88
荒っぽい表現があります。
ご注意ください。
「総督の目」になることは、仲間を監視する行為だとして忌避する者がいれば、総督に認められたと光栄に思う者もいた。
「総督の目」はときに、「総督の遊撃者」と呼ばれることもある。遊撃は特定の任務を与えられず、ケースバイケースで臨機応変に動くということだ。
特に、密猟への監視には採取屋がうってつけだ。
ルイスがこの「総督の目」の役割を得ていた。周囲の誰にも漏らさず行動したため、そのわずかな不可解さが不審だと受けとめられた。アランはずっとルイスを疑わなければならないことで心の負担がかかっていた。
裏切りとはこんなにも罪深いのだ。それが誤解だと知り警戒が緩んだ。
港で働くカイルからの情報によって、ここ数年に渡りペルタータ島とレアンドリィ島を騒がせる窃盗団の船に密猟者が乗船していると判明した。
そこで、ペルタータ総督府の協力を得て捕まえたところ、窃盗団を目くらましにまんまと逃げられてしまった。窃盗団を陽動にして逃げおおせるつもりだったのだ。
アランは昨年末にリオンのファンの女性たちを煽ったのが採取屋ディックだと知り、その後を追っていた。その最中、ディックは密猟者と行動を共にしているという事実を掴んだ。明確な裏切り行為だ。
七つ島でなにか探すのであれば、まず真っ先に採取屋と素材屋を頼る。そして、その生息地によく足を運ぶ採取屋は密猟者に買収されることもままある。総督が採取屋から情報を得るのと同じだとも言える。
採取屋協会では密猟者に関わることを厳しく取り締まっている。けれど、根絶には至っていない。
アランはディックを追う意識を切り替えた。もはや、事は個人の問題ではなくなってしまっている。ルイスにも事情を話し、協力することにした。
島外の偽名なんていう名を名乗っており、鼻筋が曲がっているというほかには特徴のない男は狡猾で慎重だった。なかなか尻尾を掴ませない。
そこで、まだ情報が集まりやすいディックの方から辿ることにした。
採取屋の中には癖を持つものがいる。ディックもそうだった。
験担ぎの一種で、なにか大きなことをする前に彼が必ず食べるものがあるのだ。秋の気配が色濃くなってきたこの季節ではぎりぎり手に入るかどうかという頃合いだ。提供する店も限られてくる。そこで、ルイスと手分けして店を巡った。
その網に引っ掛かった。ディックが店に入るのを見たアランはそこら辺で遊ぶ子供に駄賃を渡して、これをメッセンジャーへ渡してくれと頼む。そうしてルイスへの言伝をメッセンジャーへ託した。
そして、アラン自身は路地の隙間に陣取って、店を見張った。単独で店に入ったディックは中で誰かと待ち合わせたのでもないのだろう、すぐに出て来た。
アランは店から出たディックの猫背を追う。
しばらく道を歩いて路地に入る。曲がりくねった小道を歩き、角を曲がるとき、ちらりと背後に視線をやる。後ろ暗いと言っているようなもので、尾行を気にしているのだ。アランは十分に距離を取り、遮蔽物を間に置いて後をつけた。
店から離れると応援が来る確率が低くなる。アランが焦る心を抑えつけていると、ディックは路地の途中に点々とある戸口のひとつをノックした。開いた扉の隙間へ向けてふた言み言話すと、扉は閉まる。
よくあることなのか、ディックはそこいらに転がった木箱の上に座って待った。
アランはディックから目を離さないまま、街中の地図を思い浮かべる。この建物はなにかの工房か、販売店か、それとも個人宅か、と考えていたとき、ふたたび扉が開いた。
アランは息を呑んだ。大柄な人間の後ろから出てきたのは茶色の髪の男だ。目を凝らしてみれば、特徴のない顔の中央にある鼻筋が曲がっている。エイリアスだ。
「良い話を聞いてね、」
「ほう」
「海で、———つながって、————から、————もぐって、」
話の値打ちを出すために音量を落として相手の興味をそそらせようというのはよくある手口だ。ディックもそうしたから、アランのところまで内容の詳細は届かない。
アランは耳をそばだてた。裏切者が友人であるルイスではなかったという安心感、ほかの者だったらどうとでも対処できるという慢心がなかったと言えば嘘になる。
だが、神ならぬ身だ。アランの後方の扉が唐突に開いて、「あの女はなによ!」「なんでもないって言っているだろう!」「下手な言い訳は止してよ!」「だから、違うって!」興奮しきりの痴話げんかする男女ふたりが登場するなど、知り得なかった。
あまりの剣幕に、ディックとエイリアス、そして大柄な男の視線が集中する。
「なんだあ?」
ディックの気の抜けた声がする。しまった、見つかった。すぐにアランは悟る。
「あんた、採取屋アランか?」
「俺のことを知っているのか? 名前と顔が売れるようになったんだな」
アランはいつもの調子で軽やかに言った。緊張してはいるものの、がちがちに固まってはいない。
「親父の七光りはさぞかし使い勝手が良いだろうな」
「まあな。なにしろ、辛辣なデレクだからな」
使えるものはなんでも使って仕事をする。そのくらいでなければ、大成することはできない。
だが、ディックは淡々としたアランに腹を立てた。持たざる者の嫉妬だった。
アランの懸念は現実のものととなり、対処は半分ほど間に合わなかった。
ディックの向こうからずい、と大柄な男が前へ出る。ひと目で島外の男だと分かる。頑丈な身体つきをしている。
アランは身体の位置を変える。まずい。七つ島ではあまり見かけない武器を持っている。長剣なんていうものを街中でぶら下げているということがもう警邏に捕縛される対象である。
痴話げんかをしていた男女はいつの間にか口をつぐんでいた。不穏な空気を悟り、さっと出て来た扉の向こうに引っ込んだ。がちゃりと施錠の音を響かせた後、ふたたびくぐもった言い争う声が聞こえて来る。
「採取屋か。素材屋デレクの係累ならこちらに転ぶまい」
アランは初めてエイリアスの声を聞いた。淡々としていて熱のない声音だった。
「やれ」
エイリアスの号令に、男は無造作に剣を鞘から払う。路地の両側の建物から漏れる灯りに物騒な光を反射する。
「ディック! 七つ島を裏切る気か!」
「ふふん。腕利きが、ザマァねえな!」
いいザマだとばかりにディックが醜悪に笑う。
アランは身を翻し駆けた。とにかく、人通りのある場所へ逃げ延びなければ。
背後から追って来る気配がする。機敏な採取屋は徐々に距離を引き離す。だが、そんな アランを凶刃が襲い掛かる。
男が剣を投げつけた。アランの背から心臓を狙った切っ先は届かず、けれど、脚を捉えた。
「がっ———」
衝撃と痛みにアランが倒れ伏す。
ざ、ざ、と石畳を歩いて来る靴音がする。まるで死神の足音のように不気味に響く。アランは懸命にもがいて起き上がろうとする。その後頭部の髪を掴まれる。痛みに思わず手をやって引っ掻くが、びくともしない。そのまま持ち上げられる。
これまでか。
そう思いつつもアランは両手を振り回す。片脚も。残りの脚は剣が突き刺さったままだ。
「なにをしている!」
ようやく応援が駆け付けた。
男は一瞬躊躇した。このままアランにとどめを刺すか、それとも逃げるか。その隙を逃さず、アランは懐に入れていたナイフを掴んで男の腹に突き刺した。採取に用いるナイフは手入れされていて、服の布地を貫通し、厚い筋肉に突きたてられた。
「———っ」
アランは放り出された。振り向いたとき、ギラギラと光る両眼を見た。だが、すぐに踵を返して逃げて行った。
「アラン?! 大丈夫か、アラン!」
ルイスの悲鳴じみた声を聞きながら、アランは荒い息を吐く。なんとか、助かったのだ。
病院に運び込まれたアランは一命をとりとめた。けれど、片脚は元には戻らなかった。
「アランが怪我したのは自分のせいだ」
ルイスがそう言ったから、カーディフの採取屋は一時、疑心暗鬼に陥る。
ルイスは密猟者を探っていた。まさかそれにアランが関わるなんて思いもしなかった。
密猟者たちは総督の手ごわさへの対抗手段として、土地をよく知る採取屋を仲間に引き入れようとする。豊かな七つ島の恩恵を良く知る採取屋、特に腕利きを引きこむのは並大抵のことではない。裏切った採取屋は汚れ役を押し付けられることは明白だ。
そんな採取屋にルイスはなり下がったというのか。
採取屋たちは愕然とした。
「ルイスはそんな人間ではない。それを一番知っているのは俺たちだ」
海の色の瞳に力を宿して言い切ったのはリオンだ。
「そうだよな」
「ルイスだもんな」
「違うよね」
リオンが採取屋をまとめる。不思議な説得力があった。この人の言うことならば信じようという気持ちにさせる。
「そうだ。ほかの誰でもない自分たちが知っていることだ」
「だが、情報が洩れている?」
「ほかに裏切者が?」
目覚めたアランの口からディックの名前が出た。以前、カーディフの採取屋協会に所属していたから手の内は知り尽くしている。協会は即座に総督府に連絡を取り、早急に対応を行っている。
そしてまた、アランが目覚めたお陰でようやくルイスの潔白が証明された。
ルイスは目覚めたアランの枕もとでさめざめ泣いた。
「ちょっと、ルイスをなんとかしてよ!」
「心配をかけたんだ。そのくらい我慢しろ」
リオンも気が気でなかったのだが、アランのふだん通りの様子に、彼がそうしてほしいのだと分かってわざとぞんざいに言い放つ。
「俺、けが人なのに!」
アランはいつものように文句を言うことで、なにも変わらないのだと示してみせた。
そんな息子にデレクが呆れた顔をし、こちらも号泣するアマンダの背中をセルマが撫でる。
「おふくろが泣いているってだけで、後で親父にどれだけどやされるか分からないってのに!」
みんな、けが人に優しくない、とアランは不満を漏らしてみせる。でも、内心はどうだろう。
アランは採取屋らしい採取屋だった。
そんな彼から否応なく採取屋であることは奪われた。
「なあ、アラン、俺、考えていることがあるんだが、」
リオンは務めていつもの軽やかで明るい調子で振る舞うアランに、ひとつの提案をした。




