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マーカスは作業部屋の設計図をすべて見直した後、魔道具師協会へ出向き、設計図の一覧からこれはと思うものを購入した。
発明をしてもそれでお終いとはならない。魔道具師協会に特許申請をし、受理されれば設計図が売り出され、特許料が入ってくる。
魔道具師が魔道具を作る際、そういった誰かが発明して引いた設計図を買う。それにしたがって魔道具を作って売るのだ。その際、設計図に入っている番号を魔道具に刻む必要がある。この刻印がない魔道具は摘発対象となる。
マーカスはたくさんの設計図を見比べながらあれこれ考えた結果、「手袋状の魔道具が使い勝手が良さそうだ」という答えを導き出した。
リオンとデレク、アーロン、ローマンはそれを聞いてそれぞれ考え込む。
「放出した魔力を即座に変換する必要があるからね」
万物が持つ魔力はそれぞれ性質が微妙に異なる。人間、動物、植物、鉱物、それぞれの系統がある。
人はあらゆる魔力の組み合わせを調べてきた。それら魔力同士が干渉し合うこともあれば、反発し合うこともある。混ぜるだけで有害な魔力を発することもある。
魔力を異なる性質に変換することによってそれらの障害を取り除く。それを可能にするのが【魔力変換装置】という魔道具だ。天才魔道具師と称されるハワードが発明した。
実は、この【魔力変換装置】に必要不可欠な素材を、リオンの祖父トラヴィスが発見した。その発見はトラヴィスの名を高め、その後に発明された【魔力変換装置】の開発にも携わっていたという。
マーカスはこの【魔力変換装置】の改変とともに人体の一部に装着する物品を考案しなければならない。なんでも小型化するのは大変だ。そして、新たな素材と結合させることも容易ではない。
「指ぬき状でもいいが、手自体を覆ってしまう方が無難かな」
途中で指から抜け落ちでもしたら、とたんに火傷の危険性が跳ねあがる。
マーカスの言葉にデレクが同意する。
「そうですね。作業をするにはそれが良いでしょう。こうなってみると、リオンが発見したものが<ゴム>の木の変異種だというのは具合が良い」
身に付ける上に繊細な動きを可能にする魔道具を作るには弾力性がある<ゴム>と似た特色を持つのならばうってつけだ。
「しかし、<ゴム>製の手袋に魔力回路をくっつけるのには無理がありますよ? もちろん、<ゴム>の木の変異種でも、手袋状に加工してみせます。しかし、そんなものにくっつけられるような薄くて超小型の【魔力変換装置】の部品なんざ、作れっこない」
黙ったまま腕組みする父に代わってローマンが言う。
マーカス工房の本業は金属を主に取り扱うが、物づくりの基本を知っているから、やろうと思えば作れる。しかし、大量生産や試験を繰り返すには器材が足りない。
「うちも金属一本に搾ろうかっていう話も出ているんだ」
どうしたって、大手の工房には資金力で敵わないとローマンは眉尻を下げる。
「そのことだがね、ドムさんのところなら、できるんじゃないかと思っているんだ」
眉をしかめるローマンに、デレクが言う。とたんにローマンとリオン、マーカスがぎょっとする。
「ドムさんといえば、あの加工屋の?」
「でも、あの人って腕は一流だけれど、その、アーロンさんを、」
「親父になにかと突っかかって来る加工屋だな」
マーカスとリオンが言いにくそうにするのを、ローマンが呆れた表情で補足する。
「カーディフでも一、二を争う加工屋だね」
協力を取り付けるのにこれほどの技術の持ち主はいないとデレクが主張する。
「俺が頭のひとつでも下げれば済むんだったら、今からでも行ってくる」
「そうしてくれますか」
アーロンはこだわらない様子で、デレクがにこやかに言う。
気を揉むリオンたちを他所に、早い段階で腕の良い加工屋の協力を取り付けようとデレクとアーロンはドムに会いに行った。
ドムの加工屋はアーロンと似たり寄ったりの規模、人数の工房を構えていた。
工房の職人たちは、「あの」デレクが、親方が毛嫌いしているアーロンを連れて乗り込んできたのに何事かと仕事が手につかない様子で注目した。
工房主のドムはローマンよりも少し年上で大柄で筋骨隆々としており、目がぎょろっとしていて声も大きい。
デレクがかいつまんで事情を話すのを、腰に拳を当てながら黙って聞いた。
「———そうか。あんたら、家族にないがしろにされている女の子のために、発見した新素材の情報をさらけ出して、ふだんの仕事の上に開発までしようっていうのか」
「そうです」
「よろしく————」
デレクが同意し、続いてアーロンが頭を下げようとするのに、ドムは待ったをかけた。
「おっと、待ちな」
ドムの工房の職人たちは親方がなにか仕掛けるのかと、一斉に息を呑んだ。アーロンは悔しいけれど、カーディフだけでなくペルタータ島、いや七つ島でもトップクラスの加工の技術を持つと言われている。いずれは自分たちも追いつく予定だから、今はまだ、だが。
「名の知れた加工屋のアーロンさんが頭を下げる必要はねえ」
「「「??!!」」」
職人たちはどういう意味かと首をひねる。
「決めた。俺もデレクの提案に乗る。きつい状況の女の子に救いの手を差し伸べようってんだ。しかも、駆け出しだかなんだか知らねえけど、採取屋が発見したものの機密を手放そうとしている。そりゃあ、加工屋のはしくれとして噛まずにはいられねえな。しかも、魔道具師が新発明をする予定なんだろう? よくぞ俺のとこに話を持ちかけてきてくれたってものだ。ということで、あんたが頭を下げる必要はねえよ」
職人たちは悟った。
自分たちの親方はアーロンに張り合っていただけで、嫌っていたのではなかったのだ。むしろ、頭を下げさせたくはないのだ。
「あれだな、憧れの人は高みにいてくれなきゃってやつ」
「だな。そんでもって、自力でその高みに上り詰めてやるってやつだ」
「それでこそ、俺たちの親方だ」
「おっしゃ、やるぞ!」
「「「「おうっ」」」」
大体、加工屋の職人はこんな感じであり、アーロンの工房の者たちと似たり寄ったりだ。特に尊敬できる親方の下についた者は。
デレクは大方こんなことだろうと予想をつけていたが、アーロンは目を白黒させる。
「で、俺たちは薄くて超小型の【魔力変換装置】の部品を作ればいいのか?」
「それなんですけれどね、まだ魔道具の素案もできていない状況でね。というか、新素材の研究を並行して行うんです」
「なんだ、まだまったくなにもない状況じゃないか」
「そう。まだ真っさらです」
呆れるドムにデレクはしらりと頷く。そして。にやりと企む笑みを浮かべる。
「その方が楽しいでしょう? 一から自分たちで調べてどんなものにでもしていく」
ごくり。
誰かが生唾を飲みこむ音がした。そのくらい、しんと静まっていた。
唐突に金属と金属を打ち合わせるような割れた音がする。ドムが大声で笑い出したのだ。
「いいねえ! 加工屋冥利に尽きるってもんだ!」
「しかも、アーロンさんたちと共同でできる」
「よろしくな」
すかさずデレクが言い、アーロンが手を差し出す。その分厚くところどころ爪が割れた手を、ドムがじっと見下ろした。ゆっくり出したドムの手が震えていた。だが、ふたりの手はがっしりと握り合わされた。
そこでまた、職人たちが雄たけびを上げる。
「よし、野郎ども! 俺はちょっとばかり、このアーロンさんの工房へ行って話を詰めてくる。それまで大車輪で通常業務をこなせ!」
「任せてください」
「さっさと仕事を終わらせて新開発に取り組めるようにしておきます!」
野太い声援を受けながら、デレクとアーロンはドムを伴って来た道を戻った。
さて、なにかと突っかかって来る加工屋のところへ行くと言って身軽に出かけて行ったデレクとアーロンが、その工房主ドムを連れて戻って来たものだから、リオンたちは驚いた。
アーロンのところの職人たちに呼ばれて駆け付けたリオンとマーカスは、工房で頭を付き合わせ、ああでもないこうでもないと言い合っているローマンとドム、ときおり口を挟むアーロンの姿を目の当たりにした。
「なにがどうなったんだ」
「ありがたいことだね」
ほっと安堵するマーカスに、リオンは腑に落ちない気分になりつつも頷く。
「ああ、来たか、ふたりとも。———そちらは?」
リオンはひとりではなく連れがいた。見知らぬ者にデレクが怪訝そうな表情になる。
「学者のネイサンさんだ。爺さんに頭を下げて素材に詳しい人を紹介してもらったんだ。爺さんにも事情を話したんだが、良いよな」
ネイサンから話を聞いているときにアーロンの職人が呼びに来たから、紹介するちょうど良い機会だと伴ったのだ。
ネイサンもまた、名高い加工屋に会えるとあって、ふたつ返事で同行した。
「さすがはトラヴィスさん。ネイサンさんと言えば、その道で名の知れた学者さんだよ。確か、北の大陸からいらしたんじゃなかったかな」
情報の早いデレクはネイサンを知っていた。デレクからしてみれば、そんな人物と既知を得ているリオンの祖父がすごいのだ。
「そうなんだ?」
リオンは祖父はうってつけの人材を紹介してくれたのだと知る。
「北の大陸から来たのはそうですが、名が知れているかどうか。ただ、新素材の調査研究なんていう滅多にない機会に参加させていただけるのだから、全力で取り組みます」
ネイサンはさらに、技術力の高い加工屋が加わる魔道具開発にも興味を示しており、そちらの協力も約束した。
「願ってもないことです」
彼もまた、よくぞ自分に声を掛けてくれたと喜んでいた。こうして、魔道具開発の新しい仲間が集まった。




