第92話 謎の少女 2
『忌々しい魔女の封印がとけたら、今度は人間の体に封じ込められるとはな。とんだ災難よ。お前、シーラーか?』
地獄の業火に焼かれる中で、ウェスタの声が聞こえてくる。正直、何を言っているのか全く分からない。
『その様子じゃ、何も知らないようじゃな。まあよいわ、お前がてこずった奴はすぐに灰燼に帰してやる。お前の望む力が手に入るんじゃ、満足じゃろう?』
「いらない」
『何?』
「力なんて、いらないっ!」
体が内側から燃えていくという経験したことのない痛みを味わいながらも、レクスは叫んだ。
『これは妙なことを言う。あの混ざりものを倒したいのじゃろう? 状況を自らの思う通りにしたい、だからこそ力が欲しいのではないのか?』
そう、確かに自分はキュクロスを倒すために力が欲しい。だが、力自体は大嫌いだった。タパパ村での教団兵の凶行をレクスは絶対に忘れない。彼らは自らの力に酔っていた。
だからこそ、罪の呵責も感じずにあのような凶行ができたのだ。もし、彼らに力がなければあんな悲劇はそもそも起こらなかった。
力は人を狂わせ、災いを呼ぶ。
レクスはあんな行いをするような人間には死んでもなりたくない。ゆえに力自体を否定する。存在しなければいいとすら思う。でも、と同時に思う。力に狂い溺れた人間を止めるのもまた力なのだ。
認めたくないが、力に溺れ酔った人間を止めるには力が必要だ。
だから、俺は。
「力を悪用する奴が大嫌いだ。俺はそんな奴らに抗いたい。だから、お前の力を貸せっ! 俺は力を奪うために、力が欲しいっ!」
放たれた言葉にウェスタはきょとんとして、やがて、笑い始めた。
『いやはや、滑稽なことよ。自らの私欲のためではなく、力を奪うために力を求める。そして、力を否定する。ふふふ、矛盾しておるな。かくも人間とは不思議な考えをする生物なのか』
涙を流しそうなほどにウェスタは笑い、ぱちん、と指を鳴らした。すると、レクスを覆っていた灼熱の炎が消えた。そして、ウェスタはうつ伏せに倒れたレクスの顔を覗き込んで、にやり、と笑った。
『面白いな、お前は。ふふふ、わらわはお前に興味が出てきたぞ。いいじゃろう、五千年も封印されて退屈しておった。お前に力をやる。これは契約じゃ』
「契約?」
『そう、王種たるわらわが人間のお前と契約してやる。じゃが、わらわの力は人間のお前には過ぎたる力。いずれはお前自身を喰らい尽くすじゃろう。それでも、契約するか? ここで死んだほうが幸せかもしれんぞ?』
「やるよ。そっちこそ、こき使ってあげるから後で泣き言を言わないでね」
『ふふふ、威勢のいい人間よ。せいぜい、わらわに見せてみよ。お前の力の使い方とやらを見定めてやる』
そして、再び景色が切り替わった。
目の前にはキュクロスが青い障壁を展開していた。さっきの記憶と同じ光景だ。どうやら、向こうでの時間はこっちでは過ぎていないらしい。
レクスは右腕を握る。ウェスタの言葉通り、力は増していると感じる。だが、これではまだあの障壁を打ち破るには足りない。まだ、力が必要だ。
『炎をイメージしろ。それがわらわの力を引き出す方法じゃ』
ウェスタの声が頭に響く。言われたとおりに、レクスはイメージする。イメージするのはあの砂丘でウェスタが放った炎だ。すると、右腕に熱を感じた。どんどん熱くなり、とてつもないエネルギーが集まっていく。
「ぐうっ!」
さきほどウェスタに燃やされたのと同じ痛みが右腕を襲い、やがて、右腕が異様に膨張した。肥大化した右腕は二メートルはあり赤く燃え上がる様に発光し、五本の指が鋭い爪の形状となっている。
それはもはや人間の腕というよりも、竜の爪と言った方がふさわしい形だ。
右足を踏み出す。それで地面が割れ、破片が宙を舞う。それに合わせてレクスはキュクロスに向かって肥大化した右腕――竜爪を振り下ろした。障壁に触れた瞬間、互いの力が拮抗する。
が、ぱりん、というガラスの砕ける音とともに障壁が跡形もなく消え去った。あらわになったキュクロスに竜爪を叩きつけるようにして、ぶつけた。無防備となったキュクロスの鎧を砕き、皮膚を穿つ。
緑色の血を噴き出して、絶叫を上げるキュクロス。膝立ちになり、間をおいて仰向けに倒れた。竜爪を受けたからか兜についていたリングが砕け散っていく。
そして、鎧のがしゃん、という音とともに主を失った巨大斧が床に転がり、その刃は竜爪の一撃で砕けていた。
倒れたキュクロスをレクスは荒い呼吸を繰り返しながら見ていた。傷口が再生する気配はないし、起き上がってくる様子はない。
どうやら、倒せたらしい。
ようやく実感がわいてきて、一つ息を吐く。
『わらわが力を貸したのじゃ。当然の結果じゃな』
ウェスタの声を聞いて、レクスが渇いた笑いを漏らす。紆余曲折はあったにせよ、なんとか倒すことができた。
これでルカとの約束は守ることができそうだ。
張り詰めた緊張の糸が切れかけた時であった。
突如、けたたましいサイレンの音が聞こえてきて、レクスは弾かれたように顔を上げた。続いて流れてきた機械音声を聞いて、耳を疑った。
「警告、警告。当研究所はあと十分で爆発します。研究所内にいる者は可及的速やかに避難してください。繰り返します――」
感情がこもってない音声を聞きながら、鳴り響くサイレンと同じようにレクスの心はざわついていた。




