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シンシア魔道具工房務め魔道具師ルシール宛てに魔道具師協会から書面が届いた。
「協力要請じゃない?」
簡素な封筒を見ながらシンシアが言う。
クレアやデボラ、アイリーンが言っていたことを思い出しながら、ルシールは封を切る。
「魔道具師になり立てなのに協力要請があるのね。まあ、早々に魔道具の新発明をしてしまうのだから、順当なのかしら」
それも、ふたつの総督府との取引き実績がある魔道具だ、とシンシアが二度三度頷く。
「これ、」
文面を読んだルシールは当惑しながらシンシアに見せた。
「あら、サルベージされた魔道具の調査依頼?!」
今、カーディフを賑わせているサルベージはとうとう成功した。だが、船体はほとんど残骸のようで、乾ドッグに曳航するまでの間もぼろぼろといろんなものが剥がれ落ちて行ったのだという。
「新人魔道具師に依頼する仕事ではないわねえ」
シンシア曰く、協会がこんな依頼をしてくる魔道具師だから、今後は若手交流会に参加するに及ばないだろうと言った。若手交流会に参加しても協会としては加点しないだろう。
「協会から一人前だと宣言されたも同然ね」
一人前かどうかは分からないが、もうルシールは新人魔道具師だからという言い訳は通用しないのだと悟る。
ともあれ、シンシア魔道具工房に務める魔道具師として協会の義務をひとつ果たすことになると思い、この依頼を受けることにした。
なにより、海から引き揚げられた船にあった魔道具だ。どんなものだろうかと期待が高まる。
サルベージした船はいつの時代のものだろう。まさか、歴史を覆すような世紀の発見があるのでもないだろうが、もしかすると、教科書に記載されるような事実が見出されるかもしれない。船乗りたちが使っていたものか、それとも、販売するために運んでいたものか。
もしかすると、【ニャーニャの害虫捕獲機】のようなものかもしれない。そう考えたとき、ルシールはヘンリクとタルモのことを思い出して胸がちくりと痛んだ。
ふたりとは昨年末から会っていない。ヘンリクが謝罪しに来たきりだ。結局、キャラハンへ向かうのに船に乗せてもらうこともなかった。
誤解が解けたとはいえ、もう七つ島を離れているかもしれない。
ヘンリクとタルモもそうだが、エルもまた、連絡手段がない。彼らと会おうと思ってもどうしようもないのだ。
ルシールはなんだか言いようのない寂しさを覚えた。彼らは時折会うだけの、店員と客という間柄でしかないのだ。
ルシールは昼食を摂りに工房を出て、そんなことをつらつらと考えながら歩いていた。
「ルシール、食事か?」
「オスカーさん」
通りの向こうに立っていたオスカーがこちらへやって来るのをぼんやり見ながら、ルシールはオスカーに関しては市庁舎に行けば会えるのだと思った。ヘンリクとタルモは船乗りだ。では、エルはなにをしている人なのだろう。
「聞いたよ。あの魔道具は開発に成功したんだな。おめでとう」
「ありがとうございます」
ルシールの発明は魔道具師協会発行の雑誌のほか、新聞にも掲載された。シンシアが何部も買って工房に飾っている。そしてそれは、デレクの素材工房やアーロン、ドム、グレンの加工工房でも同じくだった。
「俺、休憩時間に何度も読み返している!」
「お前、自分で新聞を買えよ」
「買ったよ。でも、あれは保存版なの!」
などと加工工房の職人が話しているのを、開発に関することで訪問したルシールは見聞きした。
「レアンドリィ総督府とレプトカルパ総督府との契約を取り付けたそうだな。ペルタータ島でも導入できたら良かったんだが」
「その節は時間を取って下さってありがとうございます」
市庁舎の窓口でたらい回しにされた後、結局話を聞いてもらえず、オスカーを頼った。上層部の了承が得られず、ペルタータ島での普及の話は立ち消えた。それでも、俎上に載せられて断られたのだから、諦めもついた。
「オスカーさんがいなければ話すら聞いてもらうことができなかったです」
そのことをどう対処するかで無用の時間を取られてしまっただろう。
「そうだ、発明の祝いにごちそうさせてくれ」
「そんな、」
「この店はタチウオが美味くてな。卵や白子、肝も扱っているんだ。それと、聞いたことがあるかな」
ルシールはエルのときと同じだと思いつつ、「タチウオのフィッシュボーンチップス」というのに興味をそそられ、ついオスカーについて店に入ってしまった。
「タチウオは淡泊だが美味い。魚の塩焼きではトップクラスだ」
「そんなにですか?」
「この後仕事がなければ、アルコールも飲むんだがな」
「オスカーさん、お酒、好きなんですか?」
「それほどではないが、この店ではついつい過ごしてしまうんだ」
そのくらい、魚、特にタチウオ料理が美味しいということなのだろう。
タチウオの塩焼きとタチウオの肝のパテ、そしてタチウオ卵のガーリックバターパスタを頼んでシェアすることにした。
「それと、タチウオのフィッシュボーンチップスをください」
「そんなに食べられるか?」
「大丈夫です」
ルシールは力強く言い切り、オスカーは面食らった後、くすりと笑った。
ルシールからしてみれば、もし仮にオーダーを取りやめるのならば、それはタチウオのフィッシュボーンチップス以外のなにかだ。
タチウオの塩焼きは両面こんがりと焼かれており、あっさりとした塩味が非常に美味だった。
「あれ、意外と骨が少ない」
「料理人が手間暇をかけてくれているんだ」
ルシールが思わず言ったことに、オスカーが応える。
ヒレから繋がる骨と、えんがわの退化した骨が残っているため、タチウオは小骨が多いと言われる。
ヒレの上に切り込みを入れ、裏返して同じく切込みを入れ、小骨を引っ張り取る。ヒレごと骨を引き抜く。この作業を行うことで小骨をほとんど取り除くのだ。
タチウオの肝のパテはねっとりとしてやや硬めだ。マルサラ酒とハーブソルトが利いている。
タチウオ卵のガーリックバターパスタは極細のカッペリーニが用いられている。
「パスタは細い方が卵がからむそうなんだ」
マッシュルームが加えられている。白ワインとブラックペッパーの風味が豊かだ。
タチウオづくしはどれも美味しかった。この時点で結構お腹はいっぱいだ。
だが、ルシールのメインはこれからだ。
「タチウオのフィッシュボーンチップス、パリパリ感が違います」
「骨を干してつくるんです」
ルシールの食べっぷりに感心したのか、店員が教えてくれた。
湿度の低い日に、風通しの良い日陰で乾いてカリッとするまで干す。
「夜は取り込んで冷蔵庫へ入れています」
「手間がかかっているんですね」
食べごろになったら超弱火で長く炙る。
「炙る時間は季節や個体によって脂の含有量が違うのでそれに合わせて調整します」
「すごいな」
「本当ですね」
「お客さまに美味しいと言っていただけると苦労も報われます」
名店の素晴らしい気構えだ。
ルシールはこの店にはリオンとまた来ようと心に決めた。
「ご馳走様でした」
ルシールは店を出てオスカーに改めて礼を言った。
「いや、わたしも店員から有用な話を聞けて良かった」
塩焼きの小骨を取っていることは知っていたが、それ以外にも相当な心づくしがなされた料理を提供していたのだ。
「今度は夜に来よう」
そうしたらアルコールが飲めるというオスカーに、ルシールはどう断ろうかと困惑した。
リオンはルシールが外でアルコールを飲むのをあまり歓迎していない風だった。この店は家からそう遠くはないから専用馬車など使う必要もない。だが、たぶん、そういう問題ではないのだということはなんとなく分かった。
けれど、店を教えてくれ、ご馳走までしてくれたオスカーに「夜は恋人と来ます」というのはあまりな言葉だ。
そんな折、飛び込んできた言葉は、ルシールを救うものか、あるいはそうではないのか。
「オスカー、その女は誰なの?!」
長い縮れた金髪をうなじでひとつに括った青い瞳の女性がつかつかとやってくる。
「ちょっと、あんた、人の男になに手を出しているのよ!」
「アニタ、止せ。彼女とはなにもない。ただ食事をしていただけだ」
オスカーは激昂するアニタから、素早くルシールを庇う。
「なんだ、わたし、てっきり」
とたんに勢いが収まる。
「じゃあ、ここで」
オスカーは激昂しやすいアニタをそれ以上刺激しないよう、ルシールが記憶に残らないようにすぐに別れることにした。慎重に名前を呼ばないようにしながら。
ルシールは戸惑いながらも、その場を立ち去った。




