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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第二章 タパパ村の青年
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第97話 宴の後

 ルカは椅子に座って、紅茶をすすっていた。宴の後、ハンター協会の宿舎がありそこに泊まった。久しぶりの酒だったが、もうほとんどアルコールは残っていない。彼女もそんなに酒をたしなむわけではないが、どうやら酒が強いのは父譲りらしい。


 左手の指を開いたり閉じらりをしてみる。すっかりとマヒは消えていた。幸いなことに時間経過とともに消えていくまひのようだ。おかげで、病院へ行く手間が省けた。窓の外を見ると、天気は快晴。


 外の天気と同じくルカの心も晴れやかだった。心地よい気分で紅茶に口をつけて、人の姿が目に入った。薄汚れた格好にどこか力のない足取り。それを見て、ルカの胸中に苦いものがはしった。


 たとえ、ゲオタヤの研究所を潰したとしてもこの街から貧困が消えてなくなるわけではない。ルカ自身はあの研究所を潰したことは後悔していないし、人の弱みにつけこんで人をさらっていく連中。


 人をさらっていく姿がノーマをさらっていた連中と重なって、怒りが湧く。


 わたしは間違ってない。でも、と思う。


「……わたし、ずいぶんと偉そうなこと言っちゃったかな……」


 いくらガゼルを連れ戻すためとはいえ、あの言葉はいささか説教じみていたかもしれない。ガゼルとヤメクはまた今日からいつもの日常に戻っていくのだろう。何か彼らに対して自分ができることがあるだろうか。


 そこまでを考えてルカは首を振る。どうにも関りを持ちすぎたかもしれない。感傷的な気分を断ち切る。考えたところで、自分が彼らにできることなんて何もないのだから。


「けっこう早起きなんだね」


 顔を上げると、レクスがいた。席に座るやいなや次々と注文をとっていく。運ばれた料理を平然と平らげていく。その姿を見て、はー、と感嘆の息をルカは漏らした。


「育ち盛りとはいえ、朝からよくそんなに食べられるね」


「いつもはこんなに食べないよ。でも、なんだか異様に腹が減るんだ」


 話しながらも食事に夢中なレクスであったが、ふと、何かを思い出したかのように顔を上げた。


「左腕はもう大丈夫なの?」


 その質問に答える代わりにルカは先ほどと同じく指を開閉させる。それを見て、レクスはよかった、と笑う。ルカはレクスの食事が終わったタイミングで声をかけた。ずっと聞きたいことがあったのだ。


「ところで、砂丘で何があったか話してくれない?」


「いいけど、でも、俺自身もよくわかってないんだ」


 それから、レクスは自分が気づいたときには砂丘で目を覚ましたこと。研究所でウェスタと契約したこと。キュクロスに命を助けられたことを話した。話していて、なんて荒唐無稽なことを話しているのだろう、と自分で思った。


 まぎれもなく真実ではあるが、相手がどう思うかまではわからない。こんな話をルカは信じてくれるのだろうか。半信半疑で話すレクスの言葉をルカは黙って聞いていた。話し終えると、ルカは一つ頷く。


「なるほど。要するにレクス自身も本当によくわかってないってことね?」


「ごめん。あっ、でも、今の話、信じてくれるの?」


「嘘なの?」


「ううん、本当だけど……」


「君が嘘を言わないってことは、短い時間でもよくわかってる。それに、仲間の言うことは信じるよ」


「ルカ……ありがとう」


「でも、困ったね。せめて、何かヒントでもあれば……あっ、そうだ! 直接聞いてみればいいんじゃない、ウェスタに。話ができるんでしょ? 何か教えてくれるかも」


 妙案を閃いたというように、ルカがレクスに詰め寄る。


 なるほど、とレクスは思う。確かにその考えはなかった。レクスに記憶がない以上、ウェスタが一番詳しいだろう。早速、ウェスタ、と頭の中で読んでみる。

 

『なんじゃ』


 ものすごく不機嫌な声が聞こえてきた。


『砂丘であったことを詳しく教えてほしい』


『そんなことか。いいじゃろう』


 それから、ウェスタはレクスに砂丘で起こった出来事を話し――


『たわけ。なぜ、わらわがお前にそんなことを教えねばならん。自分で考えるんじゃな』


 それきり、ウェスタの声が聞こえなくなった。何度も呼びかけるがもはや、答える気はないらしく、完全黙秘するつもりのようだった。


「どう、だった?」


「たわけ、って言われた。自分で考えろってさ」


「あー…………もしかして、ウェスタって性格悪い?」


 恐る恐る聞くルカに、レクスは頷く。二人は同時に肩をすくめた。


「他に何か覚えてることはない?」


「うーん……あっ、そういえば魔女の封印がどうとか、シーラーとかウェスタが言ってたような……」


「意味深だけど、意味がわからないと――」


 そこで、はたとルカの思考が止まった。


 シーラー。その単語は、聞き覚えがある。だが、一体どこで。記憶を探って、気づいた。そう、ノーマをさらった連中が話していた。あの連中はゲオタヤの人間だった。となれば、ゲオタヤとシーラー。この二つは関係しているのかもしれない。


「レクス、もしかしたらゲオタヤに行けばどうしてレクスの中にウェスタがいるのかわかる、かも」


「ゲオタヤに?」


「昔、そのシーラーっていう言葉は聞いたことがあってね。ゲオタヤに行って調査すればウェスタのこともわかるし、レクスの会いたい女の人にも会えると思う」


 それから、ルカは過去にノーマがゲオタヤにさらわれた経緯を話した。


「本当は二人とも殺されるはずだったんだ。でも、なぜか奴らは殺さなかった。そのとき、ノーマちゃんの数値が高い、とか言ってたんだよ。話の前後から考えると、あいつらはシーラーの数値が高い人間を集めていたんだと思う。わたしはあいつらのお眼鏡にはかなわなかったみたいだけどね」


「よく殺されなかったね」


「ダスティンて男が助けてくれたんだよ」


「ダスティン……」


「どうしたの、レクス?」


「……いや、何でもない」


 気のせいだろうか。一瞬だけ、レクスは自分の心がざわついた感じがした。


「ここからはわたしの推測になるけど、聞く?」


 レクスは頷く。


「多分、レクスはノーマちゃんと同じくシーラーの適性が高かったんだと思う。だから、ゲオタヤに拉致された。で、どこかの研究所に連れていかれたのをその女の人が助けたんじゃないかな。そして、それが教団兵にばれて、崖に追い詰められた」


 そのルカの考えを聞きながら辻褄は合っているとレクスは思った。それなら、ゲオタヤに行けばウェスタのこともあの夢で見る女の人のこともわかるのだ。もし、そうならゲオタヤに行かなければ。


「ちょっと待って」


 レクスの考えを見透かしたかのようにルカが声を上げた。


「わたしたちは研究所を潰した。その際に顔を見られているし、生き残った教団兵がいる」


「つまり、俺たちはゲオタヤに警戒されてるってこと?」


「そう。でも、今ならまだ間に合うかもしれない。ここで退けば隠れながらだけど、普通の生活には戻れる、と思う。逆に言えばもう今を逃すと普通に生きることはかなり困難になる。この世界ではゲオタヤが一番強い力を持ってる。一強と言ってもいい。わたしたちがゲオタヤに行くことは、命を失う可能性をはらんでる」


 そこで言葉を切って、ルカはレクスの目を見据えた。


「君はこの世界を敵に回す覚悟はある?」


「……タパパ村を襲われてさ、こんなことをする人間がいることが許せないって思ったよ。旅の途中でウェスタに襲われたり、研究所に行ったりさ、いろいろあった。それで、俺は気づいたんだ。まだまだ何も知らないって。だから、ゲオタヤに関わっていく中でもっと学んでいきたい。ここで止まるつもりはないよ。それに、一歩踏み出せばきっと何かが変わるって思うから」


 そう、自分はまだこの世界について何も知らない。経験も知識も何もかもが足りていない。だからこそ、ゲオタヤに向かう過程でそれらを補いたい。そうすれば、きっと今の自分とは違う答えを出せるだろう。


 それに、ゲオタヤに関わっていけばあの女の人にも会える。そんな気がする。ルカに覚悟を問われたが、自分の中ではとうに決まっていた。


 なぜなら、自分はウェスタに力の使い方を教えなければならないのだから。あの契約を交わした時点で、もう自分の運命は決まったのかもしれない。


 顔を上げると、ルカが目を見張っていた。


「どうしたの?」


 レクスが声をかけると、ルカははっと我にかえたようだ。


「なんでもない」


「そう。ところで、ルカの方は覚悟は決まってるの?」


「もちろん。レクスが行くって言うなら、行くよ。なんなら断られてでもついていくつもりだから」


 そう言って、ルカは笑った。


 それから、二人は食事を終えて外に出る。ルカの方は用事があるらしく、レクスは一人でサガトの外へ出た。


 


 


 


 

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