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 採取屋は危険や困難に平然と向かうことから、なにものにもとらわれない、陽気な性質の者が多い。職業柄、アウトドアやコミュニケーションを得意とする。好きかどうかは別にして、それができなくてはならないのだ。


 身体を動かすことを(いと)わない。冒険心があり探検を好む。見知らぬ街へ行くと隅々まで歩いてみたくなる。どこになにがあるか知りたがる。好奇心旺盛だ。あるいは一攫千金を狙う者もいる。


 一方で、面倒くさがりな者もおり、手っ取り早く稼ぎたがる。そして後はのんべんだらりと過ごしたがるのだ。この種の採取屋は女性の世話になりながら暮らすこともある。


 リオンはそういった採取屋を知っていたから、自分はそうならないように、ルシールの家に入り浸らないように心がけていた。そうでなくても、なにかしたいと常々思っている。それが押し付けにならないように腐心した。

 ルシールはだらしない男を嫌いそうな気がした。だから、一線を画しておきたい。


 ウォータースポーツが終わった後、みなで落ち着いた居酒屋で採取屋仲間にそう言うと、にやにや笑われる。

「わかる! あの子、真面目そうだもんな」

「うんうん。自分が真面目だと不真面目なやつって腹が立つって言うもんな」

「だろう? それに、俺はちゃんとしていたいんだよ」

 魔道具師となったルシールはそう遠くない未来に工房を持つだろう。そうなったとき、ちゃらんぽらんな人間だとしたら、釣り合わない。


「あー、それで女遊びはしないのかあ」

「言い方に気を付けろ!」

 リオンはすかさず言う。それでは自分が女遊びをしたがっているかのようではないか。

「口に出すぐらい、いいじゃんよ」

 変な噂が立つのは避けたい。ルシールに誤解を与えないためにも、清廉潔白でありたい。


 それと同時にリオンは今、心底、実績が欲しい。それも、ふたりの総督が認めるだけの実績だ。

 以前は祖父に認めさせたかった。今は傑物の総督ふたりだ。こちらも手ごわい。


 レアンドリィ総督は寛容ではないが、一般市民というものをよく知っている。だが、クリフォードは自身が才能あふれるがために基準値が高くなるのと同時に、姉と呼ぶルシールの恋人への見方が非常に厳しいものとなることは想像に難くない。


 クリフォードは「弟」という立場で永遠にルシールとの関係を結んでしまったのだ。

 それは身体を重ねることはない関係性だ。けれど、愛情の行き違いでこわれてしまうことはない。

 姉の「ような」存在という曖昧な中で柔軟に濃密さを変えることができる関係性だ。


 そして、ヒューバートもまた、愛する妻のために子供を持つことを諦めた。その彼をして「わが娘」と言わせるのだ。


 そんな総督ふたりに認められるのは生半なことではない。でも、どうしてもルシールを失いたくない。

 一度はあきらめた。そして、隣に立つ権利を手に入れた。

 一度手に入れてしまえば、二度と失いたくないと思う。以前は知らなかったからあきらめることができたのだとも思う。




「ルシールさん、すっごく賢いよ」

 ジャックが自分のボードを見ただけで波に乗る仕組みを理解したと、隣に座る採取屋仲間に興奮気味に話す。


「へえ、ルシールさん、魔道具師なんだ」

「スコット、親父さんからもらった道具を見てもらったら?」

 ジャックが無邪気に言う。

「いや、これ、大分古いからさ。どこの魔道具工房や加工工房に持って行っても部品がないって言われた」

「アーロンさんかドムさんに頼んでみる?」

「え、アラン、いいのか?」

 アーロンもドムもカーディフで最も優れた加工屋であり、中堅どころの採取屋でも取引を断られることが多い。彼らが狭量なのではない。すべて受けていたら追いつかないほど問い合わせが殺到するから、取引きを絞らざるを得ないのだ。

 だから、そんなアーロンやドムの加工工房の門扉をくぐることができるアランやリオンは一目も二目も置かれる。


「聞くだけなら」

 アランの言葉に、そういうことなら、とスコットが懐から道具を取り出す。

「大分年季が入っているね」

「親父が現役のころから使っているからな」


 アランはスコットに断って、ルシールが座る席に移動し、道具を渡す。スコットも、そしてなぜかジャックも移動して来た。イスを持ち運んで来た採取屋が三人も増えたものだから、そのテーブルは過密状態となる。

 そこにはルシールたち女性三人とルイスが座っていた。


 ルシールはスコットの了承を得て、角度を変え、()めつ(すが)めつした。

「ああ、これは、ここの部品が摩耗しているのね。それに、ここも消耗が激しいわ。ここのは定期的に取り換えた方が良いかもしれない」

「え、魔道具師って魔力回路以外も分かるもんなの?」

 スコットは思わず身を乗り出した。視界の端にジャックの「ほらな」という得意げな顔がちらちら見えるが、それよりもルシールの言葉が気になる。


「ある程度知っておかないといけないから、勉強中なの。たしかに、この部品は古いけれど、見たことがあるわ。ええと、そう、ドムさんのところだったと思う」

 ルシールは記憶を探る。ドムの加工工房も整理整頓がなされているから、思い出すことができた。

「マジ?! アランさん!」

 ルシールの言葉に、スコットはばっとアランの方を振り向いた。

「おうよ。今度行くか」

 いつもはつけない敬称をつけて呼ばれたアランが笑いながら頷く。


「ここの部品を付け替えるだけでも動くけれど、ここも代えてもらった方が良いと思うわ。両方取り換えてもそんなに高くないと思う」

 今にも店を出て行きそうなスコットにルシールは続ける。

「動くのか!」

 スコットの目が輝く。


「ええ。筐体(きょうたい)もきちんと手入れしているし、元々、しなやかな木材だから、使えるわよ」

 昔のものでもしっかりした素材、仕組みでつくられたものをきちんと手入れしていたら、長く用いることができる。


「良いものを見せてもらったわ」

 ルシールが感嘆のため息をつくのに、周囲の採取屋は目配せする。冒険心がある採取屋ではあるが、命が惜しいわけではない。だから、命綱ともなる道具にはこだわりがある。そのことに敬意を持って対する魔道具師に、採取屋もまた尊敬の念を抱いた。


 リオンは空気が変わったのを敏感に察しつつ、これだからな、と思う。こうしてルシールはその知識や心構えでもって、様々な者に好まれるのだ。特に、心に確固たるものを持つ者に顕著だ。

 ルシールのことを頼もしく感じつつも、ほかの者に好まれるのは良いのだが、そこに付随する様々なことが煩わしく思えてしまう。


「念のために、部品を交換したら、ルシールちゃんに魔道具回路込みでメンテナンスしてもらったら?」

「え、ルシールさんってもう修理も受け付けているの?」

 まだ若い魔道具師なのに、とスコットが驚く。


「ルシールちゃんは見習いのころから修理も魔道具作成もやっているよ」

 アランがえっへんと口で言って胸を張る。

「なんでお前が自慢するんだよ」

 スコットが眉をひそめる。


「子供のころから可愛がっている子が立派になったおじさんの気分なんだよねえ」

 空いたグラスや皿を隅に寄せていたルイスが笑う。

「おじさんって! 俺、まだ二十代だよ! なんてこと言うの? ルイス、俺に対してひどくない?」

「気のせい、気のせい」

 ルイスは軽く言ってビールの入ったジョッキを煽る。

「二度言うのは嘘って相場が決まっているんだよ!」

「嘘じゃないよ。適当なだけだよ」

「ルイスは適当に見えて実はしっかりちゃっかりしているんだよなあ」

 スコットの言葉にジャックが「それな」と同意する。

「ふふん。俺は採取屋だからね」

 ルイスは得意げに鼻を鳴らしてみせた。




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