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「「わあ」」
例年とは異なって友人たちとの新年祭は日をずらして行った。そこで出したふんわり揚がったルクマデスに、ライラとネリーの歓声が重なる。
ルシールはジャネットと顔を見あわせて会心の笑みを浮かべる。
ルクマデスは小さな丸いボール状の揚げ菓子だ。ハチミツとシナモンをかけたもの、チョコレートソースをかけたもの、アイスクリームを添えたものとさまざまに用意した。
ルシールは今年の新年祭もまた、早めに来て準備を手伝った。
「今回はルクマデスをつくろうと思うの」
かけるもの、添えるものに工夫を凝らすのだと聞き、ルシールは張り切ってつくった。
強力粉、薄力粉、塩、砂糖、水、牛乳、ドライーストを混ぜ合わせる。その生地を【オーブン】に入れて発酵させる。
「生地が倍に膨らむくらいまでね」
「そんなに大きくなるのね」
熱した油に、ボール状にした生地を入れる。スプーンふたつを使って、ジャネットは器用に丸くするが、これがなかなか難しい。
「慣れよ、慣れ」
そう言うのを聞きつつ、四苦八苦するルシールは、きっとクリフォードはすぐに慣れてきれいな球状をつくるのだろうなと想像した。
多少いびつな生地もきれいにきつね色に揚がった。
「アントニーのお母さん、こういうの、嫌いなのよね」
ルシールがはっと息を呑んでそちらへ視線をやると、ジャネットはうつむき加減でルクマデスに添えたチョコレートソースに砕いたクルミをふりかけている。
「なんかね、ルクマデスにはあくまでハチミツかシナモンを添えるもの、って感じなの」
「アレンジしたり、新しいものにチャレンジしてみることはないのね」
「そうなの。だから、ことあるごとに駄目出しされてばかりなの、わたし」
大きなため息をついたジャネットは苦笑する。
「ほら、アントニーのひいお爺さんの代からホテルを受け継いだじゃない? なんだか、その伝統を守るとかで肩に力が入っているというか、」
それで、なんでもかんでも昔ながらのやり方に固執しているというのだ。
もしかすると、流行物というのに忌避感があるのかもしれない。特に若い女性の中で流行るものに。
それを聞いたライラが絶望を顔に浮かべる。
「そんな、アイスクリームを添えたルクマデスを否定するなんて」
「チョコレートソースも外せないわあ」
ネリーが串に刺したルクマデスをしげしげと眺めた後、ぱくりとかぶりつく。
「もちろん、ハチミツもシナモンも美味しいわよ」
「でも、別の味も試してみたいわね。粉砂糖とか振っても良いと思う」
ジャネットの言葉に、ルシールは言い添える。そうしながらも、未来の夫となる人の母親が自分の歩んできたことを認めてくれていることや、料理を教えてくれたり、なにかと手伝ってくれる幸運を噛みしめる。
ルシールは肉親の愛情には恵まれなかった。いつも周囲の仲睦まじい家族の姿をうらやむばかりだった。それが、こんな風に自分は恵まれているのだと思う日が来るなんて思わなかった。
環境が変わり、人間関係が変化することによって、禍福もまたひっくり返る。
四人でルクマデスを頬張りながら、それぞれの恋人と過ごした新年祭に話題が移る。
「ジョナスは夏にバーベキューをしたときにお肉の美味しさに目覚めたらしくてねえ」
ふたりであちこちのレストランへ行っては牛、豚、鶏、羊、鹿といったさまざまな肉を食べているというのだ。
「新年祭では牛と豚のあいびきミンチ、ということで大きなハンバーグを食べたわあ」
ネリーはどうやら、友人たちとは甘いものを、恋人とは肉食を楽しんでいるようだ。なんにせよ、楽しみを共有することができている様子だ。
「肉の種類がいっしょでもソースによって味が変わるわよね」
「調理法によっても大分変わってくるわ」
「ただ焼くだけにしろ、付け合わせの野菜も重要よ」
ルシールはリオンが手に入れてくれた珍しいソースを思い出し、ジャネットは経験からそう言い、ライラもまた意見を述べる。
「ライラ、料理を始めたの?」
ルシールはふと思いついて尋ねた。
「え、ええ。簡単なものからね」
「もしかしてえ、新年祭はブライアンといっしょに料理したのお?」
まごつきながら答えるライラに、ネリーが察してにやにやする。
「そうなの。向こうはひとり暮らしをしていて、新年祭は毎年友だちと過ごしていたらしくて」
そう聞いたから、新年祭をいっしょに過ごそうと言っても断られるかもしれないと思ったが、案に反してブライアンがひとり暮らしする家でいっしょに料理をして祝うことになったのだと言う。
「でも、全然役に立たなかったわ」
ライラは唇の両端を下げた。
「慣れよ、慣れ」
「ジャネット、わたしにも料理を教えてくれない?」
軽く言うジャネットに、ライラが決意のこもった視線で訴えかける。
「いいわよ」
ルシールもまた、ひとり暮らしを始めた際、こんな風にジャネットに教えを乞うた。なんだか懐かしく思い出された。
「そのうち、ルシールみたいに、恋人といっしょに料理をすることになるのねえ」
のんびり笑うネリーは、食べる専門で外食に頼る一方のようだ。
「わたしは今年の目標は料理ができるようになること!」
ライラが胸を張って宣言する。
「わたしはあ、南の大陸の言語をマスターすることねえ」
レプトカルパ総督が南の大陸の王女と婚約したことから、そちらからの訪問者が増えることを見越して、学ぶのだと言う。
その婚約に少なからず関係しているルシールはなんとも言えない気持ちになる。そんなルシールを他所に、ライラとジャネットが感心する。
「本当にネリーはしっかりしているわね」
「よく気が付くしね」
「ありがとう。ルシールは、結婚と工房主ねえ」
「うん。今、いろいろ準備に追われているところなの」
いろんな人たちの助力を得て、少しずつ形が整っているところだ。
「わたしはなにかなあ」
珍しくジャネットが迷うそぶりを見せる。
「あらあ、じゃあ、ジャネットも南の大陸の料理をマスターするというのはどう?」
「いいわね、それ!」
ネリーの言葉に、ジャネットが表情を明るくする。ようやくいつもの調子を取り戻したジャネットに、ルシールは安堵し、ハチミツがたっぷりかかったルクマデスを頬張るのだった。
デレクの素材工房で行う新年祭の日、例年通り、ルシールは早めに行って準備を手伝った。
毎年つくる新年祭のメイン料理のコシードは「煮たもの」という意味だ。ソーセージを始めとする豚肉加工品とまるごと野菜、豆を茹でた料理だ。
具材を煮てうまみがたっぷり詰まった澄んだスープにパスタを加えてまずひと皿。そして、肉と野菜を盛ったふた皿めを食べる料理だ。
豪華な具材に目がいきがちだが、主役はスープだ。
「だから、最初にパスタを入れて食べるのね」
もちろん、ひと皿めのパスタも脇役だ。
「スープの香りが大切だから、シチューと違って寝かせるものではないの」
アマンダとセルマに昔、そう教わった。
「豚肉加工食品と野菜と豆を煮る料理と言えば、ポトフね」
ポトフとは違って、コシードは材料といっしょに生ハムの骨を煮出すことが多い。
「これを入れると独特の香りがするのよ」
「風味に奥行きが生まれるわよね」
コシードは地方によって異なり、さらには家庭によっても材料から違ってくるという。
「それぞれの手法があるのね」
「地方色があり、家庭の味があるのね」
地域によってはエクスデージャというように呼び名も変わることすらある。
言いながら、ふたりは手早く鶏や豚肉、牛肉、生ハムの骨を鍋に入れる。
「うちは生ハム骨はセラーノの骨を使うの」
「イベリコはちょっと個性が強いのよね」
それも好みの範疇だという。
ひと晩水に漬け置いた豆を布袋に入れてそれも鍋に加え、水を張る。
「ルシールちゃん、ローリエを入れてくれる?」
鍋を加熱する間、タマネギやニンジンの皮を剥き、ニンニクをつぶす。
「鍋が沸騰したら灰汁を取ってね」
タマネギ、ニンジン、ニンニクのほか、キャベツ、セロリ、ポロネギを加えて【コンロ】のつまみを弱熱にする。
煮込む間、ジャガイモとカブの皮を剥く。
「具材が煮崩れしないでちょうど良い柔らかさになるように、順番に入れて行くのよ」
そう言いながら、ジャガイモ、カブ、サヤインゲンを加える。
豆が柔らかくなったら取り出し、塩を加える。
鍋を煮ている間、揚げ物の具材ペロタをつくる。
合いびき肉、生ソーセージ、みじん切りしたタマネギ、茹でた米を混ぜて練り、手のひらくらいの大きさの紡錘形に成形する。
「薄力粉を薄くまぶして、揚げるの」
「長く煮るとパサつくからね」
サヤインゲンを鍋から取り出し、揚げたペロタ、チョリソ、ブラッドソーセージを鍋に入れ、さらに煮る。
火を止めて具材を取り出し、スープを漉す。
そのスープで髪の毛のように細いパスタ、カッペリーニを入れてひと皿めができる。
残ったスープに具材を加えてふた皿めだ。
「ふた皿めの主役はスープとペロタね」
「ジューシーで食べごたえがあるわね」
作り手も満足の出来栄えだ。
「「「うめえ!」」」
乾杯した後、ひと皿めをあっという間に空にした参加者たちは、ふた皿めをつまみにしながら酒を飲んでいる。なにせ、ひと皿のうちに肉も野菜もたっぷり入っている。スープの塩味が酒のアクセントとなる。
ルシールは今年もまた、あんなにたくさんの液体を納めてしまうなんて、すごいなあと思いながら眺めていた。




