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 アイリーンが海側に築かれた厚く高い壁を指さした。

「七つ島は外からの脅威だけに注力すれば良いの。ほかの国だったらまた違った風になるんですって」

 港でも街を防壁で囲まなければならない。山を背にしたり、川を利用し、高低差を用いて、橋を掻けたり門を設けるのだという。

 七つ島の港の埠頭はどこも立派だ。


「どんな小さい港にでも検閲施設が設けられていて、人員を割いて密輸や密猟に目を光らせているんですって」

 意外と知られていないが、入って来る方もそれなりの制限が課されている。天敵によって固有の動植物が駆逐されないようにという措置なのだそうだ。


「フィフィのような?」

 フィフィは手のひらに乗るサイズのふわふわの毛玉のような生き物だ。七つ島ではどこにでもいて当然の生き物だ。だが、七つ島にしか生息しないのだと学校の授業で学んだとき、驚いたものだ。

 

 アイリーンは頷いた。

「徹底しているでしょう? でも、このやり方を呑めないのなら、入ってこなくてもいい、というのが各総督らの姿勢でね」

 多少の煩雑さがあってなお、入国したい。それだけの旨味がある。

 ルシールはアイリーンの説明に頷いた。

「強気に出られるほど、七つ島は豊かだってことなのね」


 埠頭では出航の汽笛や荷揚げ人たちの声に海鳥の鳴き声が混じり、賑やかだ。

 キャラハンの街のそこここで猫をよく見かける。音を立てない歩みに、ふとクリフォードのことを思い出す。


 ふたりは埠頭を離れ、砂浜へ移動する。

「ピンク色の砂浜?」

 アイリーンがキャラハンに来たのなら一度は見るべきだと言って連れて来たのは珍しい色合いの砂浜だった。

「そうなの。ピンク色の貝殻が細かく砕けたんですって」

 波打ち際がピンク色で陸地側に伸びるにしたがって白色が濃くなる。海は水色、沖合に進むにつれ、<海青石>の色だ。やわらかな色味の海辺に、ふとリオンのことを思い出す。


 ふたりは市街地へ戻った。

 ふと甘い香りがして開店したばかりの店に視線が吸い寄せられる。アイリーンも同じだ。

「食べる?」

「うん」

 ドーナツ生地にクリームやジャムを詰めてあるというのに、さらに上から砂糖をまぶしているボンボローネだ。


「これって朝食代わりに食べられていたらしいわよ」

「すごいわね。でも、朝からカロリーをとっても、一日活動したら消費されるということかしら」

 ぺろりと食べて、次は栗のお菓子カスタニャッチョが売られているのを見つける。もちろん、しっかり味わった。


 その後、市街地に続く小高い丘に登る。

 頂上は展望台になっており、見晴らしが良い。キャラハンの港や市街地、周辺地帯がよく見える。

 波打つ手すりはモザイク状でカラフルな陶磁器で彩られている。曲線を多用し様々な色味を用いた建築様式は高揚を感じさせる。リゾートにふさわしい解放感を与えた。だが、冬のせいか新年祭が終わったばかりの今時分は観光客の姿はほとんどなかった。


「わあ、キャラハンの街並みが一望できるわね」

「そうなの。あのオレンジ色の屋根がファーナビー魔道具工房よ」

 赤や赤茶色の屋根の中でひと際明るい色味を見せる屋根は高台からもひと目で分かるほど大きい。同じ系統の色味で統一される中で、ぎりぎり範疇を超えているように思われた。

「大きいのね。まるで加工屋の敷地のようだわ」

「そうなの。今回免許を取得した魔道具師たちの何人かはあの工房で働くのよ」

 ファーナビー魔道具工房は大手工房だ。ルシールもその名を聞いたことがある。きっと雇用数もかなり多いのだろう。


「あれは塩湖よ」

 アイリーンが指さす先に陽光を反射する銀色の水面が見える。

「昔はあそこまで海だったんですって」

 陸地が隆起し、水が内陸に残された。その後、海よりも低地であるため、満潮時には小川が流れ、海水が流れ込んでくる。

「乾期には藻が繁殖して、湖面がピンク色に染まるの」


 一陣の風が吹き、ふたりのコートの裾を揺らす。

「寒いから、降りようか」

 冷えた身体を温めようと昼食を摂るためにレストランに入る。

 スープのほか、貝のピラフ、サラダを注文する。

 熱いスープを飲むと、実は喉が渇いていたのだと分かる。

 ピラフはトマト風味で、貝の旨みが米に浸み込んでいる。みじん切りしたニンニクとタマネギが良いアクセントとなっている。


「外食が続くと野菜を食べたくなる」

「わかるわ。自分で作ると調整がしやすいんだけれど、外で食べるとどうしても味が濃いのよね」

 たくさん歩いたふたりはたくさん食べた。


 食事を摂りながらアイリーンから医療のことについて聞いた。

「七つ島の医療水準は高いの」

 だから、島外からも患者がやって来ることもあるのだという。医学も発展しているから、流行り病の相談にやって来る国の偉い人もいるという。

「キャラハンには以前、高名な素材屋がいたから、特に彼を頼って来る人もいたそうよ」

 おそらく、リオンの祖父のことだろう。


「いろいろ案内してくれたお礼に、」

 言って、ルシールはオリーブオイルの小瓶を取り出した。

 七つ島ではオリーブの栽培が盛んだ。オリーブオイルは産地によって少しずつ風味が異なって来る。そのため、別島に行くときにはオリーブオイルの小瓶を持っていく。土産物として、あるいはちょっとしたときのお礼に渡すのだ。もらった方もいつもとは違う味わいを知ることができると喜ぶ。

「別の島のじゃないけれど」

「ありがとう、カーディフのオリーブオイルね」


 すっかり打ち解けたアイリーンはルシールに自身の家族のことを話した。

「うちは医者の家系だと話したわよね」

 それでアイリーンも当然のように医者を目指したが、血や体内組織に触れることができず、断念せざるを得なかったのだ。それで、医療用の魔道具をつくる道へ進むことにした。

「でも、家族はわたしを出来損ないだと見下したわ」

 そんな中、恋人であるロイだけは違ったのだという。


「ロイはね、島外から来たひとなんだけれど、親とはぐれてしまってとうとう見つからなかったの」

 ルシールは驚いた。なんでもないことのように言うが、島外から大勢の人間がやってくる七つ島では迷子は少なくなく、そして、そこから孤児になることもあるのだという。

「ペルタータ島の児童保護システムでロイはしっかりと教育を受けられたわ」

 そして、医術において才能を発揮した。


「父の後輩として活躍したわ。最初はね」

 家に連れて来ることもあり、家族から蔑まれるアイリーンにも丁重に接した。アイリーンは医療の知識があったことから、話は弾んだ。やがて、家の外でも会うようになった。その少し後からロイが家にくることは徐々に減った。

 ロイの名声が高まるにつれ、次第にアイリーンの父から疎まれ、足が遠のくことになったのだ。家のことは別だとして、ふたりは付き合うようになった。


「医療用魔道具は医療知識がないと作れないわ。わたしの夢はわたしが作った医療用魔道具をロイが使って治療することなの」

 たとえば、【魔力検査機】は魔力で外部から体内を検査する魔道具だ。いくつか種類があり、肺の音、魔力循環や血液循環、胃や腸などの内臓中部の映像を映し出し、異物がないかを確かめることができる。

 おいそれとは作ることができない特殊な魔道具だ。


 医師にはなれなかったけれど、魔道具師として医療を支えようというアイリーンの気持ち、高潔さにルシールは感心する。

「どんな形でも医療に貢献しているのだから、すごいわ」

「ありがとう。そう言ってくれたのはあなたで二番目よ」

 きっと、一番目はロイなのだろう。

「ねえ、カーディフに帰っても手紙のやり取りをしましょう。わたしも会いに行くわ。友だちになってほしい」

「ありがとう。わたしも友だちになりたい」




 料理店を出たふたりは買い物をすることにした。

「南の島ならではよ。この時期なら買い物客は少ないでしょうし」

 そう言って連れて来られたのは下着を扱う店だ。

「これ、紐? 布の面積が少ないわ」

「こっちなんて、総レースよ」

「……透けるんじゃないの?」

「きっと、見えそうで見えないのが良いのよ」

 ひそひそと言い合いながら品定めをして、うっかり買ってしまった。


 その後、土産物を買う。エショデとフワスだ。どちらもお菓子だが、前者は塩を使って堅く焼いているから日持ちがする。フワスはブリオッシュ生地で作られており、香辛料が使われている。総督府の船は速く、半日とかからず到着するので翌日渡すのであれば大丈夫だ。


 アイリーンは魔道具師ならキャラハンの素材工房を一度は見ておくべきだと言う。案内されてやって来た通りには、素材工房が軒を連ねていた。

 間口の狭い店舗がぎっしりと並び、商品に溢れている。足を止めて眺める客、通行人とでごった返している。

「壮観ね」


 ルシールが知るカーディフの素材工房は整然としている。商品が陳列された棚はひと目でなにがあるか分かる。さらには、工房に入ってすぐに広い空間があり、「物を置かない」という贅沢さがあった。だから時間を掛けてゆっくりと品を選ぶことができる。

 どちらが良いというのではなく、それぞれの利点があるのだろう。


「この通りですべての素材が揃うと言われているの」

 素材工房がたくさんあるせいか、採取屋も大勢やって来るのだという。

「採取屋は猟師や漁師がふだんとらないものを取ってくるよう、依頼されることもあるんですって」

 猟や漁で必ずほしいものが手に入るとは限らないからだ。引退してのんびりしている元猟師や元漁師に依頼することもあるが、そういった者たちは身体上の問題で手に入れられないこともある。


「あのね、ルシール、採取屋って自分の足であちこち行くじゃない? だから、刹那的なのね。今が良ければそれでいい、という感じ」

 恋愛についてもそんな風なのだという。

「そう? わたしが知る採取屋は知識が豊富で誠実な人ばかりよ」

 アイリーンにそう返すルシールの脳裏には、当然のことながら、リオンやアラン、ルイスの顔が浮かんでいる。

 だが、こと採取屋の性質についてはアイリーンの認識が一般的だ。


「まあ、結婚はね。レジティ家ならば成人してすぐ、二十歳そこそこで子供を持つことも多いと聞くけれど、わたしたち一般人は遅くなりがちよね」

 特に学校を卒業した後、職を得て、ある程度の成果を出そうとすればそれなりの年月を要する。となれば、結婚は遅くなりがちで、特に女性が活躍する最近の七つ島ではその傾向が強い。

「総督家はとにかく、連綿と繋いでいくことが重要視されているから」


 ふたりはあれこれひと通り素材工房を見回っていると、声を掛けられた。

「お嬢さん、確か、ルシール君だったかな」

 そちらを向けば、白髪のはつらつとした老人が立っていた。だが、ルシールはキャラハンには初めて訪れた。アイリーンのほかは知り合いなどいない。

 いや、レアンドリィ総督が手配してくれた船乗りたちと、エルがいたが、そのどちらでもない。

 アイリーンには心当たりがあったようだ。

「ハワード師!」

「え?」

 それは天才魔道具師と称される人の名前だった。




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