第94話 脱出 2
突如、聞こえてきた機械音声が語る内容に思考が停止していたが、レクスはすぐに我にかえる。真っ先に考えたのが、ここから入口まで戻れるかどうかだ。正直、かなり自信がなかった。
ここに来るまで無我夢中でルカの姿を探していたので、道を覚えることなど考えもしていなかった。ゆえに、まっすぐ戻れるかはかなり怪しい。それに、爆発まで十分の猶予しかないとなれば二の足を踏んでしまう。
なぜならば、ここに来るまでに明らかに十分以上の時間を費やしているからだ。そうなってくると、もう戻るという選択肢は排除していいだろう。となれば、考えらえる方法は――
「ウェスタ、なんかこう、あの凶獣みたいに障壁みたいなの張れない?」
自分を守る障壁が張れれば、爆発に耐えられるのではないかと考えた。
『やってみるがよい』
さっきと同じ要領で、力を使おうとして。ずきり、と激しい頭痛がした。
『今のお前じゃそれ以上力を使うのは無理のようじゃな』
その声にはどこか嘲笑の色が感じられた。
こいつ、結果がわかっていて何も言わなかったな。
力で身を守る手段も使えない。打つ手なし、と諦めるつもりは毛頭なかった。レクスは考える。ここが研究所ならば、何らかの事故が起こったときに使う避難通路のようなものはないだろうか。
もちろん確証は全くない考えだが、もはや、レクスはそれにすがるしか方法がない。避難通路を探すために、レクスは奥の通路へと走っていく。扉を何度もくぐり、白を基調とした通路が続いていく。
似たような通路が続くために、自分が出口のない迷路を彷徨っているような感覚に陥ってくる。
「警告、警告。当研究所はあと五分で爆発します。研究所内にいる者は可及的速やかに避難してください。繰り返します――」
そんなレクスを焦らせるかのように、再び機械音声が聞こえてきた。
まずい。
額に汗が滴り落ちてきた。すれ違う人は誰もいない。もしかしたら、もうこの研究所にいる人間は自分だけなのかもしれない。この世界に一人しかいないような不安を感じつつ、扉をくぐる。
その部屋は今までよりもひと際広い場所だった。物置なのだろうか。作業用のコンテナがいくつかおいてある。さっと目をはしらせて、レクスは思わず声を上げた。部屋の隅に梯子があったのだ。
梯子は天井まで続いており、天井には開閉式の扉がついていた。
あそこから、外に出られるかもしれない。
わずかな希望を抱いて梯子を上ろうと近づいた瞬間――横から人影が飛び出してきた。その手にはきらりと光る剣が握られていた。視界の端でそれをとらえたレクスは、剣撃をかわす。
教団兵、だった。まだ若い。もしかしたら、自分と同じぐらいかもしれない。
「待ってください。研究所が爆発することは知ってますよね? ここで戦っても犬死です。だから、一緒に逃げませんか?」
レクスの話を聞いた教団兵は、一瞬、考えるような素振りをして、剣を下した。わかってくれた、とレクスが安心していると。教団兵は手に何かを持っていた。それは黒い手の平に収まるぐらいの大きさだ。
それを、教団兵は梯子に向かって投げた。かつん、と音を立てた瞬間、爆発した。轟音が響く。見れば、梯子は無残に壊れていた。もう、どう見ても使えるようには見えない。
その教団兵の行動がレクスは信じられなかった。
「自分のやったこと、わかってるんですか! もう、脱出する方法がなくなったんですよ!」
叫ぶレクスに教団兵は平然と頷く。
「無論だ。わたしは新兵とはいえ教団に忠誠を誓った身。この研究所がなくなるときは自らの命果てるときと覚悟は決めている。そして、賊と相打ちになるならばそれは私にとって本望! ゲオタヤに栄光あれ!!」
剣を抜き放ち、上段から振り下ろしてくる。それは隙のない洗練された動きだった。それを大剣で受け止めて、弾き、体勢が崩れたところにレクスは教団兵へ大剣を突きさした。ぐふっ、と血を吐いて、
「……アラメ様」
と、つぶやいたのを最後に絶命した。レクスは大剣を抜いて血ぶりをしてから、男に手を合わせた。
『敵だぞ、こ奴は? 必要か、それ』
「うん、この人は悪い人じゃなかった気がするから」
レクスに向かってきた教団兵は曇りがなく、まっすぐなものだった。それはタパパ村を襲撃してきた教団兵とは全く異なるものだ。きっと、教団兵にもいい人はいるのだろう。もちろん教団の存在自体は許せるものではない。
が、これはそれとはまったく別の話だ。
そして、この人はいい人の側の人間。そういう気がする。
だから、これは自らの命を賭けた男へのはなむけのつもりだった。
ごめんなさい。あなたに譲れないものがある様に、俺にもあるんです。
すぐさま意識を切り替えて、レクスは梯子を見た。何度見てもその景色は変わらない。もうここから脱出することは不可能だ。
死ぬのか、俺は。
それは一瞬よぎった考えだった。が、すぐさまレクスの脳裏を死という単語が埋め尽くしていく。それを肯定するように、
「警告、警告。当研究所はあと二分で爆発します。研究所内にいる者は可及的速やかに避難してください。繰り返します――」
この状況で助かる方法などあるのだろうか。絶望が全身を侵食してきて――
わたしはあがくよ。あがいてもがいて、前に進み続ける。それが、わたしができる精一杯の抵抗だから。
ふと、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
一体、誰の言葉だったろうか。うまく思い出せない。けど、これを言った人は最後まで諦めなかった気がする。もしかしたら、この言葉はあの夢で見る女の人が言った言葉なのかもしれない。
誰かに背中を押される感じがあった。絶望的な気分が霧散していく。
そうだ。俺は諦めない。最後のその瞬間まで抗う。
ルカとの約束を守らないといけない。
不思議、だった。絶望的な状況にもかかわらず、体には力が宿っていた。レクスは部屋の隅々まで探す。そして、部屋の隅からふわり、と髪が浮くのを感じた。
今のは、風?
そこは部屋の奥の方にある場所で、目の前にはコンテナが置いてある。そのコンテナに体を押し当てる。コンテナがゆっくりと動いていき、そこに洞窟のようなものが現れた。
レクスは心の中で喝采を上げた。あとはここを通って逃げるだけだ。
『喜んでおるところ悪いが、お前の悪運も尽きたようじゃぞ』
どういう意味だ、と返そうとして――背後に気配を感じた。振り向いて、レクスは唖然とした。
そこには全身をズタボロにしたキュクロスが立っていた。
研究所が爆発する時間が刻一刻と迫っている。




