6.絶品! 魔物ホーンラビット
キャンピングカーは、軽快に荒野を走り抜けていると、穴からひょっこり野生の動物が飛び出してきた。
「先生見てください! ホーンラビットです!」
エリーは野生動物を指さす。それは、ぴょんぴょんと跳ねる長い角を生やした奇妙な兎だった。
「いいな。それじゃ、捕まえて、昼ご飯にするか」
レイはキャンピングカーの操作パネルを叩き、車体から伸びるアームを起動させた。
器用に動くアームは、巧みにホーンラビットを追い立てると、しっかりと捕まえた。
ホーンラビットは、くりくりした大きな目でエリーを見つめ、鼻をひくひくさせた。まるで『どうして捕まえるの?』とでも言いたげだ。
「ああ、もう。それは反則……」
エリーのお腹と背中はくっつきそうなほどである。
なのに、あまりに可愛らしいホーンラビットの仕草に、エリーは罪悪感が沸いてくる。
「さあ、どんな料理にしようかな。丸焼きもいいし、シチューに入れるのも旨そうだな」
レイは、よだれを垂らしそうになりながら、ガスバーナーと鍋を取り出し悩み始める。
何一つ、罪悪感なんてなさそうなレイに危機感を高めたのか必死な様子で脱走を開始するホーンラビット。
もちろんがっしり掴まえられたロボットアームからは、逃げられない。
「ごめんね。食べないと私死んじゃうから」
機械人間になれば、食からは解放される。
だけど、エリーは、普通の人間でいたいと願ってしまった。
なので、弱肉強食の残酷さは受け入れなくてはいけない。
「それにしても……」
じたばたと暴れるホーンラビットを見ながらエリーは言う。
「この子、不思議だなぁ」
「なにがだ?」
エリーの独り言が気になり、レイは口を出した。
「この子、ちょっと追い立てると驚いて木にぶつかるんです。頭から角が生えてるので、そのまま動けなくなるんですよ。そして、捕まえた後は、角を地面にさして、丸焼きにするのが簡単なんです。それに、角を持って食べやすく。そして、とってもジューシーでおいしんです。なんだかまるで『食べられるために生まれてきた』みたいで……」
エリーは、そう言いながら、ホーンラビットを見つめ呟いた。
「逃亡生活中、ホーンラビットに何度助けられたことか」
エリーは両手を合わせ、ホーンラビットに心の底から感謝をささげた。
「そう褒められると嬉しいぞ」
「えっ……先生、なんでホーンラビットを褒めたのに、先生が嬉しそうなんですか?」
「ん? ああ、俺がそのようにホーンラビットを調整したからな」
「調整した?」
エリーは、先生の言っている言葉の意味がわからず、目を白黒させる。
そんなエリーの前に、アルファが現れると説明を開始する。
「はい。エリーさん、ホーンラビットはマスターが食料用として、ウサギに角を生えるように遺伝子操作した生き物になります」
アルファの説明を聞き、エリーは驚きの声を上げた。
「ええっ! ちょっと待ってください! ホーンラビットみたいな魔物はここ数百年で急増しているのって、原因不明の謎だって言われているのに」
「エリーさん。それは間違いです」アルファはたんたんと説明を続ける。「魔物とは、マスターが遺伝子操作した動物が研究施設から逃げ出し、野生化したものを指します。特にホーンラビットは繁殖力を高めるように設計されているので、特に謎はありません」
「嘘でしょ……!」エリーは目を見開いた。「じゃあ、魔物が増えたのって、全部先生のせい……?」
「いやいや、『せい』とは言うな。『おかげ』だろう。」レイは肩をすくめて笑った。「荒野で生き残るには、ちょうどいい食料が必要だろ?」
エリーは呆然としながらも、捕まえられたホーンラビットを見つめた。確かに、食べるために生まれてきたかのような合理的な形状とおいしさ。それを知ってしまった今、感謝の気持ちもどこか複雑なものに変わっていくのだった。
「わざとじゃないぞ。本当は、あの件がなければ、家畜として運用する予定だったんだ」
「わざととかそんな問題では……」
ふと、エリーは何か恐ろしい可能性に思い至り声を震わせた。
「そ、それじゃ、魔族は……」
エリーの質問が最後まで言い終わる前に、『ドンッ!』と衝撃が走る。なにかが飛び乗ってきたのだ。
車が急旋回して、なにかを振り落とす。
エリーが倒れそうになったの慌てて、レイが片手で支えた。
「おい、エリー」
レイは、軽く指を鳴らして、注意を促す。
「ちょうどゴブリンたちがやってきたみたいだぞ」
エリーが顔を上げると、遠くの荒野の地平線に小さな影がいくつも揺れていた。鋭い刃物や棒を手にした小柄な体の集団が、砂埃を巻き上げながらこちらへ向かってくる。
「ちょうどいい。昼食を確保したところだからな。腹を空かすためには運動が必要だろ?」
レイは口元に笑みを浮かべながら、車内の武器庫へ手を伸ばした。
両手に機関銃を構える。
「あいつら、生みの親である俺に喧嘩を売るとはいい度胸だ」
生みの親、その言葉が意味すること。それは……。
「まさかゴブリンも、先生が――」
エリーの疑問は最後まで言葉にならなかった。目の前に迫るゴブリンの群れはそんな話をしている暇を与えないほどの速度で近づいてきたからだ。
レイは、エリーの質問には、答えずに笑って見せる。
「さあ、エリー。俺の戦い方をみせてやるぜ」