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36

 

 ヒューバートとは何度か会って話をしている。だが、それは、エスメラルダという存在を間に介してのことだ。彼が愛妻家だというのは周知のことで、まごうことない事実でもある。

 魔道具師として金銭のやり取りが生じる取引きの契約に(のぞ)むのはまた別の問題だ。


 今回、ルシールが発明しようという魔道具がたまたま、彼が以前から持っていた考えと合致するものだったというだけだ。話を聞くだけで概要を掴み、設置といった必要な特別処理を察することができるほどの人だ。面談では不備を指摘される可能性は大いにある。


「もういっそ、アーロンさんたちに設置もお願いした方が良いのかもしれないわ。でも、そうしたら、価格がさらに高くなる」

 ルシールのような新人魔道具師が設定するには大それた金額になる。だが、総督を納得させるだけの技術は一流の加工屋しか持たない。


「ジレンマよねえ」

 シンシアはしみじみと頷いた。

「でも、今ここで考えていたってしょうがないわ。明日の休みはお友だちとバーベキューをするんでしょう? 仕事のことは忘れてしっかりリフレッシュしておいでなさい」


 そうなのだ。

 かねてからジャネットたちと計画していたカルテットデートをする日だ。

「でも、こんなときに」

「こんなときだからよ」

 そう言ってシンシアはからからと笑った。

 ルシールはやはり自分はシンシアの領域にはまだまだ到達し得ないと妙な感心をするのだった。


 さて、バーベキューの器具はリオンが用意してくれるということで、前日からルシールの家にやって来た。つまり、シンシアに楽しんでお出でと言われたその日だ。

 工房に寄らず真っすぐに家にやって来たリオンは【ブヒヒンの荷車】にバーベキューコンロセットやタープテント、イスなどを積んでいた。いったん、ルシールの家の中に器具を運び入れる。魔道具は専用番号が与えられているから、盗難に遭っても追跡しやすいが、それに載せたこまごました器材は違う。


「ジャネットたちが準備を全部任せるのは悪いと言っていたわ」

「肉をソースに漬け置かなくちゃならないから、仕方がないよ」

 それに、明日はカーディフのすぐ傍を流れる川辺へ行くことになっているので、市場にも近いルシールたちが準備を請け負ったのだ。


「器具は採取屋たちから借りたし」

 ルイスやジャックに声を掛けると我も我もと名乗り出て、同じ器材もあったので丁重に断って来たという。

「採取屋ってバーベキュー器具を持っているのね」

「うん。誰かが持っているから貸し借りしているよ」

「リオンは運ぶのを手伝うの?」

 ルシールは【ブヒヒンの荷車】を撫でながらそう聞いた。

「そんな感じかな」


 ルシールの家の裏手に【ブヒヒンの荷車】を置き、ふたりで市場へ行って明日の肉や野菜を買う。

「甲殻類は脱皮が始まる直前が、身がしっかり詰まっているよ」

「エビも焼いて食べたら美味しそう」

「買って行こうか」

 リオンはこの季節が旬のオマールエビは好戦的だと話す。

「だから、掴まえたら、(はさみ)の腱を切らないといけないんだ」

 そうしないと、互いに殺し合うことになるという。


「オマールエビは料理すると赤い色になるけれど、生きているときはそうではないよ」

 産地の違いが分かるのは、生きているときだけだ。

「ダークブルーのオマールエビは舌がとろけるほどおいしい」

 栗茶色のものは中身が詰まっていないこともあり、味もやや劣る。

「その分、値段が下がる」

 ただ、オマールは冷凍にはあまり向かない。身がスカスカになってしまう。

 リオンは北の大陸に行った際、オマールエビをたくさん食べて来たという。


「ダークブルーのオマールエビを食べさせる店がレプトカルパにあるんだ」

 そのうち行って食べようという。

「オマールエビを食べに?」

「そう。列車に乗ってエビを食べるんだ」

 エビを食べるために別島に行くのかと聞けば、リオンは澄まして答える。

 とても楽しそうだ。


「今日の夕飯はどうする?」

「たまには屋台の料理を買って食べよう」

「良い匂いがするものね」

 美味しそうな匂いは食欲をそそる。

 バーベキュー用の食材を【冷蔵庫】にいったん納めると、ふたりはせっかく買った料理が冷めないうちに食べることにした。

 鶏肉のハーブ焼きが芳香を放つ。この後、明日の下ごしらえがあるから、リオンもビールは飲まなかった。


「シンシアさんはさすがだなあ」

「そうよね。まったく動じない上にチャンスに貪欲で柔軟だわ。見習わなくちゃ」

 そんな風に言いながら鶏肉を頬張るルシールが、総督との取引きという望外の契約に恐れおののいていたことからようやく脱却しつつあるのを見て取り、リオンは安堵するのだった。




 翌日はよく晴れた。

 ふだん通り起きて、朝食をかるく取り、バーベキュー用に買っておいた野菜を洗って切る。

 肉とともに箱に詰め、隙間に袋詰めした氷を入れる。

「夏じゃないから大丈夫だろう」


【ブヒヒンの荷車】にバーベキューコンロセットやタープテント、イスなどを積み直す。

 ルシールはバーベキューコンロを持つのを手伝おうとしたが、昨日同様、リオンに断られた。ひとりでひょいと抱え上げる。

 実は、家でこっそり持ってみようとしたら重くてびくともしなかった。それをひとりで軽々と運ぶことができるのだ。リオンがまとう筋肉は伊達ではないのだなと妙な感心をした。

 それどころか、自分ひとりで運ぶとまで言う。

「女性は支度に時間がかかるだろう?」

 そう言って、ちゃんと帽子や日焼け対策用の上着を用意するようにと言われた。前もって準備していたルシールは手持ち無沙汰になって家の片付けをした。

「バーベキューをする日になにをやっているのかしら」

 我ながらおかしくなってこっそり笑った。


「ルシール、荷物を積み終えたよ」

「ありがとう。戸締りも終わったし、行こうか」

「掃除をしていたの? 勤勉だね」

 力仕事を一切請け負ったリオンがそんな風に言うものだから、ルシールはふたたび笑った。


 カーディフを出て少し歩いたら川にぶつかる。川に沿って上流へと向かう。

「この川って海に流れ込んでいるの?」

「そうだよ。たまにカヤックに乗って海に向かう人がいるよ」

「転覆しない?」

 そんな風に話しながら川べりを歩いた。林に挟まれた道は次第に石が多くなる。

 少し開けた場所に出た。


「ルシール!」

 ジャネットと恋人のアントニーがすでに来ていた。


「早かったのね」

「準備を全部任せちゃったから、設営くらいは手伝おうと思ったの。それに、ライラよりも早く来た方が良いと思ったのよ」

 ジャネットはふたりきりで待たせては微妙な空気になるかもしれないと気を回したのだ。


「やあ、ルシールさん、久しぶりだね」

「アントニーさん、元気そうね」

 アントニーはジャネットの学生のころからの恋人で、ルシールも何度か会ったことがある。茶色の髪をやや長くして後ろで括っている。笑うとえくぼができる明るい人だ。ルシールやジャネットと同じ歳である。


「アントニーさん、リオンよ。……リオン、アントニーさんよ」

 アントニーにリオンは恋人だと告げるかどうか一瞬迷ったが、言わなかった。

「リオンだ。ルシールの恋人だよ。よろしく」

 リオンがさらりと申告するのに、ルシールはやはり言えば良かったと後悔する。リオンは気にしていなさそうだが、内心は分からない。


「ジャネットから聞いているよ。本当にすごく格好良いな!」

 アントニーは嫌味なく明るい笑顔で言う。

「ありがとう。アントニーも人好きされそうな感じだな」

「実家がホテルをやっていて手伝っているから、接客は得意だよ」

「分かる気がする」

 すぐに打ち解けて、【ブヒヒンの荷車】から荷物をふたりで降ろし始める。


「バーベキューコンロは魔道具じゃないのね」

「炭で火を熾すんだって」

 ジャネットがしげしげと眺めるのに、ルシールがリオンから聞いたことを話す。


 リオンに指示されながらアントニーがあれこれ設置するのに、ジャネットがさり気なく邪魔になりそうなものを避ける。さすがの気遣いであり、息が合っている。

 ルシールもなにか手伝おうとするも、リオンに「集まって来た人の対応をして」と言われた。振り向けば、ライラとネリーが連れ立ってやってくる。


「ルシール! ジャネット!」

「待たせちゃったかしらあ」

「ううん」

 ライラとネリーの後から男性ふたりがやってくる。片方はライラの家の家具工房で見た顔だ。


「紹介するわねえ」

「あ、待って!」

 ネリーが話そうとしたとき、ジャネットが飛んできた。

「ジョナスよ。私の恋人。教師をしているの」

「ジョナスです。語学を教えていて、ネリーの五歳年上ですが、おっちょこちょいです」

 薄い茶色の髪と瞳をした小柄なジョナスはそんな風に自己紹介した。


「ブライアンだ。ルシールさんとは以前会っているな。ライラの家の家具工房で働いている。三歳年上だ」

 金髪、うすい緑色の瞳、中肉中背のブライアンがそう言ったのは、ジョナスに合わせたのかもしれない。


「むすっとしているけれど、不機嫌というのではないから」

 ライラがそんな風に付け加える。

「それ、フォローになっているか?」

「なっている、なっている」

 唇をひん曲げるブライアンに、ライラが適当に返す。


「仲が良いわねえ」

「本当ね」

「息がぴったりね」

 ネリーがおっとりと言い、ジャネットがしみじみ頷き、ルシールも以前もこんな感じだったなと思い出す。


「おーい、こっち、手伝ってー」

「あ、アントニーを忘れていたわ」

 こなれた感じはライラと同じジャネットが素早く身を翻す。


「飲み物を持ってくるだけで良かったのか?」

「一応、アルコールとノンアルコールを両方用意してきたわ」

 ブライアンの言葉をライラが補足する。


「器具も肉の漬け置きもこちらで用意しているから」

「至れり尽くせりだねえ」

「腕の良い採取屋が手に入れてくれた珍しいソースよ。楽しみだわあ」

 ジョナスとネリーはふたりともおっとりしている。歩調が合うので相性が良いのかもしれない。




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