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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第二章 タパパ村の青年
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第95話 脱出 3

 キュクロスの体は鎧が砕けて、皮膚が露出している。ピンクの色と紫の混じった皮膚は、緑色の血でぬらぬらと光っているように見えた。竜爪によって、体には大きな傷跡が痛々しく刻まれている。


 肩から胸部にかけて裂けており、手に持っている斧は刃が砕けておりはた目から見ても使い物にならないだろう。どう考えても、戦える状態ではない。それは生きているのが不思議なほどに見えた。


 それでも、ここへやってきたのは執念のなせる業か。


 兜が叩き割られて、それまで隠されていた素顔があらわになっている。ピンクと紫の混じった皮膚に血管が浮いたミイラと言った形容が正しいだろうか。それは、思わず目を背けたくなるほど醜悪な容貌だった。


 満身創痍なはずにもかかわらず、その赤い目は爛々と輝きレクスを見据えている。


 残り時間はどれぐらいだろうか。既に二分を切っているのは確実だ。ここから逃げたとしても、爆発の余波に巻き込まれるのは明らかだ。冷静に考えれば、どう考えても助からない。


 だが、とレクスは手に力を込めた。いかな状況であろうと、もう諦めるつもりはない。自分の意識が消滅するその瞬間まで、抗ってやる。そう強く心に決めて、キュクロスに攻撃を仕掛けようとして。


「……レク、ス……」


 戦意が、一気に消えた。


 喋った? 今、凶獣が言語を発したのか? これまでレクスは言語を話す凶獣に出くわしたことはない。しいていえば、性格の悪い竜ぐらいのものだ。ましてや、言語を話せるならどうしてこのタイミングなのだ。


 頭の中に思考が巡り――それが致命的な隙、となった。


 キュクロスがレクスに腕を伸ばしてきていた。


「しまっ――」


 それは決して俊敏な動きではなかったが、完全に虚を突かれた。片腕でレクスを抱いて、自らの肩に乗せた。


 何をする気だ。このまま地面に叩きつける気か。


 身構えるレクスであったが、キュクロスはそんなレクスの予想を裏切る行動に出た。そのまま、洞窟へと走っていく。


 行動の意図がまるで読めず、レクスの頭は混乱の極致に達していた。攻撃をするわけでもなく、ただ洞窟の奥へ奥へと進んでいくキュクロス。そこで、彼の脳裏に荒唐無稽なある考えがよぎる。


 もしかして、俺を助けようとしているのか?


 ありえないとは思うが、この状況、そうとしか考えられない。


 洞窟の出口が、見えてきた。あそこまで行けば外に出られる。そう思っていると、突然、キュクロスが肩に乗っているレクスを地面に下ろした。その手つきは幼子を扱うように優しかった。


 そして、


「警告、警告。当研究所はただいまより自爆プログラムを作動します」


 無情な機械音声が聞こえてきた。同時にすさまじい爆音が聞こえてきた。そして、すぐにあらゆるものを無に帰す莫大な光の奔流が迫ってくるのを感じる。それはレクスを呑み込もうとして――それを阻むものがあった。

 

 青い障壁がレクスを守護するかのように張られていた。キュクロスは彼を爆発の余波から守る様にして、刃の砕けた斧を掲げている。が、いかに衝撃を吸収するとはいえ、爆発のエネルギーが強すぎるのだろう。


 竜爪を受けた時と同じく、障壁にヒビが入っていく。砕け散る、そうレクスは思ったが、キュクロスは自らの腕に力を込める。すると、障壁の力が強まっていく。しかし、同時にキュクロスの体の至る所から血が噴き出していく。


 無理に力を行使している反動が来ているのだろう。見れば、キュクロスの体が溶けていた。それはとても痛々しそうに見えたが、それでも、キュクロスは力を使うのをやめない。


 どこにそんな余力を残していたのか。その姿は子どもを守る母親のようだった。


 

 どれぐらい時間が経過したのかは、わからない。いつの間にか、あの圧倒的な光の奔流は消えていた。意識があることで、どうやら自分は助かったらしいということにようやく思い至った。


 しかし、キュクロスは――体の半分以上が溶けて、すでにその命が消えかけていた。


「……なんで、俺を助けた?」


 その疑問に答えるかのように、キュクロスは溶けかけた右腕をレクスに伸ばして、体に触れた。もう、彼に逃げるつもりはまったくなかった。キュクロスの目は凶獣の赤い色だが、なんだかとても優しい色をしていた。


「……オオキク、ナッタ……ネ。マツ、リ、タノシカ……タ」


 大きくなった? 祭り? 何の話をしている? もしかして、この凶獣は。


「お前、俺を知っているのか? 誰なんだ、お前は? 俺の過去を知っているのか? 知っているなら、教えてくれ!」


「……シアワセニ、ナッテ……ネ」


 が、キュクロスはレクスの疑問に答えることはなかった。残っていた体が一気に溶けていく。残ったのは、ピンクと紫の入り混じった液状化したものだけであった。


「教えて、くれ」


 レクスの疑問に答えるものは、いない。虚しく言葉だけが宙に消えた。ふと、頬に触れると濡れていた。そこで初めて、自分が泣いていることに気づいた。どうして、自分が泣いているのかその理由はまるでわからない。


 ただ、胸には締め付けるような喪失感が去来していた。


 しばらくの間、呆然と佇んでいたレクスであったが、手で涙を拭う。あの凶獣は誰なのか? どうして、自分を助けてくれたのか? さっぱり、わからない。が、ただ一つ確実に言えることは、ここで時間を潰している場合ではないということだ。


 そう、約束を守らなければ。


 洞窟の奥を見ると、出口が岩で塞がれていた。爆発の衝撃で崩落したのだろう。研究所への道は完全に埋もれており、キュクロスがいなければ生き埋めになっていただろう。レクスは岩に近づいて、一個ずつどかしていく。


 力を使いすぎたのか、腕に力が入らない。それでも、一個一個、確実にどけていく。やがて、肌に風が撫でる感覚があった。もう少しだ。ひと際大きい岩を持って、放り投げる。


 すると、光が差し込んできた。闇に目が慣れていたからか、目がくらみ思わず腕で目を覆う。


「君といると心臓がいくつあってもたりないよ」


 声が、聞こえてきた。それは、さきほど約束を交わした少女の声だった。少女はこちらに手を差し伸べている。


「でも、約束は守ったよ」


 腕を下ろすと、逆光を浴びた少女――ルカの表情が見えた。その顔は、淡く微笑んでいる。レクスはその伸ばされた手を、とった。洞窟を出ると、歓声がレクスを出迎えてくれた。


 

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