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「ねえ、あれって、」

「ちょっと、あれはねえ、」

「すごいわね」

 ウォータースポーツ観戦に集まって来ていた女性たちが口々に言う。

 その中を悠然とした足取りでやって来たのは、艶やかなボブカットの黒髪、黒い瞳のアビゲイルだ。

 トップスとボトムスが分かれたツーピースの服を着ているが、腹と腿が大胆に露出している。男性たちの視線が釘付けになる。


「既婚者なのに、あの格好はどうなの」

「あら、離婚したのでは?」

「だったら、離婚したとたん、「ああいう」格好をしているってことなの?」

 ルシールの耳にも女性たちのささやきは届いていた。ああいうのがどうか分からないが、スタイルが良い。

「羨ましいわ」

「え、ルシール、ああいう格好をしたいの?」

 ルシールの呟きを拾ってリオンが慌てる。

「ううん、わたしには無理よ」

 即座に否定するルシールに、リオンが胸をなでおろす。


 ルシールの体型は自分だけが知っていれば良い。ただでさえ、容姿に優れ才能がある者たちを惹きつける恋人だ。これ以上、注目されないでほしい。現に、ジャックともずいぶん親しくなっていた。

「ルシールさんって頭が良いんだな」

 と感心していた。


 ボードなど初めて見るスポーツであるというのに、その器材を見たらどういった仕組みかを類推することができる。そして、だからこそ、自身の関心のあることに興味を持って有意義な言葉を発するルシールに、みな惹かれるのだ。


 リオンの恋人は魅力的だ。浮気は決してしないけれど、自身の魅力に気づいていないところが、リオンをやきもきさせる。だが、自分以外と親しくするななど口が裂けても言えない。ルシールが幼いころから家族に制限を受けて来たのを見聞きして来たのだから。


 悶々と考えるリオンに、アビゲイルが近づいていた。

「ずいぶん人が集まっていると思えば、やっぱりリオンがいたのね?」

 アビゲイルは笑いを含んだ声で真っ先にリオンに声を掛けた。

 まるでそれは、自分が第一声を誰に与えるか、男性たちが心待ちにしているかとでも言うかのようだ。


 だが、リオンは首尾一貫してそっけない。

「なにか用か?」

「そうね。わたしにもボードを教えてもらおうかと思って?」

 仕方がない人ね、とばかりにアビゲイルは小首を傾げる。


「悪いが、ほかを当たってくれ」

 リオンはそれどころではなかった。魅力的な恋人から目を離したくないのだ。

 ルシールがアビゲイルのような露出の高い格好をしたいというのではなかったのは喜ばしいことだ。なるべく、ほかの者の目を惹かないでほしい。

 ほかの男性ならば、「自分の前でだけああいう格好をしてほしい」と思うかもしれないが、リオンはルシールならどちらでも良い。


 そして、自分にはああいう格好は無理だと言ったが、そんなことはない。ルシールもスタイルが良いと言いたかったが、なにしろ、周囲には人が大勢いる。耳目を気にしてフォローすることができないのが歯がゆい。


 さて、アビゲイルの見事な肢体にまったく関心を示さないリオンに、ファンの女性たちは胸がすく思いだった。

「男って遊ぶ女ならああいうのがいいけれど、結婚するなら真面目ちゃんのような感じの子を選ぶのよ」

 つい先ほどまでルシールをやっかんでいたのに、あっさり手の平を返す。


「自分で嫌味を言えば良いのに、他人を比較に持ち出すなんて。しかも、言い方がなんだか嫌な感じ」

 やりきれないミラベルを、ナタリアがなぐさめる。

 ミラベルの懸念は当たってしまった。


「確かに、特定の男が好きそうな感じの子よね?」

 アビゲイルはルシールを見ながら意味ありげに笑う。

 ルシールは「だから、ダルトンに付きまとわれたのか?」と考えずにはいられなかった。

 でも、元婚約者(アドルフ)の眼中になかった。

「好みの違いね」

 ルシールはそう結論付けた。


「あら、余裕なのね?」

 ルシールは心から思ったことを言ったのだが、アビゲイルはそうはとらなかった。

「リオンは「特定の男」だってことかしら?」

 自分で言った言葉が嫉妬の炎をより一層大きく燃え上がらせる。


「少なくとも、ルシールは俺の好みだよ」

 リオンが爽やかにフォローを入れる。

「「「きゃーっ」」」

 女性たちから黄色い声が上がる。

 アビゲイルは眦を吊り上げたが、肉感的な唇をゆがめただけでそれ以上の言葉は出てこなかった。言葉を発したとしても、女性たちの悲鳴じみた歓声にかき消されただろう。


「ちょっとギャラリーが多いな」

「移動する?」

 アランが呆れたように周囲を見渡し、ルイスが首を傾げる。


「ルシール、疲れていない? お腹空いている?」

 リオンはマイペースでルシールを気遣う。

「この流れだとみんなついて来ちゃいそうだよな」

 リオンがどこか店に入ろうとしているのを察してアランが言う。

「俺とルシールは抜けるから」

「いやいや、リオンにみんなついて行くんだって」

 今度はルイスが呆れた顔をする。目立つリオンを逃してくれるはずもない。


「とにかく、テントを片付けるか」

「これ、誰の?」

「俺とルイスが手分けして持って来た」

 わいわい言いながら片付け始める採取屋にアランが言う。


「そうだったのね。ありがとう、アランさん、ルイスさん」

 ルシールは礼を言う。

 先だっての河原でのバーベキューの器材も採取屋から借りたとリオンが言っていた。

「ううん。なんか、ごめんね。みんなリオンが大好きだから、遊んでいたら集まってきちゃうんだよ」

「ルシールさん、初めて見るからびっくりしたんじゃない?」

 アランとルイスが気遣う。


「ずいぶんわたしたちへの態度と違うじゃない、アランにルイス」

「過保護ね」

 ミラベルとナタリアが揶揄(からか)う。

「俺もルシールちゃんが小さいころからの付き合いだからなあ」

「俺はリオンとアランのが移った」

 アランとルイスが顔を見あわせる。


「ルシールさんは良い子よ」

「そうよね」

 ミラベルが言えばナタリアも頷く。

「ただ、ウォータースポーツよりもそれをする道具に興味を示すのよね」

「ジャックと話し込んでいたわね」

「わたし、リオンが不憫になったわ」

「あんなに報われないリオンって初めて見た」

 ミラベルとナタリアが息の合った調子で言い合う。リオンは誰よりもルシールに雄姿を見て欲しかっただろう。なのに、ルシールはそっちのけでほかの男性と話し込んでいたのだ。そして、気になって仕方がない風でリオンがそこに加わった。


「いつもこんな感じだよ」

「え、ルシールさん、ちゃんとリオンのことが好きだよね?」

 アランがにやりと笑うのに、ルシールとボードについて話し込んだジャックがおろおろする。

「え、ええ」

「俺の恋人は老若男女に人気があるからいつもやきもきさせられるんだ」

 戸惑いつつ肯定するルシールに、リオンが苦笑する。


「ルシールさん、結構やるわね」

「大人し気に見えて、実は……?」

 ミラベルとナタリアが面白がり、ジャックがせっせとリオンの優れた点を挙げ始める。ルシールはジャックを良い人ねと褒め、リオンが不穏な雰囲気を醸し出し、ジャックはさらに慌てる。

 それを見ていたアランは腹を抱えて笑い、ルイスがいろいろ悟った漂泊の表情を浮かべる。

 いつの間にかアビゲイルは姿を消していた。


「おーい、そろそろ行こうぜ」

「店、予約しておいたよ。貸し切りオッケーだって」

 片付けを終えた採取屋たちが声を掛ける。手際が良く素早い。

「ああ、ほら、リオン、観念しな」

 アランがにっと笑ってリオンの肩に腕をかける。

「ミラベルとナタリアも行くでしょう? ルシールさんがちょっかいを掛けられないように見ていてね」

 ルイスが無邪気に言う。ナタリアは任せてと請け負い、そんな友人を放っておけなくて、ミラベルも頷くのだった。


「ルシール、疲れていない? 大勢の知らない人との飲み会は気を遣うだろうから、無理そうなら、途中で抜けよう」

「ううん、大丈夫。リオンのすごい話をいろいろ聞かせてもらえるし」

 アランの腕を抜け出たリオンが気遣うのにルシールがそう言う。それでリオンは陥落し、「おーい、飲む前から顔が赤いぞ」とアランに笑われるのだった。





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