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 リオンが呼び止めた女性の方を向いて淡々とした声を出す。ルシールにはやわらかい声音で話すリオンは、採取屋仲間やリオンのファンにはこんな風なのだと、最近知った。アランやルイスいわく、リオンはふだんはこうなのだそうだ。


 仲間内で自分を大きく見せようとか、ついその場の様子に呑まれて、というのがリオンにはない。

 以前は祖父に認められたいと願っていた。

 今では恋人の家族を称する者たちを認めさせる必要があった。彼らは地位に見合う才覚と手腕の持ち主だ。

 リオンは仲間内でどんなに持ち上げられても、まだ足りないという認識から逃れられないでいた。ルシールが彼らと親しんでいるのなら、逃れようとも思わない。


「あいかわらず、つれないのね? まったく熱意がないわ」

 足早になることもなく、ゆったりと歩いてきた女性は身長が高く、リオンと並ぶとちょうど良い身長差だった。


 艶やかな黒髪をボブカットにしていて、やや右側が長い。そんなアシンメトリーさがミステリアスな雰囲気を持つ女性だった。白い肌の中、黒い瞳が印象が強く、唇は肉感的だ。体つきは出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいる。むき出しの腕につけたアクセサリーが陽光を弾いている。

 自身に満ち溢れた女性だ。


「ルシール、彼女はアビゲイル。アビゲイル、ルシールは俺の恋人だ」

「なるほど? 彼女が噂のリオンの、ね」

 少し首を傾げるのが癖のようだ。そして、意味ありげな物言いをするのも。


「ルシールです」

「アビゲイルよ」

 言って、アビゲイルはぽってりした唇の両端を吊り上げた。

「リオンの元恋人よ」

 ルシールはアビゲイルがリオンの「憧れの人」なのだと悟った。


「元気そうでなによりだ。じゃあ、俺たちはこれで」

「素っ気なさに磨きがかかっているんじゃない?」

 笑いを含んだ声で言う。ルシールはもうひとつ、アビゲイルの癖を発見した。なにかと語尾を上げる。


「せめて、里帰りかとか、戻って来たのかとか聞かない?」

「離婚したと聞いた」

「さすがは採取屋。情報が早いわね?」

 アビゲイルはそんな風にリオンの言葉を肯定した。ルシールは唇を噛んだ。リオンのファンが言っていた通り、彼女は独身に戻ったのだ。魅力的な人だ。リオンは心を移すだろうか。

 ルシールが不安になってリオンを見上げると、いつものほほ笑みを向けてくる。


「悪いが、この後用事があるんだ」

「ふうん。じゃあ、またね?」

 アビゲイルは手をひらひらさせて固執することなく行ってしまった。




 ルシールは魔道具開発を考えていた。

 きっかけは、【コンロ】でお湯を沸かしていたときのことだ。ぼんやり眺めながら思考は逸れていく。


 冬にお湯の需要が高まったら、いっそ、【コンロ】で沸かせば良いとアマンダやセルマと話していた。

【コンロ】は【オーブン】に変遷した。

 ならば、お湯をつくる魔道具に変遷させればよいのではないか。各家庭でお湯をつくればいい。


【コンロ】は魔力を動力源とする前身がある。

 木炭コンロだ。

 そこから変遷を経て魔力を用いられるようになった。


 複数の魔力が反応し、異なる魔力を生み出す。あるいはそれによってもたらされる作用。

 魔力流れと魔力圧力の変化。流れと圧力の比。魔力が辿る軌跡、速度、量が重要だ。

 また、回路設計ができても実現するとは限らない。

 回路、素材によって魔力が起こす反応をひとつずつ確認する。良品の生産のために数値化は必要不可欠だ。

【ウッキウキの手袋】の開発のときに学んだ。


 魔道具は形状や使い勝手も勘案しなければならない。

 たとえば、魔道具開発をする際、魔力を注力する魔力充填器をどこにするかということも重要だ。これは魔力貯留器にカバーをつけたもので、外さなくても充填できる。


 魔力充填は通常は手指をこの魔力充填器に接触させて行う。

 まれに足でやろうとする者もいるが、これは魔道具師協会において推奨されていない。片足で行うには不安定であるからだ。

 そうなると、座ってまで足で行おうという者もいて、その辺になると「自己責任で」となっている。

 たとえば、ひとり暮らしならばよい。

「やめてよね! わたしだって充填するのに! 汚い!」

「いいじゃん、お前もこうやれよ。このやり方、流行らせようぜ」

 などというやり取りが行われることもあるという。


 以前、【冷蔵庫】の改良版を発明した魔道具師が、見た目も重要であろうと後ろ側に設置した。彼は家事をしたことがなかったのである。さまざまな什器がひしめきあう台所において、【冷蔵庫】のような大きなものは壁や棚、その他家具に後ろ側や側面をぴったり合わせて設置されることが多い。つまりは非常に魔力補充をやりにくい魔道具となったのである。その【冷蔵庫】を使いたければ、単体でぽつんと台所に設置されることになる。あるいは、なんとか裏側に手を入れて作業をできるスペースを確保しなければならない。


「かといって、【冷蔵庫】の扉の開閉に邪魔になる位置にあっては使いづらいですよね」

「そうなのだから、たいてい、【冷蔵庫】の頂点部分に取り付けられることになるのよね」

 ルシールの言葉に頷いたのはシンシアだ。作成途中の設計図を見せ、意見をもらうことにしたのだ。


 モデルチェンジした【冷蔵庫】の魔力充填器はごくごく小さくなっていて、頂点部分に物を置けるようになっている。

「でも、これはこれで、液体をこぼしちゃって【冷蔵庫】の故障に繋がるのよ。ほら、キッチンが手狭だといったん、作業途中で【コンロ】の鍋をチェンジすることもあるじゃない?」

 そうすると、【コンロ】から下ろした鍋をどこかに置く必要があり、目に着いた【冷蔵庫】の空いたスペースに、となる。

【冷蔵庫】はさまざまな大きさがあり、高さがあるものなら、いざその鍋をふたたび調理に使おうとした際、うっかり目測を誤って倒してしまい、中身がこぼれ出て大惨事となる、ということはままあるのだという。

「うっかり持ち手じゃなく鍋に触れてしまって熱くて火傷しちゃったりとかね」

 鍋だけとは限らない。料理が盛られた皿ということもある。


「このお湯をつくる魔道具も、どこへ設置するかをよくよく考えないと魔力充填が難しくなりますね」

「そうね。それと、屋外に設置するのも考えものよ」

 ルシールは少し考えて頷いた。

「そうですね。いちいち魔力充填するのが面倒になりますものね」

「そうなのよ。雨や寒い日なんかにいざ使おうと思ったとき、魔力不足で充填する必要があったら、外に出てやるのが面倒なのよね」

 そうなると、やはり屋内設置が好ましい。だが、邪魔にならないように省スペースで、と考えると、その分、使用する部品が限られ、加工技術も跳ね上がる。

「コストダウンが難しいわ」

 結局はそこへ帰結するのである。


 ルシールが知る加工屋や素材屋は若手魔道具師が取引できる相手ではない。

 だから、アーロンたち加工屋から意見をもらいつつ、新たに加工を引き受けてくれる加工屋を探していた。だが、なかなか見つからない。

 せっかくリオンが同行してくれたものの、今回も断られてとぼとぼと帰る道すがら、リオンが気を遣ってハチミツのお菓子を食べて行こうと誘ってくれた。店へ向かう途中で、デレクと会った。


「面白そうなことを考えついたらしいね。わたしも一枚かませてもらえないかな」

 設計図を見せ助言をもらった加工屋たちから聞いたのだろう。そういうことなら、とデレクを伴ってカフェに入る。

 ふんわりとバターの香りが漂う。

「この店はワッフルが美味しいんだ」

「ああ、ミツバチの巣のようなくぼみがある菓子だね」

 リオンが言うと、すかさずデレクが頷く。

「さすがはデレクさん。物知りね」


 ルシールは迷わずワッフルのハチミツがけを注文した。

 温かいワッフルの上でバターがとろけ、琥珀色のハチミツと交わっている。口の中にやさしい甘さがじゅんと広がる。

 翡翠色の目を細めるルシールに、デレクはひそかに安堵していた。リオンは素材屋のわずかな表情の変化から、デレクはいろいろあったのでルシールを心配していたのだと察する。


「どこでも断られるの」

 魔道具開発を試みているものの、難航していると話した。

「設計図を見せてくれるかい?」

 ルシールが加工屋や素材屋に見せるために持ち歩いていた設計図をデレクに渡した。


「ああ、要求する技術が高いからだね」

 ひと目でそんな風に言われてしまう。

「やっぱり、わたし、贅沢になっているのね」

「そうだろうね。幼いころから一流と親しんできた。いわば、ルシール嬢ちゃんは一流しかしらないからね」

 その一流に属するデレクが面白そうに言う。


「湯を沸かす魔道具なの」

「区画ごとのタンクがあるだろう?」

 ルシールに付添い話を聞いてきたリオンは、抱いていた疑問を口にする。

「でもそれでは冬はお湯不足になるもの。【コンロ】で沸かすくらいなのよ」

「ああ、それでいっそ湯を沸かす魔道具をつくろうと考えたんだね」

 デレクは正確にルシールの考えを読み取っていた。


「いい着眼点だ。生活の不便を解消する魔道具だ」

 デレクの言葉にルシールはぱっと表情を明るくする。リオンは内心面白くないが、もちろん、デレクの前でそんなことをおくびにも出さない。なのに、デレクには手に取るように分かる。

「ただ、この魔道具は発明するだけでは使うことは出来ないな」

 デレクの言葉に、ルシールは目を丸くした。




 区画ごとに割り振られたタンクでお湯を作っている。それらが各戸に配管される。使った分だけまたお湯を作る。だから、大勢が一斉に使うと、お湯不足になる。

 タンクで配湯するシステムが出来上がる前は各戸でお湯を沸かして使っていた。それを魔道具でしようとした。


「この魔道具はいわば各戸にタンクを作るようなものだ。だとすれば、まずは市庁舎に相談し、許認可を得る必要がある可能性が高いな」

「あ、そうか。そうよね」

 デレクに言われるまで気が付かなかったが、必要なことだ。


「そして、最も重要なのは、この魔道具は簡単には設置できないということだね」

「そうなのよね」

 まずもってして、加工屋でもなければ、設置することができない。魔道具が高価なものであることによる購買のハードルがさらに上がってしまう。


「それに、水道管の工事も必要だ」

「ああ、そうなってくると、必ず総督府の許可が必要だな」

 リオンが唸る。水道施設は総督府の管轄だ。


「ああ、もう、こんなに問題が山積みだったなんて」

 魔道具をつくるのに、素材を加工する加工屋を見つけるどころではない。まず、設置できるかどうかの前提がクリアできていなかったのだ。


「そうだろうね。これは個人所有の魔道具であっても、総督府の領域に関与するものだから。ただ、この優位性を知る者がいれば、相当数売れるだろう」

 ルシールが発案したきっかけとなったように、冬場の湯不足は頻発する。ルシールがつくろうとしている魔道具は公共施設を支えるものとなり得るのだ。


「まずは市庁舎に許認可を得て、あとは出資者探しだな」

「出資者?」

 腕組みするリオンにルシールは聞きなれない言葉を繰り返す。

「発想の転換だよ。魔道具の値段を抑えられないのなら、出資者を探した方が早くないか?」

 新米魔道具師が取引する中堅クラスの加工屋につくれないのであれば仕方がない。一流の加工屋を頼るほかない。そうなると、値段が跳ねあがる。


「出資者か。そうした方が良いのかもしれないわね。———あ」

「誰か心当たりはある?」

 リオンはそう尋ねながら、どちらの名前が挙がるかなと予想した。

「トルスティさん」

 だが、リオンの予想を外れた名前を、ルシールは挙げた。

「トニが好きな北の大陸の富豪か」

 デレクが片眉を跳ね上げる。

「ちょっと待って、ルシール、なんでそんな人を?」


 そこで、以前、エリーズたちとお茶をした際、会ったのだと話した。

「鳴き声シリーズの魔道具が好きで、スイッチを切っていても動くということに興味を持ったようなの。メンテナンスに来てほしいと誘われたのよ」

「エリーズさんの知り合いか」

 それならば身元は確かだろうとリオンも、そしてデレクもひそかに安堵する。


 カフェを出て、デレクに伴われてアーロン加工工房を訪ねることとなった。

「ドムさんやグレンさんにも声を掛けよう」

 ローマンはルシールの魔道具発明に関われるとあって張り切った。

 今まで停滞していたことが嘘のように一気呵成に流れ始めた。訪ね歩いた加工屋や素材屋でことごとく無理だと断られたことが、集まった加工屋、素材屋の意見で解消されていく。ルシールは出てくる意見を設計図に反映させる。


「【ウッキウキの手袋】の開発をしたことを思い出すな!」

「ルシール嬢ちゃんは俺たちへの報酬を気にしていたのか? あのときも開発時は持ち出しだっただろう」

「まあな。つくれば売れるって分かっていたしなあ」


 ルシールは息を呑んだ。

 基本的に、加工屋への代金は前払いだ。だから、信頼できる加工屋と取引しようとする。

 今回も持ち出しをするつもりの加工屋たちにそんなわけにはいかないとルシールは歯噛みする。


【ウッキウキの手袋】の開発は、発明品の部品の製法は加工屋らが一手に秘匿したから、それで充分だとデレクが判断した。グレンなどは新素材の品質をいち早くつかめただけで、なんならそれを調べることができただけでも十分だったのだという。

 だが、ルシールの考える魔道具はそうはいかない。

 ルシールは早急にエリーズに連絡し、事情を伝え、トルスティに打診しても良いかと確認した。



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