3.戦闘! ホムンクルスVS機械人間
時は戻り、少し前。
レイが研究室の隠れ通路から飛び出すと切れかけた電線が、バチリと紫電を放つ。一瞬だけ照らされた街並みは、一見スラム街のように見えるが、電気が流れているということは、しっかりインフラが整っている証だ。
もちろんインフラを整えたのは、レイ自身である。
「俺のテリトリーを随分派手に荒らしてくれるな」
乾いた風が吹き荒ぶ中、防犯カメラの映像を思い出しながら、路地裏を進むと、道路に血痕が散らばっていた。銃を構えながら、そのまま進むと、幼い少女が機械人間に追い詰められているところだった。
歳は、十ちょっとといったところ。服は所々破け、生暖かい傷からは血がにじんでいる。
少女は心が折れたのか、尻を地面につけてあとずさっている。
「誰か助けて」
少女のか細い声がレイの鼓膜を震わせる。
その言葉を聞いたとき、レイの体は自然と動いていた。
目の前で、人が助けを求めているのなら、助けるに決まっている。
足に力を入れると、一瞬で少女の体を抱きかかえ、戦いやすい場所で少女を下ろした。
「あなたは?」
レイは名乗るべき名前を持ち合わせていなかった。
「ただのしがない研究者だよ」
少女に、それだけいうとレイは機械人間達と相対する。
「機械人間どもめ、おまえらは、この町にいていい存在ではない。自分の町に帰れ」
「私たちは、迷子の娘を迎えに来ただけだ」
「なら、どうしてこいつは、他の誰かに助けを求めているんだ?」
レイは、機械人間に銃をかまえる。一瞬の静寂のあと、鋭い銃声が響き渡った。
銃弾は、機械人間の男に当たるものの、金属音を響かせるばかりだった。
皮膚のように見える部分も、実際はすべて金属でできているのが機械人間の特徴。
「随分頑丈だな。魔物用の銃じゃダメか」
ダメージを与えられないものの連射すると、父親の顔から金属破片が飛び散り、動きが鈍る。しかし、母親が背後から回り込み、レイを掴みかかろうとしていた。
「後ろ!」
エリーの声に反応して、レイは即座に身体をひねる。銃の持ち手部分を直接たたき込みながら吹き飛ばす。今度は復帰した父親が、前から攻めてきたのを、足で蹴って叩きつけた。
「今回の体の調整は、完璧だぞ」
レイの体は、20歳半ば程度に見えるが、その反応速度とパワーはあきらかに通常の人間のものを上回っていた。
「お前、ホムンクルスか化け物め」
レイは、人間にはついていけないほどの機械の動きに対して対応していた。
なぜなら、レイ自身が、ホムンクルスだからだ。
「よく知っているな。その通りだよ。だが、俺を化け物と呼ぶのであれば、お前らだって同じ化け物だろう」
男は不服だと言わんばかりに、機械仕掛けの眉をひそめる。
「何を言っているんだ。我らは、人類の正当なる進化である機械人間だ」
「まあ、俺は俺たちホムンクルスも人類だって認めてくれれば、お前らも人類だって認めてやるけどな」
レイにはこんなところで討論する気はなかった。
ホムンクルス技術は、クローン技術を極めたもの。
機械人間との違いは、魂の移し替え先としての入れ物が、機械か、肉体かの違いしかない。
ジャンルは違えど、レイにとっては、どちらも学問の極みだと思っている。
何より、自分が愛した人物――リナが研究していた学問を貶すようなことはしたくなかった。
「だか、それはそれ、これはこれだな。……お前らには、この銃は効かないようだし、そろそろ切り替えるか」
レイは、しゃべりながら頭の中で高速で論理を組み立てる。
究極理論『物質交換理論』
レイの手から、銃が消えると、青白い光を放つ別の銃が握られていた。
内部に特殊なエネルギーコンデンサーが搭載されていて、通常弾丸ではなく、電磁パルスを圧縮したエネルギー弾を発射する銃だった。
「ブラスターガン。お前ら専用の銃だぞ」
レイが銃を構えると、銃身が微かに振動し始め、内部のエネルギーがチャージされていく。引き金を引くと、高速でエネルギー弾が飛びだし、機械人間の父親を撃ち抜いた。
「あなた!」
「この銃の弾は、高エネルギー弾だ。お前らの装甲を貫通し、人格回路を焼き切るぞ」
再度、レイは銃のエネルギーをチャージ始めながら言う。
「お前らが、機械人間になったことは否定しない」
自分の幸せが、機械人間になることだと思っている人間がいることは、レイも知っている。
それ自体は、レイも悪いことだとは思っていない。
「だがな。生身の人間だった頃と同じく自分の子供の幸せを願うなら、諦めろ」
「私たちは、その子の幸せを願って」
「もう思春期になってるんだ。幸せを願うと言うのなら、生き方ぐらい自分で決めさせるんだな」
レイは、再度引き金を引く。
雷撃が走り、女の機械人間の頭を打ち抜いた。
ガタリと倒れると、そこにあるのは、死体などではなく、ガラクタが二体散らばっているだけだった。
エリーは、白衣をまとった男に質問した。
「パパとママ……いえ、あの機械人間達はどうなりましたか?」
「まあ、どうせ機械人間都市のどこかにバックアップとってあるだろう」
レイは、静かに銃口を下ろしながら呟いた。
「さて、どうしたもんかな」
レイは、頬をかくとエリーに質問した。
「お前はどうしたいんだ?」
男は少女に問う。
言葉は強いが、優しげな瞳。
どこまでも自由で、透き通った眼差しだった。
だからこそ、少女は安心して、本心を言うことができた。
「あたしは、生きたい。この体で」
今なら理由もはっきりわかる。
「だって、お母さんがお腹をいためて、産んでくれた体だもん」
祖先から懸命に繋いできた奇跡。
もっと美人に、もっと頭がよく、なんて不満もいっぱいある。
不自由極まりなかったとしても、
それも含めて全てが、大切な命の輝き。
だからこそ、少女の目からは、両親がどこか遠くへ、
天国ではない別のどこかに行ってしまった悲しみがこぼれ落ちてきた。
疲れからそのまま意識が失われていく。
「そうか。なら大事にするんだな」
支えてくれた優しい男の言葉が、子守歌のようにエリーの意識に溶けていった。