2.急襲! 機械人間
少女は逃げていた。
自分の幸せを願う親から。
いや……その親が成り果てた存在から。
◇ ◇ ◇
切れかけた電線が、バチリと紫電を放つ。
まるで繁華街からおこぼれのように、寂れた路地裏をほんの一瞬だけ照らした。
乾いた風が吹き荒ぶ中、幼い少女が懸命にかけていた。
服はところどころ破け、生暖かい傷からは血が滲んでいた。
少女を追う影は二つ。
影は人の姿をしているものの、体からわずかにキュイーンキュイーンとモーター音を鳴り響かせている。
「エリー、なんで逃げるんだ」
「これは、あなたのためなのよ」
合成された男と女の声に、エリーと呼ばれた少女は少しだけ振り向く。少女を見つめている瞳の奥には瞳孔ではなく、レンズがあった。
機械人間。
そう呼ばれる者たち。
ロボットではない。
最新のAI技術によって、記憶、感情など脳に収まっているありとあらゆる情報――人の魂を宿したとされている機械の体を持つ新人類だ。
彼らは有機体である本来の体を決別し、命のすべてを機械とすることによって、無限の命を得ていた。
「さあエリー、私たちと一緒に、無限の命を手に入れましょう」
朗らかで理想的な女性の姿をした機械人間が、優しい女の声で少女に語りかける。
少女は、真っ青な顔で震え上がると懸命に叫んだ。
「い、いや、そんな体にはなりたくないっ!」
機械人間の二人は、そんな少女を不思議そうに見つめていた。
「何を言っているんだ?」
「どうしてなの?」
その問いに、少女が答えるのは、酷だった。
なぜなら、理由などない。
本能の拒絶なのだから。
「ほらエリーみてごらん。パパの体はこんなに元気になったんだよ」
機械人間は、自分を少女の父親だといっていた。
「ほら癌だったのに、こんなに元気に動くことができる」
男は生身の頃、癌と宣告されていた。
すでに末期であり、余命いくばくもなかった。しかし、
「病気は治ったんだよ」
少女は、首を横に振る。
「そんなの、治ったなんていわないよ」
手も、足も、肌も、内蔵も、顔も、頭も、脳みそすら入れ替えてしまえば確かに悪いところはどこにもない。
そうだったとして、全部入れ替わってしまったものは、何をもって本人だと言えるのか?
「どうやって、あたしはあなたをパパだと思えばいいの?」
すくなくとも少女には、よく分からなくなっていた。
機械人間が、自分自身を人間だと名乗るためには、ルールがあった。
それは、肉の体を処分すること。
なぜなら機械人間は、限界を超えた究極の転生なのだから。
「エリーあなたも転生しましょう」
肉体がすべて変わってしまったのなら、本人を証明するものは魂しかない。
複製ではなく、魂を移したと――転生したのだとするならば、肉体は処分しなければならない。それは、まるでドッペルゲンガーに殺されるように。
世界に同じものが存在することは許されない。
「パパ、ママ・・・・・・」
少女の目から涙が流れる。
両親自ら座った死をもたらす椅子。
精神という名のデータを抜き取られ潰されて、動かなくなった両親の体。
どうみても火葬のように焼却されていく両親の体を一人見送った。
死がわからない歳でもない。
もはや、この世に両親はいないのだと、少女の心が訴えている。
「私たちが、パパとママだよ」
なのに、目の前の機械達は自分たちこそが両親であると語り続ける。
そして、なにより自分にも同じ存在になることを強要する。
あまりの恐怖に足が動かなくなってしまった。
少女はペタンと尻を地面につけてしまう。
「誰か助けて」
今日何度口にしたかわからない願いを小声で呟く。
伸ばされた機械の手が、少女の肩に触れようとした瞬間。
何かの影が、間に割り込んできた。
次の瞬間、エリーは抱きかかえられ宙を舞っていた。
気づけば黒髪で、異様に白い服を着た男が大通りへと跳躍している。
「大丈夫か?」
穏やかな声。
しかし、彼の瞳は鋭く機械人間を見つめていた。
男はエリーをおろすと、機械人間に相対する
「あなたは?」
目の前にいたのは、黒髪で白衣をきた男だった。
「ただのしがない研究者だよ」
そういいながら、男は銃を構えた。