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 リオンのファンの女性たちの話がぴたりと止んだ。

 ダルトンを連れて行った採取屋ジャックが、リオンがいなかったから、アランとルイスを伴って引き返して来たからだ。

 駆け付けたアランとルイスはとたんに女性たちに囲まれた。ふたりも人気がある様子だ。


 ルシールは改めてジャックに礼を言った。

「ううん、リオンにはいつも世話になっているからさ」

「自分よりもあんなに大きい人をあっさり連れていけるなんて、すごいですね」

「そう? 褒めてくれるのは大歓迎だよ!」

 ルシールはアランと似た雰囲気の人だなとこっそり思った。


 さて、そのアランは父親のデレクからある程度の事情を聞いていたため、気が気ではなかった。

「ルシールちゃん、昼休憩の時間、もうそんなに残っていないだろう? ささっと済ませちゃおうぜ」

 そんな風に言って、女性たちはジャックに任せ、そそくさとその場を去った。ルイスもちゃっかりついてくる。

「親父に連絡を入れておいたから、あのダルトンとかいうやつのことはもう大丈夫だと思うよ」

「ありがとう」


 さすがにルシールは食欲がない様子でサラダをつつきながらジュースを飲むだけにとどめた。

「若手交流会のとき、採取屋だけじゃないみんながリオンのことを知っている風だったわ。協会でもたくさんの人に囲まれていたし」

 つい先ほども、女性たちから嫉妬された。

 自分は魔道具師になり立てなのに、そんなすごい人と付き合っているなんて。


「たまたま、小さいころから出会っていただけなのね」

 リオンの「憧れの人」ということが引っかかり、ルシールはそんな風に言った。

「ルシールさん、そんなこと、リオンに言わないでね?」

 ルイスが食事の手を止めて真顔で言う。

 女性たちからなにか言われたのかもしれないが、彼女たちの方の認識が誤っているのだ。ルシールに接するリオンを見たら一目瞭然で、誤解も解けるだろう。あんな甘い顔をするリオンなんて彼女たちは見たことがないのだから。


「いや、言うべきだな」

 アランは食事の合間に告げる。

「本人が聞いてどうにかするだろう」

「そうか。本人の意志とは全く違う方向に思い込まれるよりはいいな」

 行動力のある採取屋たちらしい発想だ。

 ともあれ、そんな採取屋のお陰で助かった。リオンの築いた縁がルシールを救ってくれたのだ。




 後に、いきさつを聞いたリオンがジャックに礼を言った。

 リオンはダルトンに対して憤ったが、アランがデレクに任せたというのだから、相応の対処をしてくれる。

 恐らく、ルシールについているひそかな護衛は、ジャックが動いたから任せたのだろう。そのくらい、すぐに助けに入ってくれたのだ。


「ジャックがいてくれて不幸中の幸いだった」

「そうだな。それって、俺がツイていたんじゃなくて、リオンが幸運の持ち主だからだよ」

 だから、自分はその場に居合わせたのだ。

「だったら、助けるのが当然ってものだろう?」

 恋人の難事に知り合いが居合わせるという幸運をリオンが引き寄せたのなら、それに乗るのが採取屋というものだ。


 ジャックがそう言うと、リオンはふっと笑った。

「いい男だな」

 さらりと称賛され、ジャックは真っ赤になった。

「リオン、やめてあげて。ジャックは隠れリオンファンなんだから」

「ジャック、大丈夫か? リオンの人たらしオーラに当てられたんだな、可哀想に」

 ルイスが眉尻を下げて言い、アランがやれやれとばかりに肩をすくめる。


「なんだよ、それ」

 リオンは呆れた。だが、ジャックはそれどころではない。口元を手で覆ってルイスとアランに訴えかける。

「やばい、俺、たらされちゃうところだったよ!」

「落ち着け、落ち着くんだ」

「大丈夫、リオンに褒められたら大体そんな風になるから。心配するな。な?」

 その後、深呼吸を始めた三人を放って行こうとするリオンは結局、アランたちに捕まって、「気持ちを落ち着かせるためのとりあえずビール」に付き合わされるのだった。


「リオンの人たらしぶりはトラヴィスさん譲りなんだろうなあ」

「ああ、だから強力なのか」

「俺、身をもって知ったよ」

「だから、おまえら、なんなんだよ」

 アランが空にしたジョッキをテーブルに置き、ルイスがしみじみと頷き、ジャックが大げさに両腕を交差させて逆の手で掴み身を震わせ、リオンが呆れ笑いをしながらつまみを齧る。

 アランもルイスも、こっそりルシールはこんなリオンを見ないのだろうな、と考えた。好きな子の前では格好をつけたい。そして、リオンはルシールにはどこまでもやさしい。甘いと言っても良いくらいだ。


 なお、四人の飲み会には後から後から参加者が増え、結局いつものように採取屋の貸し切りのような様相となった。

「おばちゃーん、こっちもビール」

「俺が運ぶよ」

「おばちゃん、この料理、配膳してもいい?」


 目端がきき、身軽に動く採取屋は店員の手助けをする上、陽気だ。店内に入って来た客が団体客に腰が引けて出ようとするのを引きずり込んで、いつの間にか十年来の友人のようにいっしょに飲み始める。

「ま、ま、飲んで飲んで」

「え、おじさん、記者さんなの?」

「最近、主要素材の動向ってどう? 人気の変動は?」

 情報収集は習い性である。軽い調子で情報を引き出し、飲み仲間となって伝手をつくり、仕事につなげていく。


「いやあ、採取屋たちが来てくれると売り上げがうなぎ登りでありがたいわあ」

 飲み屋の店主もほくほく顔である。




「あなたは彼の「本命」じゃない。本心から好きなのではない」

 そう、きっとルシールが魔道具の「抱えて」いるものを具現化し、リオンが長年持っていた鬱屈を解消するきっかけとなったからだろう。

 それで恩を感じているのだ。

 リオンが北の大陸へ一年間行っていたのは、「本命」が結婚したからかもしれない。

 色んな事が当てはまっていき、ルシールの中ではそれが「真実」なのではないかと思えた。


 女性たちの口から語られるリオンはルシールが知っているリオンとは違っていた。仲間や取引相手から好かれていることや人気が高いことも良いだろう。でも、リオンは優れた採取屋だ。

「わたしはリオンから採取のことを聞くのが好き」

 いろんなことを知っていて、あちこち行った場所のことを話すときの内容も、楽しそうなリオンも好きだ。


 一方で、リオンはリオンで、ルシールはもっと年が近い同じ魔道具師同士の方が話が盛り上がるのではないかと気を揉んでいた。

 けれど、そんな焦りをそのままぶつけることはしない。アランやルイスから話を聞いてルシールのことが心配でならなかった。たまたまその場にいたジャックが手を貸してくれたものの、そうでなかったら、と思うと心臓に悪い。


 性質の悪い者に目をつけられた。そう思えば、オスカーやエルはまだ紳士的だったのだ。どちらにせよ、リオンにとっては面白くないことなのだが。

 暖かくなるのはもう少し先のことで、まだ仕事は忙しくないのを幸いに、なるべくルシールの傍にいるようにした。


 泊まっていくことが増えたリオンを、ルシールも心なしか歓迎しているように思えた。リオンの希望的観測によるものかもしれないけれど。

 そうなると、リオンの歯止めが問題だった。

 ルシールはすでに何度も肌を重ねているのに、物慣れない風情だ。

「息をして」

「あ、うん」

「怖い?」

「う、ううん」

「力、抜ける?」

「うん」

 リオンは欲におぼれた勢いのままに事を進めないように慎重に慎重を重ねた。

 忍耐だとはまったく思わなかった。気遣うのが当然だ。こんなにやわらかくて小さくて華奢なのだから。




 ルシールはリオンは完璧だと思っているが、本人はまったくそんなことはないと笑う。

「俺はルシールがいないと駄目だから」

「そんなことないわよ」

「あるよ。だから、傍にいてね?」

 そんな風に言うも、やはり、ルシールにとってリオンは完璧に見える。

 でも。

 そんな風にリオンにとって自分は必要なのだ、いなかったら穴が埋まらないのだと言われれば、正直、嬉しい。

「やっぱり、リオンは完璧だと思う。でも、いっしょにいるわ」

 リオンは破顔してルシールを抱きしめた。


 リオンが加工屋職人の一件のせいでしきりに心配するので、ルシールは言った。

「うん。嫌なことはいっぱいあったわ。でも、そんなときは魔道具のことを考えるようにしているの」

「ああ、夢中になっていたら嫌なことを忘れられるってこと?」

 リオンはルシールらしいとほほ笑んだ。


「そうなの。ちょうどグレンさんのところに顔を出したときに、<エラスティック>に色んな魔力をぶつけてその反応を見ているって聞いたの」

<エラスティック>は<ゴム>の変異種の名称だ。

「<エラスティック>の扱いもグレンさんが第一人者だからなあ」

「それでね、こんなものをつくれないかと思って、」

 ルシールが大きな紙面を広げてみせると、それを覗き込んだリオンは慌てた。

「え、ちょ、ちょっと、ルシール、これって、」

 珍しくとぎれとぎれになる言葉とは裏腹に、リオンはテーブルの上のカップや皿を横に押しやる。さっとテーブルが汚れていないかも目視する。


「だって、わたし、本当に、本当に腹が立ったんですもの! そのことを考えないようにするためには、このくらいしないと」

「分かった。俺も協力するよ。さしあたり、<エラスティック>の木を採取してグレンさんに持って行けば良いかな」

「どうかしら。一度、グレンさんに聞きに行かない? あと、アーロンさんやドムさんたちの意見も聞きたいわ」

「じゃあ、これはまだ完成図じゃない?」

「そうなの。まだまだ改良の余地はあると思う」

 ふたりはさっそく加工屋たちへの連絡をメッセンジャーに託し、出かけついでに市場に寄って食材を買い込んでルシールの家に戻った。


「揚げないカツレツ?」

「オリーブオイルで焼くんだよ」

 豚肉の赤身と脂身の間に筋切りをする。

「こう、切り込みを入れる」

 肉叩きや包丁の背で叩いて薄くのばす。

「1.5倍くらいになるように」

「そんなに?!」

 そして、小麦粉を薄くまぶす。

 卵を溶いて粉チーズを加えて混ぜ、豚肉をくぐらせる。パン粉をまぶす。

「軽く押さえて、」


 フライパンにオリーブオイルを引く。

「少量のバターを加えると風味が増すんだって」

 肉の両面を焼く。ジュウと脂が加熱される音とバターのやわらかい香りがふんわりと鼻孔をくすぐる。

「トマトソースやレモンなど酸味のある食材をかけるとさっぱりしそうだな」

「レモンがあるわ。切るわね」

 食卓にはほかにエビと紫タマネギのクスクスサラダとパンが並ぶ。


「ビールでいい?」

「うん。ルシールは?」

「わたしは水で良いわ」

 カツレツの肉を噛むと甘みがじんわりと口に広がる。脂のこってりさがレモンの酸味と合わさって食欲が増す。

 ルシールは肉を飲みこむと、パンをちぎって食べることで口の中をさっぱりさせる。

 リオンはルシールの食事量がふだん通りであることに内心安堵していた。




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