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「わたしはリオンのおじいさんから素材屋のイロハを習ったんだよ。まあ、そんな人間は多いんだけどね」
デレクは片目をつぶってみせる。そんな風にしていると、一部の人から怯えられる人間のようには思えない。
「わたしもあの人を尊敬する有象無象のひとりなのさ」
「格好良い」
思わずルシールは呟いた。
「そうかい? リオンのおじいさんの方が格好良いだろう?」
「ううん。リオンさんのおじいさまもすごいけれど、デレクさんもすごい。ええとね、みんなで作る大きな装置の中の大切なひとつなの。とても重要な役割を果たしているのよ」
ルシールは一生懸命に話す。魔道具にたとえるところがマーカスの秘蔵っ子らしい感想だとデレクはおかしく思う。
ひねくれ者だと自他ともに認めているデレクであるが、ルシールのことはとても気に入っている。
「このひとつひとつが必要に応じて魔道具のひと欠片になっていくのね」
建物の中に足を踏み入れたルシールはすべてが物珍しく、ため息をついた。
可愛いちびっこが工房内をきょろきょろして目を輝かせるのに、加工屋の職人たちがこぞって教えてくれる。
「金属は熱以外に圧縮して強度を上げるんだ」
大型で沢山の部品がついたごつごつした機械。これも魔道具だという。
「魔道具の部品をつくるために魔道具師が開発したんだ。連中は貪欲だからな」
にしし、と職人が笑う。
「たとえば、ベルトとチェーンだ。それぞれ良し悪しがある。耐久性と騒音だな」
用途と目的に寄ってどちらを使うか判断する。つまり、どちらを使うかはその性質を良く知っておく必要がある。
「ベルトは<ゴム>でできていて、チェーンは金属だ」
言いながら、職人は現物を棚から取り出して見せてくれた。ベルトはつるつるして軽そうで、チェーンはいかにも重そうだ。
ベルトについて職人たちが口々に言う。
「ベルトはベルトとそれを受けるプーリで構成される」
「歯車よりもなめらかな伝達ができる」
「騒音が少ない」
「耐久性はチェーンよりも低い」
「メンテナンスしやすい」
次はチェーンだ。
「ローラーチェーンとそれを受けるスプロケットでできている」
「伝達効率が良い」
「スプロケットの軸受けの摩耗が少ない」
「耐久性が高い」
「張力の調整が必要だな」
矢継ぎ早に言われ、ルシールの頭はパンクしそうになる。
「はい、そこまで」
デレクがにこにこ笑いながら待ったをかける。
「ルシール嬢ちゃん、全部覚えようとしなくていいからね」
ルシールの頭がくらくらするのが分かったかのように言う。
「う、うん」
「ベルトとチェーンは形状によってだいたいの特性は想像がつくだろう?」
「うん。ベルトは軽くてなめらかで音もうるさくなさそうで、チェーンは重くて頑丈でじゃらじゃら音がしそう」
デレクと職人たちはそういった見た目、重量から得られるものを理解すればよいと頷く。
「ほら、ごらん。ここに<夢みる赤水晶>があるよ」
壁に沿って設えられた棚に置かれた鉱物を、デレクが指さす。工房内はきちんと整頓されている。
「<夢みる水晶>とは違うの?」
<夢みる赤水晶>はその名の通り、うっすら赤みがさしている。
「名前もそうだけれど、本当に夢のようにきれいね」
透明な石の角度を変えると、赤色がゆらゆらと揺れているようにも見える。
「これはね、砕いて使うんだけれど、一定水準以上の粉塵を吸い込むと昏倒するんだ。夢みるまでもないよ」
デレクはにこにこしてとんでもないことを言う。
「デレクさん!」
「こんな、いたいけな女の子になんてことを!」
「変なことを教えちゃだめ!」
職人たちが青ざめる。
「デレクに任せておけない」
マーカスとの相談が終わったのか、アーロンがいつの間にかやって来ていた。
「マーカスさんは?」
「あっちで素材を選んでいる」
「そりゃあ、時間がかかりそうだ。どうだい、ルシール嬢ちゃん、工房主じきじきに説明してくれるって」
デレクがにやにやする。口下手なアーロンが説明するというのだ。見物というものだとばかりに観客に回る。
「部品はな、一定規格があるがどれもまったくぴったり同じにはならない。金型を使ったり治具を使うんでもなければな」
誤差というものだという。
熱心に耳を傾けるルシールは気づかなかったが、職人たちだけでなく、アーロンの息子のローマンまで手を止めて説明に耳を傾けている。アーロンは腕は良いが説明することなどほとんどない。工房主の素早く動く手元を見るしか、彼から学ぶことはできないのだ。
「その誤差の上限と下限、それぞれぎりぎりになったら、誤差範囲は大きくなる。こうなると故障の危険性が高まる。品質が良いとは言えない」
アーロンは幼い女の子が目をきらきらさせて聴くものだから、一生懸命に話した。ふだんのアーロンを知るローマンやほかの職人たちは腰が抜けるほど驚く。
デレクはルシールはすごいな、と感心する。
腕の良い加工屋ではあるアーロンは期待が大きい分、要求が高くなり、結果、息子のローマンに厳しくなる。ローマンはもう一人前のつもりだからしょっちゅう衝突する。
だから、測ったようにぴたりと同じ形に切り分ける姿を見て、ルシールが無邪気に「アーロンさん、すごいね」と見上げてくるのに、ローマンは内心苦々しく頷いた。
「親父には敵わねえ」
その声音の重苦しさにルシールは目を見張る。しまった、とローマンが思うが、ルシールが口を開く。
「さっきね、デレクさんが言っていたの。採取屋は先人に敬意を払うんだって。過去の採取屋たちが集めた情報を取り込んで、どんどん探究を進めていくんだって」
ルシールがなにを言わんとしているのか分からず、ローマンは首を傾げる。
「デレクさんもね、素材だけでなく、加工のことにもとても詳しいけれど、リオンさんのおじいさまをとても尊敬しているの。アーロンさんを尊敬するローマンさんも誰かから尊敬されて、敵わないってきっと思われているわ。そうしていろんなことを教えて教わっていくのね」
ローマンはすとんと腑に落ちた。べつに敵う必要はない。自分は自分なりにやっていくだけだ。そして、そんな自分も、誰かになにか教えることがある。ルシールが言うように自分に敵わないと思うこともあるもしれない。そうして、知識や技術は受け継がれていく。大きな流れのうちの一部となるのだ。
それは純粋な子供の言葉だったからすんなり受け止められたのかもしれない。利害関係がある誰かに訳知り顔で言われたら反発しただろう。
息子に向けた言葉を聞いていたアーロンは気難しい表情のまま、耳が真っ赤になっている。デレクがにやにやしながら、言葉なくローマンをつつきそっと目配せする。ようやっと気づいたローマンは目を剥く。
ローマンの吐き出した鬱屈にはらはらしていた職人たちも一斉ににやにやし始める。
「おら、仕事しろ! 手が止まっているぞ!」
「「「「「うーっす!」」」」」
工房主の檄に、職人たちが一斉に動き出す。
職人たちはローマンの鬱屈をなんとなく察していた。でも、アーロンを尊敬するあまり、手や口を出しあぐねていた。それを、ルシールが言ってくれた。
「よくやった、嬢ちゃん!」
「嬢ちゃん、すごいな」
さて、知らないうちに親子関係のこじれを解消したルシールは工房に大きく張られた「工房内は整理整頓!」という張り紙のフレーズをすっかり気に入った。ようやっと戻って来たマーカスを見る。散らかし屋のマーカスは気まずげに目を逸らす。
「わたし、頑張る!」
「「いいぞ、ルシール嬢ちゃん」」
アーロンとデレクの声が揃い、工房内には明るい笑い声が響いた。
 




