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「あれが採取屋リオン」

 呆然と呟きながらクレアはルシールが採取屋協会を出るのを見送る。

 ルシールは飛びぬけた容姿のリオンにエスコートされていた。なにより、彼は始終ルシールにやわらかな表情を向けていて、目を惹き、離せなかった。


 ルシールは茶色の髪、翡翠色の瞳をしている。眉は優美な弧を描き、下唇がややぽってりしている。穏やかでやさしげな雰囲気の持ち主だ。

 リオンは金茶色の髪が少し長めで、太めの眉頭が下がり気味だ。それが渋みと色気を醸し出していた。そして、瞳は海のような色合いだった。鮮やかで明るくやさしい、いつまでも見ていられる色彩だ。


 採取屋リオンは噂以上に整った容姿で、話に聞くのとは違って淡々としておらず、ルシールにやさしく親しげに振舞っていた。視線から甘さがにじみ出ていた。見ていて、思わず赤面しそうになった。


 クレアが考えを巡らせている傍らでデボラが小さくつぶやきを繰り返した。

「なによ、なによ、あんなイケメンが彼氏なんて! 最初から言っていなさいよね」

 デボラが悔しそうに言う。クレアはルシールは食事に誘われたとき、恋人がいると伝えて断っていたと思い出す。けれど、それを伝えても、デボラの気は済まないだろうとなんとなく分かったので黙っておいた。


 デボラは自分やルシールより優位に立っていると思っていたのだ。同じ地味な女性魔道具師で付き合いつつ、その中でも自分はましだと考えていた。しかし、違った。


 クレアもまさかルシールの恋人があの有名な採取屋のリオンだとは思いもよらなかった。

 そうと知ったクレアは腰が引けた。引っ込み思案なクレアとしては穏やかで落ち着いた物腰のルシールと仲良くしたいと思っていた。なのに、恋人と言い、さきほどの交流会でデレクと対等に語り合っていたことと言い、ステージが違う人なのだと思い知らされた。


 残念な気持ちを昇華できずに家に帰って母親に話した。母はルシールのことを知っていた。

「確か、シンシア魔道具工房のところの子がルシールと言ったわよ」

 同じ女性魔道具工房主として交流があるのだという。

 クレアはルシールが見習いのころから魔道具を作っていたと聞いて、さらに落胆が深くなった。自分とはまったく違う優秀な人なのだ。


「あんたと同じ鳴き声シリーズの魔道具が好きだって聞いたよ」

「ああ、そんな風なことを言っていたわ」

「なら、仲良くなれるんじゃない?」

「そうかな」

 あんなにすごい人が恋人で、しかももう魔道具をつくっているという。

「今度、シンシア魔道具工房の近くにお使いに行くことがあったら、寄ってみる」


 案外、その「今度」はすぐに訪れ、おっかなびっくり工房を尋ねると、ルシールは笑顔で迎えてくれた。急がないならと言って昼食に誘われ、いっしょに行ったお店の料理はとても美味しかった。


 ルシールは自分でつくった調理の魔道具を使って料理をしているのだという。

「すごいわね」

 クレアは感心するばかりだ。

「失敗もするけれどね」

 残したくなくて食べきったら気分が悪くなったと笑った。

 優秀な人でも失敗するんだな、と思ったら気持ちがほぐれた。


「また来てもいい?」

「うん。家に来る? 【モウモウのオーブン】は鳴き声シリーズの魔道具よ」

「見たい!」

 今度、いっしょに料理をすることになった。もちろん、オーブン料理だ。

「【コンロ】がふたつあってね」

「豪邸に住んでいるの?」

「ううん、賃貸物件にひとつ備えついていて、もうひとつは引っ越し祝いにいただいたの」

 そんな風に話しながらクレアはいつの間にかルシールの友人になっていた。


 クレアは例えば、いつもと同じものを作るとき、同じ分量だから秤にかけない人もいるだろうが、念のためにやるタイプだ。

 デボラはそんなクレアに「手間がかかるだけじゃない。もっと要領よくやらなくちゃ」という。

 ルシールはそんなクレアを肯定する。

「そういう地道な作業の連続よね。そして、そういう作業をおろそかにすると痛い目を見るわ」

「ルシール、案外失敗をいっぱいしているのね。すごいわ」

「ええと、褒められている?」

「うん。だって、それだけたくさん繰り返したってことだもの」

 クレアはデボラが言う通り、要領は悪い。でも、手間を惜しむことなく地道な作業をすることは苦にならないのだから、それでも良いように思えた。




 駆け出しの加工屋ブレイズは大柄だけれど、身体に気概が伴わない。最近では特定の先輩に見つからないように逃げ回っていた。しかし、ブレイズが勤める加工屋は小さい職場だ。しかも、仕事を教わる立場とあっては限度があった。

 三回目の交流会が終わったらそのまま連れて来い、絶対に連れて来いと言われていた強引な先輩ダルトンのお目当てはルシールだ。そのルシールは恋人や有名な採取屋たちと連れ立って行ってしまった。


「おとなしそうで胸が大きくて言うことを聞いてくれそう。尽くしてくれそう」

「ああいう真面目そうで清楚な女ってめちゃくちゃにしたくなるのが男の性ってものだろう?」

「お堅い感じだけれどさ、きっと教え込めば好きになるって。両者両得ってやつじゃないか」

 そう言っていたのに、ブレイズが連れて行かなかったらダルトンはとんでもなく怒るだろう。


「どうしよう、どうしよう。俺、先輩に殺されちゃうよ」

「なに、あの加工屋の先輩、本気であんな女がいいのか?」

 小柄な魔道具師モフェスが呆れた顔をする。

「採取屋リオンもしょせん、欲望に弱い男だってことかな。どこがいいのか俺には分からないけれど」

 モフェスが大仰に肩をすくめてみせる。

 ブレイズはそれどころではない。先輩がうるさいのだ、いっそ、魔道具工房へ行って、などと不穏なことを呟きだした。


 身長が高く細身の素材屋の息子クレイトンは、そんなブレイズの言葉を耳にして、行き過ぎていると思った。同じ素材屋である父を通してデレクに伝えてそれとなくルシールに注意を促してもらおうとした。

 クレイトンは知らない。彼の行動は正しいものの、当の本人への注意喚起どころでは済まないことを。


 クレイトンは帰宅後、父に話したが、「えぇ、俺ごときがデレクなんて大物に話しにいけるものかよ。第一、お前の杞憂(きゆう)だよ」と言ってなかなか動こうとしなかったので、結局、自分がデレクの素材工房に行くことにした。訪ねて来たものの、クレイトンとて話しかけづらい。


 工房に入ることすら(はばか)られ、どうしたものかと、路地から伺っていると、後ろから声をかけられた。

「おや、君は確か、さきほどの交流会の参加者じゃないか?」

 当のデレクだった。もしかすると、採取屋協会を出てどこかへ寄って来たのかもしれない。

「そうです。こんにちは。わたしはクレイトンと言います。あの、その、」

 小さい声ながらも必死になって挨拶をし、名乗った。デレクは礼儀にうるさいと聞いたことがあるからだ。だが、先が続かない。


「もしかしてわたしを訪ねて来たのか?」

「は、はい。その、若手交流会にいたルシールという女性のことで、」

「中で聞こうか」

「え?」

 クレイトンはとまどいつつ、デレクに促されて工房の中、奥まった部屋に通された。そこでブレイズが言っていたことを話した。


「わたしは今回しか参加していないので、その先輩加工屋とやらを知りませんが、大分行き過ぎているように思えたので」

 ブレイズの思いつめた様子を語りつつも、証拠もないのにこんな話を信じてもらえるのか、わざわざ押しかけてきて変な話をするやつだと思われたらどうしよう、とどんどん不安になって来た。なにより、にこやかな様子のままだが、なんだかデレクの(まと)う空気が重いような気がするのだ。


「分かった。知らせてくれてありがとう」

「ああ、良かった。余計なことをしたかと、」

 デレクに謝意を述べられ、クレイトンはようやく安堵した。


「礼をしなくてはな」

「ええと、では、工房の中を見せていただいても?」

「構わないよ。わたしはでかける用事ができたから、店の者に案内させよう」


 そうしてクレイトンは店員に説明を受けながら、目を輝かせて陳列された物品を眺めた。

「すごい、これ、説明書きを添えているんですね」

 七つ島では学校制度が整っているため、識字率が高い。そんな七つ島ならではの展示法だ。

「そうなんです。案外、短文で伝えるのが難しくて、毎回頭をひねります」

「そうでしょうね。でも、これ、とても分かりやすいです」

「ありがとうございます。工房主の発案なんです」

「さすがはデレクさん」

 商品の入れ替え時に取り換える必要があるから面倒だ。しかし、それを手間だとして切り捨てないのがデレクの方針だという。

「店員に話しかけられたくないお客さまもいらっしゃいますので」

 店員が客対応しているとき、自分で探すことができるのも良いなとクレイトンは思う。


「工房主は店内の商品すべての説明をすることができるのですが」

 自分は主要商品のみなので猛勉強中だという店員に、クレイトンは目を見開く。この広い工房に陳列されているだけでも百点を越えるだろう。そして、素材屋は展示するほかに在庫を抱えるものだ。数百点はあるだろう。それを網羅することができるとは。

 クレイトンはただただ感心するほかなかった。




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