落ちて行く
会社からの帰り道、夜になっても暑さが収まらない熱帯夜を凌ぐため飲み屋の暖簾を潜る。
1人で飲んでいたため、隣の席の男たちが話す話を聞くとはなしに聞いてしまう。
「新しく敷設していた工事が突然中止になっただろう、あれさ、変な穴に打ち当たったせいらしいぞ」
「変な穴?」
「ああ」
中断された工事っていうのは多分、私も通勤に使用している単線の地下鉄の路線を複線にするため、山の下を掘っていた工事の事だろう。
「山の下を掘っていたら、底が見えない程深い穴が出てきたらしい」
「深い穴って言っても限度があるだろ、そんなの埋めちまえば良いだろうに」
「それがさ、大学の先生や政府のお役人が来て調べたらしいのだが、奈落に通じてるのではと思うくらい深い穴らしいのだ」
「そんなにか?」
「強力なサーチライトを穴の縁に備え付けて照らしても、穴の底が見えず。
10時間ぐらい飛行出来るドローンのヘリコプターを穴の底に送り込んでも、底に到達できなかったらしいぞ」
「へー、だからか、あの山の隣の山の測量を始めたのは」
「そうだろうな」
このあと男たちの話題は別な物に移る。
私もそこで飲むのを止め店を出た。
腕時計で時間を確認すると終電まであと少ししか時間が残って無い。
慌てて駅に走る。
間に合わなかった。
上りの最終電車の後ろ姿を眺め見送る。
仕方が無い会社に戻って会議室で寝るか。
と、その前に、ホームのトイレで用を足す。
用を足していたらホームにまた電車が入って来た。
上りの電車だ。
回送電車だろう、運転席と車掌室以外の電灯が灯って無い。
でもドアが開けられていたんで乗ってしまう。
私が利用している駅は電車の車庫がある駅だから、見つかっても何とかなる。
直ぐ扉は閉まり電車が動き出した。
やっぱり回送電車なんだろうな、車掌が乗って無い。
暗闇に目が慣れて来ると、車両の中に沢山の荷物が置かれているのに気がついた。
何が置かれているのだろうと荷物に近寄ろうとした時、電車が突然曲がる。
え! 曲がった方向は敷設が中止された工事現場がある方。
ヤバい、この電車もしかして工事現場に向かう電車なのか?
何とか途中で下ろして貰おうと、積まれている荷物を乗り越えて運転席に向かう。
運転席に人の姿が無い、この電車無人で走っている。
工事現場に連れて行かれるのかと思っていたら、工事現場にも人の姿は無かった。
穴まで行くのか?
何故? 穴までと疑問に思い積まれている荷物にスマホの明かりを向けた。
荷物だと思っていたのはドラム缶で、ドラム缶の横には放射性危険物を示すマークが描かれている。
もしかして深い穴の中にこの放射性危険物を破棄するのか?
この考えは当たっていた。
電車は穴の縁で止まる事は無く、私を乗せたまま深い深い穴の中に落ちて行く。




