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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第二章 タパパ村の青年
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第85話 潜入 8

「誰かいるんですか?」


「……人が、いる、のか……?」


 ひどく衰弱した声が聞こえてきた。この通路は奥に扉が一つと、左右に四つずつ扉があった。声は左の二番目から聞こえてきた。そこへルカは入る。そして、声の主を見つけて目を見張った。


 先ほどの部屋にいた異形がいたからだ。いや、一つだけ大きく異なることがあった。それは、顔の半分は人間の形を残していたことだった。異形の体に人間部分を残していることがグロテスクな印象を与えていた。


 立ちすくむルカの姿を見て、その異形――中年の男が自虐めいた笑みを浮かべた。


「……すまないな、うら若い乙女にこんな姿を見せて……。俺の姿はさぞ醜いだろう」


 その声ではっと我に返る。


 この人はまだ人間なんだ。それなら、助けなければ。


「どうして、そんな姿になったんですか?」


「最初は……別の牢屋に入れられて、いた。が、ある日、教団兵がやって、きて……ここへ移されたんだ……。最初は十人ぐらいいたんだが、な。日を跨ぐごとに人が減って……で、俺の番がやってきた。連れられた部屋では、研究員がいて、薬を渡された。それで薬を飲むと、この有様ってわけさ」


「薬を飲んだら、その姿になったということですか?」


 にわかには信じがたい話だった。そんな薬があるなんて聞いたこともないからだ。が、この男が嘘を言っているようにはとても思えない。


「信じられないか? ……俺がその証拠、さ。凶獣化薬と奴らは言ってたな。ここは人間を凶獣へと変える薬の実験場らしいぜ。で、俺は……どうやら失敗作らしい。薬にもいろいろ適性があるらしくてな、俺みたいな失敗した奴はここに送られる。成功したら、向こうでまた実験があるらしいが、あんた、何かあっちで見なかったかい」


「凶獣、みたいなのが、たくさん……」


「ふっ、ふ……ここに連れてこられた奴らだな。成功した奴らはもう人の人格はないって話だ。くくっ、おしゃべりな研究員が言ってたよ。俺は失敗作らしいが……ある意味、幸運なのかもな。生きたまま凶獣に食われるなんて想像もしたくない」


 それはどういう、と言いかけてルカは口をつぐんだ。ここに来る途中、教団兵が材料という言葉を口にしていた。材料、というのはつまり人のことか。この研究所は人間を凶獣に食わせることと、薬によって人を凶獣に変える施設なのだろう。


「……さて、ねむ、くなってきた、な」


 男は目をつむろうとしていた。その衰弱した様子から察するに一度目を閉じたが最後、もう二度と目を開けることはないだろう。


「待ってください! もうすぐ人が来るんです、そしたらあなたを治療して――」


「……この姿から、人に、戻れる、と思うか?」


 ルカは二の句を告げなかった。こんな症状、見たことも聞いたこともないからだ。それでも、医者だったら。いや、と思う。理性が無理だ、と言っている。


 この人は、もう助けられない。


「ふ……ふ、そんなに悲しい顔をしないでくれ。最後に……人と話せただけでも、よかったんだ。あんたと話したおかげで、俺は……人間だっていうことが思い出せたんだ。あり……が、と……」


 それきり、男が口を開くことはなかった。男の人間部分の顔は笑みを形作っている。ルカが男の顔に触っても、もう目を覚ます気配はない。完全にこと切れていた。


「ありがとうなんて、わたし、何もしてないのに」


 なんともやるせない気分だった。ルカは男に手を合わせた。せめて、安らかに眠ったことを祈るぐらいしか自分にできることはなかった。


 この人と同じく姿を変えられた人がいるのではないか。そう思って、ルカは他の部屋にも入った。が、全員すでにこと切れていた。


 なんだか無性にモノを壊したい気分だった。


「むごいことを……」


 ゲオタヤは人をさらって生体実験を行っていたのだ。人間を使って。ろくでもないことだとは思っていたが、想像よりもさらに異常なことをゲオタヤは行っている。こぶしを握り締めて、ルカは奥の部屋へと向かう。


 ヤメクの父が心配だった。


 その部屋に入った瞬間、むせかえるような血の匂いがした。鉄製の大きな扉があるのが印象的な場所だ。血の匂いはそこから漂ってきている。その中を覗き込んで、


「うっ……」


 ルカはうめき声を上げた。千切れ飛んだ肉縁に臓物が足の踏み場もないほど散乱している。先ほど男が言っていた材料となった人間の末路なのだろう。最奥には頑丈な鎖が取り付けられている。


 それは、まるで手のつけられない凶悪な怪物を拘束するかのように見えた。


 まさか、あの鎧型の凶獣がここにいたの?


 扉の傍には白衣の男の生首と体があった。状況から考えるにこの男がキュクロスをここから出して、殺されたのかもしれない。


 でも、どう見ても研究所の人間よね、この人。


 支配している人間を殺す。ということは、今のキュクロスはもしかしたら暴走しているのかもしれない。その考えにいたり、ルカは鳥肌がたつ思いだった。制御が聞かないキュクロス。


 もし、遭遇したら。


 生首となった研究員の顔が、自分の顔が重なって――その想像をルカは振り払う。本当にグズグズしている時間はなくなった。


 はやくヤメクちゃんのお父さんを見つけないと。


 そう考えて足を踏み出そうとして、ルカは動きを止めた。


 研究員の死体の近くに、血だまりがあったからだ。屈んで、その血を見る。おそらくこれはあの研究員の血液じゃない。となると、もう一人誰かここにいたことになる。その血は奥の扉へと続いていた。


 キュクロスに出会わないことを祈りながら、ルカは血の跡をたどって奥へと進んでいく。


 

 




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