恐れられている。

・アーロン:加工屋。腕がいい。無口。がっしりしている。

・ローマン:加工屋。アーロンの息子。がっしりしている。

・ドム:加工屋。大柄。太い指で繊細なものを生み出す。

・グレン:加工屋。ゴム素材の扱いに長けている。

・ネイサン:学者。北の大陸からやって来た。

・アラン:採取屋。デレクの息子。リオンと仲が良い。リオンの二歳上。

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