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「ねえ、あなた、ええと、」

 女性魔道具師ふたりが連れ立って話しかけてきた。

「ルシールよ」

「わたしはデボラ。二十歳よ。この子はクレアね。二十一歳」

 名前だけでなく年齢まで言われ、ルシールのも聞かれた。二十歳だと答えると、デボラは自分と同じだと頷き、クレアをちらりと横目に見る。デボラの鼻筋は短く、上を向いた鼻先をさらにつんと上げる。

 判定結果クラスの次は年齢のようだ。


「クレアは三度目の正直で受かったのよね」

「今回で受かった良かったわ」

 クレアはそばかすがほほにうっすらあり、眼鏡をかけている。自信なさげにうつむきがちで、デボラの嫌味にも気づいた風ではない。それがさらにデボラを増長させているように見えた。

 色々あるのだなと、疲れ気味でルシールは思った。

 判定結果や何度目かの受験かで、相手を測ろうとするのだ。


「やっぱり、女性は魔道具師くらいよね。素材屋や採取屋、ましてや加工屋になる女性なんていないものね」

「魔道具師だって三人も女性がいるのは珍しいらしいわよ」

 デボラにクレアがそう返す。


「次からはほかの職種で組むって言っていたでしょう? 素材屋や採取屋なんて話しにくいわ。加工屋なんて絶対無理よ。怖いわ」

「でもそれだと魔道具はつくれないわよ」

 短い鼻筋に皺を寄せるデボラに、ルシールは驚きつつそう言った。

「そうなんだけれどさあ。無理なものは無理!」

 ルシールは不思議だった。怖いというのはどういうことだろう。


「わ、わたしも、苦手だわ」

「クレアは男の人自体、苦手じゃない」

「そうね」

 デボラが笑うと、クレアも気弱そうにほほ笑んだ。


 その後もデボラたちとの話はことごとくかみ合わなかった。

 同じ女性魔道具師でも、キャラハンで出会ったアイリーンとは話が合った。

 互いに教わることが多かった。話していて熱が入り、とても楽しかった。励みにもなった。

 なのに、ほかの若手魔道具師とは話がかみ合わない。アイリーンは年上だからだろうか。


 モフェスもしきりに言っていた。

「なんでそんなことをするんだよ。なんでそんなものを使うんだよ」

 そんな風にして自分が理解できないものは拒否する。間違っていると思い込む。

 それがどんなことか想像すらしない。自分で考えないのだ。

 それは市販のキットを使って魔道具を組み立てるのと同じだ。

「簡単にできることがあるのに、どうしてわざわざ考える必要がある? そんなのは無駄だ。無駄は省くべきだ。情報にうといからそんな手間がかかることをするんだ。ばかばかしい」

 それが彼の主張だ。


 アイリーンとは手紙のやり取りをしている。

 最近では、魔道具のことだけでなくリオンのことも相談していた。

 リオンと面識のあるジャネットたち友人に話すことは(はばか)られて、ついアイリーンに送る手紙に書き綴った。


 先人が夜中に書いた手紙は昼間に読み返せと言ったのは実に有用なアドバイスなのだ。

 仕事と家事が終わった後、ベッドに横たわって目をつぶり、いろいろ考えてしまう。

 がばりと起き上がって、【ランプ】のスイッチを入れて机に向かう。半ば不安をぶつけるようにして便箋に文字を走らせる。

 そして、書いたことを翌日のおつかいついでにメッセンジャーに託した。朝の忙しさのせいで読み直す余地はなかった。

 大抵の人が「それはいけないな」と思うサイクルが出来上がってしまったのだ。


 アイリーンの手元にはルシールの不安が綴られた手紙が続々と届くこととなったのだ。

 そのせいで、アイリーンはリオンに対して懐疑的となっていた。

 アイリーンは実際にはリオンと会ったことがなく、ルシールの話からでしか彼を測ることができなかった。

 だから、「一般的な採取屋」のイメージによってリオンへの評価を下していた。

「チャラ男に違いない」という認識に至ったのだ。ルシールがあずかり知らないうちに。


「デボラとクレアはどうして若手交流会に参加したの?」

 ほかの職種の人間を怖いとまで言うのに、なぜ出席したのか。ルシールは疑問をぶつけてみた。

「そりゃあ、工房主になりたいもの。自由に魔道具をつくりたいじゃない?」

 そうするためには必ず加工屋や素材屋の伝手が必要だ。彼らを怖いと言っておきながら、当然だとばかりにそう返す。


「でも、どうしたって借金することになるのよねえ」

 と言ってため息をついた。

「女性魔道具師が工房主になるのなら、金持ちと結婚するか、年を取るまで働いて結婚するかよ。どちらにせよ、美人じゃないとね。地味なわたしたちじゃあ、無理ね」

 デボラはしっかり自分だけでなくルシールやクレアも地味だとひとまとめにして肩をすくめて見せる。


「クレアのお母さんだってそうでしょう?」

 デボラの馬鹿にしたような言い方に、さすがのクレアもかっとほほが赤くなる。

「たしか、クレアのお母さんは五十歳を超えていたわよね」

「五十歳よ」

 クレアがぶすっとした声で答えるも、デボラは気づかない。


 クレアが二十一歳ならば、結婚は三十歳近くになってからしたのかもしれない。二十半ばのアイリーンも子供を持つなら今結婚していないのは遅いくらいだと言っていた。


「クレアのお母さんって魔道具の工房主なの?」

「そうよ」

 ルシールが尋ねるとクレアは頷いた。

 同じ女性魔道具師で工房主のシンシアは四十歳を少し超えている。

 そんなルシールの考えを読み取ったかのようにデボラは続ける。彼女はシンシアのことも知っていたのだ。

「もうちょっと若い女性魔道具師で工房主になった人がいるじゃない? ほら、市場の近くに工房がある」

 デボラが顔をにやつかせるのに、ルシールは嫌な予感を覚えた。それは的中する。


「金持ちの爺さんをたぶらかして工房を手に入れたっていう噂もあるのよ?」

 ルシールはすう、と血の気が引くのを感じた。シンシアのことだ。なんてことを言うのだ。

【クルッポの通信機】から聞こえて来たシンシアの母親の声を思い出す。魔道具師となり、工房主となったことを誇らしく思っているのがありありと分かる声音だった。シンシアはそうと知ってそれまでの鬱屈(うっくつ)から逃れ得た。

 デボラは、そんなふたりの女性をけなしたのだ。




 散々な若手交流会から戻って来たルシールは当然のことながら、デボラがしたり顔で言ったことが真実かどうかなど、シンシアに聞けるわけがない。

 そこで、それとなく、工房主になる苦労を聞いてみた。


「まだ借金が残っているのよね。でも、どんな工房主もそんなものよ」

 シンシアはあっさりと言った。

「魔道具師協会から借りているしね」

 それを聞いてルシールは安堵した。

「ルシールも将来のために、お金を貯めておきなさいね」

「そうします」


「それで、若手交流会はどうだった?」

「それが、」

 正直に言えば、散々だった。

「まったく話にならなかったでしょう」

 シンシアの言葉はルシールの内心を言い当てていた。シンシアはやはり、という少々呆れた表情を浮かべる。


「ルシール、あなた一流の人間のレベルしか知らないのよ。若手レベルじゃないの」

「え?!」

「そもそも、見習いの内から魔道具の修理や作成までできる人間はそうそういないわ。わたしも悪かったの。できるからって任せるだけで説明しなかったから。もちろん、工房主としてきちんとチェックはするわよ? マーカスさん、すごい魔道具師を育て上げたわねって思っていたの」


 それだけではない。ルシールが知る加工屋も素材屋も、そして採取屋も超一流の者たちばかりで、その認識が標準となってしまっていた。シンシアは薄々それに気づいていた。

 だから、若手との交流を進めたのだ。


「話がなかなか合わなくて」

 デレクやアーロンたちとならスムーズに進む会話が、まったくそうではなくなる。ストレスがたまる。いや、鬱屈がたまったのは若手たちの気構えのせいが大きい。自分の間違いを認めず他人になすりつける。試験の判定結果や何度目かの受験かで実力を推し量ろうとする。そうするのは自由だが、自分が上だと知るととたんに好き勝手言い始める。それがとても気疲れした。


「でも、仕事ではいろんな人と接するものですよね」

「仕事上のやり取りで意思伝達がスムーズにいくにこしたことはないけれど、教える立場でもないのだから、あまり深く考えすぎないことね」

 疲れ切った表情を浮かべるルシールを、シンシアはなぐさめる。


 マーカスはルシールが学校を卒業するまでにひと通りこなせるように教えた。家を出ることを想定していたからだ。

 そして、その旨をシンシアに伝えていた。だから、シンシアは内心その実力の高さに驚いたものの、受け入れた。

 だが、周囲は違う。


 デレクたちの話についていけるのだ。ルシールはデレクとレベルが違うと思っているが、その差が分かる範囲内にいる。免許取得したばかりの魔道具師にはとうてい分かりようもない差だ。

 第一、修理や魔道具作成をしてそれを工房主が売り出せると太鼓判を押せる見習いなどいやしない。


「新しい設計図の魔道具をつくることができるばかりでも弊害(へいがい)があるのよ」

 シンシアの言葉に少し考え、ルシールは答えた。

「家庭や工房、そのほかの現場で、常に新しいものを使っているとは限らないからですか?」

 シンシアはそうだと頷きながら、やはりルシールは頭が良いと思う。シンシアがなにを言わんとするのか類推し、自分なりの答えを導き出すことができる。そして、たいていその答えは合っている。これができるのはシンシアと同じレベルの魔道具師だという証明だ。

 そのことにシンシアは感心するばかりで、嫉妬することはない。自分の腕でやって来たという自信があるからだ。


「そうよ。古いものを使っている可能性が高いわ」

 特に、【コンロ】や【録音機】のようなモデルチェンジを何度も繰り返してきたものはそうだ。ただ、大体の仕組みは同じなので、工房で力をいれている魔道具に関しては古い設計図と新しいものを比較することで修理を行うことができる。


「中には新しい設計図を買い求めて網羅する工房主もいるくらいよ。ほら、「【コンロ】のトーマス魔道具工房」なんていう風に特定魔道具の名前をつけている工房もあるでしょう」

 なるほど、とルシールは頷く。

 なお、「トーマス」はよくある名前で例を出すときに用いられることが多い。類似の名前として「太郎」などが挙げられる。


「わたし、こうやってシンシアさんとする会話がどれだけ貴重なのか、交流会で学んできたような気がします」

 ルシールの言葉に、シンシアは自分もそうだと笑った。ルシールはなにを言わんとするのか理解ができず、きょとんとした。

「落ち込んでいる暇はないわよ。これから、ルシールは魔道具師としてうちでじゃんじゃん稼いでもらうんだから!」

 からからと笑い飛ばされ、ルシールはなんだか話がかみ合わないだとかそういったもやもやした気分を吹き飛ばされたような気がして、自然と笑みをつくっていた。



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