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そう考えたことはあった。けれど、ほかの人から聞かれたのは初めてだった。
大分後になって分かる。子供であるルシールの責任者、難しい言葉で言うと保護監督権を持つのは両親だ。マーカスやリオン、デレク、アーロンたちがどれほどよくしてくれても、どんなに心配しても、なんの権限もなければルシールの生活に影響するようなことはできないのだ。
だから、そのとき、マーカスが言ったのは相当な覚悟が必要だっただろう。けれど、その言葉が、ルシールを救ってくれたのだ。そのときだけでなく、そのずっとずっと先まで。
「魔道具師になるかい?」
妹に髪を切られ、家を飛び出してきたルシールを温かく迎え入れてくれたマーカスがそう聞いた。
「なる」
答えたとたん、ルシールは変わった。自分の中のなにかが変化したと分かった。なにがどうとは言えないけれど、それまでのルシールではなくなった。
七つ島は温暖で豊かで、だからこそ、諸外国の干渉を受けないために、総督の権限は強固なものでなければならない。ルシールは家でも学校でもそう教わってきた。
そして、ルシールの家は総督の傍流の血筋だ。総督のような権限はまったくない。だとしても、傍流家も他の島の傍流の家と縁づかなければならない。けれど、それは兄や妹で十分だろう。自分に関心がないのならば、ルシールは自由に行動できる。いや、学校を卒業したら自分で生きていける力をつけなければならない。
あと五年もない。はやる気持ちを抑える。まだ大丈夫。専門分野に分かれる第四学年にまだ間に合う。
なんとなく、傍流家の女子が履修するような家庭に必要な料理や礼儀作法といった授業をとるものだと思っていたが、その考えは捨てる。
「マーカスさん、わたし、第四学年になったら、魔道具師になるのに必要な専門分野を履修することにする」
ココアが入っていたカップを空にして、ルシールは顔を上げた。
「その辺はリオンとも相談しよう。わたしのときとは授業内容は大分変わっているだろうからね。差し当たって、魔道具師に必要なことをわたしが少しずつ教えてあげよう」
「本当?! ありがとう」
ルシールはぱっと笑顔になった。泣きすぎたからか、頬がひきつる感覚があったが、気にならない。
目標を持ったのだ。必ず成し遂げる。そのために努力しなければならない。
それとなく帰宅を促すマーカスに、もう少しここにいたいと頼むと、快諾された。まだ家に帰りたくなかったルシールはほっと安堵する。
あまり調理が得意ではないというマーカスは正月用に買いだめしておいた料理を温め、いっしょに食べた。魔道具のことを話しながらマーカスとする食事はとても美味しかった。
片付けをするためにしか入らない作業部屋に入れてもらい、あれこれと話を聞く。
「とは言っても、ルシールは魔道具についてもうすでにいろいろ知っているだろう?」
「うん」
ルシールは【ンメェェのノート】を開いてみた。
「からくりの仕組み、オートマタ、————そうそう、たくさんねじがある場合は隣を締めるんじゃなくて、対角線状のを締めるのよね」
「そうだよ。メモしたところは食べられないで済んでいるようだね」
「後ろの方の白紙が千切られていたわ」
【ンメェェのノート】は、ごくごく稀に白紙の一部が齧り取られているという可能性もある。
「魔道具のキモは魔力回路だ。そしてその回路がほかの仕組みとうまく連動することが肝要だよ」
言って、マーカスは鍵付きの棚から平たい箱を取り出した。以前見せてくれた<夢みる水晶>が入っている箱だ。マーカスは仕切りの中の別の鉱物を指さした。
「これが<閃く透菫青石>だ」
半透明にところどころスミレ色と青の色が入っている。
「<閃く透菫青石>は魔力流れの堰とも言える部品を作るのに使われるんだ」
魔力が流れる量を調整するのだという。
次にマーカスが見せてくれた魔力回路は小さなものだった。ルシールの両てのひらに乗るくらいだ。それは薄い金属板の上に作られた小さな世界だった。迷路のように入り組んだ道筋、ふた又に、三叉に別れ、弧を、波を描く。
「わたしはね、ときおり、この回路が魔法陣の役割を果たしているんだと思うよ」
「それって、魔法?」
魔法。魔法使いなどという存在はおとぎ話にしか出てこない。ルシールはマーカスの顔をまじまじと見つめた。
マーカスは片目をつぶってみせる。
「そうだよ。魔道具の中には魔法が詰まっているんだ」
流した魔力がこの回路を辿ることで、法則に則った紋様を描く。そうして、任意の事象を呼び起こすのだ。
魔道具師は、この回路を作りそこへ魔力を流すことで魔法を使っている。
そう思うと、ルシールはとてもわくわくとした。
「この通りに部品を組み立てるだけではうまく作動しないことがあるんだ。魔力の流れを微調整してやる必要がある」
どこが不具合を出しているか、分からないことなどしょっちゅうなのだという。
「部品の締め付け具合を少し緩めてやるだけで良かった、なんてこともあるんだよ」
言いながら、マーカスが<閃く透菫青石>が用いられている魔力回路の導入部に指を添え、魔力を流す。その部品がうっすらと青紫色に光る。
「わあ」
「やってみるかい?」
「うん!」
マーカスがルシールの方へ魔力回路の薄い板を押しやって近づけた。
そっと指先を近づけ、魔力を放出する。
バチッ!!
鋭い青紫色の火花が散る。まさしく光が閃いた。
「っ!!」
するどい痛みが走り、ルシールはばっと手を離す。
「大丈夫かい?!」
マーカスが慌ててルシールの手を取る。
見れば、指先が火傷したようになっている。
「ルシールの魔力と魔力流れの堰の部品が持つ魔力とが反発したんだ」
「そんな、」
呆然とつぶやくルシールの肩をやさしく撫でたマーカスは「手当をしよう」と言って薬箱を取り出し、薬を塗って包帯を巻いてくれた。
「ピンセットで摘めば良いよね?」
手当を受けながらルシールがすがるように言う。
「いや、魔力を流し、圧力を感じながら微調整する必要があるんだ」
動力である魔力を貯蔵する魔力溜器、それに連なる魔力回路。その一部、魔力が流れる量を調整する部品だ。ホースの端をつまんだら圧力によって水が勢い良く出る。これと同じだ。魔力の流れが強くなる。
「その、こういうことは稀にあるんだ。その人の持つ魔力と<閃く透菫青石>が反発し合うんだ」
「そうなるとどうなるの?」
マーカスは答えに窮した。それだけで、ルシールには結論が分かった。
「そっか。わたし、魔道具師にはなれないんだね」
ぽつんと落ちたルシールの言葉に、しんしんと部屋の冷えを感じながら、マーカスは答えることができなかった。




