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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第二章 タパパ村の青年
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第81話 潜入 4

 研究所の通路をルカは歩いていた。なるべく怪しまれないように堂々と歩く。こそこそしていると、逆に怪しまれそうな気がしたからだ。通路はところどころに何かのパイプが張り巡らされており、研究所というよりは工場といった方が近いだろう。


 あまり清掃が行き届いていないのか、壁の塗装は剝げているわ、埃まみれだわ、で清潔感の欠片も感じられない。こんな山奥にあるからなのか、ここにいる連中が掃除に興味がないからなのかはルカにはわからなかった。


 今のところ教団兵とすれ違ってはいない。ひとまずは、ここの地図が欲しいところだ。闇雲に時間を浪費するわけにもいかない、と考えたところで、声が聞こえてきた。さっと部屋の隅に張り付き、聞き耳を立てる。


「最近さ、キュクロスの奴がいつも以上に材料を食うんだよなー。おかげで、材料のストックが全然ない。なんでだろうな」


「なんでもハンターに手痛い目に遭わされたらしいからな。そのストレスと傷の修復が原因だろう。にしても、ラティア様も厄介な凶獣を送ってきてくれたもんだよ、本当に。あいつがここに来るまでは楽だったんだが」


「今でも十分楽だろ」


「ははっ、違いねえ」


 わはは、と教団兵が笑いあう。


 ルカは今の話を整理してみる。キュクロス、というのは話の流れから察するにあの湿原で戦った鎧型の凶獣のことだろう。材料、というのはまだわからない。が、どうやらあの凶獣がここの研究所にいるようだ。


 面倒なことになった。


 こうなってくると、一刻も早く外の霧を何とかしなければ。


「何をしている?」


 いきなり、声をかけられた。ルカの心臓が大きくはねた。それを表情には出さずに、振り返る。そこには訝し気な表情を浮かべた教団兵が立っていた。彼はルカをじっと見て嘗め回すように見ている。


 ルカの額から汗が滴り落ちる。このまま黙っているのも怪しいと思い、口を開こうとしたところで、


「お前、もしかして新しく入った奴か?」


「はっ! 今日からここに配属されました新兵であります!」


 びしり、ときびきびとした動作でルカは敬礼した。すると、教団兵はわかったというように手を下げた。彼女はそれに従う。


「上の見張りは何も言わなかったのか?」


「特には何も言われておりません」


「ちっ。あいつら、さぼりやがって……。まあいい。なら、俺が休憩所に案内するから、ついてこい」


 教団兵はくるり、と背後をむいた。そのことにルカはホッとする。どうやらうまく誤魔化せたようだ。それから彼女は教団兵の後ろを歩いて、ある場所で彼の動きが止まった。


 おそらくここがさっき言っていた場所なのだろう。


「詳しいことはここの奴らに聞け。しかし、お前はラッキー、いや、アンラッキーというべきか? なんにせよ、気楽にやれよ」


 ぽんぽん、とルカの肩を叩いて教団兵は去っていく。どういう意味だ、と思いつつ、彼女が扉の前に立つと、すっと扉が自動で開く。


 部屋にいる教団兵は六人ほど。三人はテーブルを囲って、何らかのゲームに興じている。二人は睡眠をとっており、一人は何をするでもなく天井を見上げていた。ルカはそのうちの天井を見上げている男に声をかけた。


 すると、男はいかにも面倒くさそうに頭をかき、なに、と不機嫌な声を出した。


「今日ここに配属された者です。いくつかお聞きしたいことあるのですがよろしいでしょうか?」


「手短にしろよ。俺は忙しいんだ」


 と、言って男はあくびをする。どこがだ、と内心で突っ込みつつルカは話を続けることにした。


「この研究所の外を覆っている霧についてですが」


「ああ、ミストクリエイターのことか?」


 ルカが頷くと、男はあくびを何度もしつつ話す。


「あれはこの研究所の周囲に張ってある装置からミストを出しているんだ。といっても、本物の霧じゃない。人間の視覚にのみ作用する粒子を放出しているんだ。だから、範囲内に入った人間は前後不覚に陥ってここに近づけないって仕組み」


「装置ということは、この研究所内にそのミストクリエイターの制御をする場所があったりとかするんですか?」


「ああ、あるよ。制御室が」


「そこに案内してもらえませんか。どんな場所か見てみたいです」


 頭を下げるルカに、男はものすごいしかめ面をした。


「えー、嫌だ! 面倒くさい」


「そこを何とかお願いします」


 なおも食い下がるルカであったが、男は不貞腐れた様に背中を向けた。彼女は困った。他の者に聞こうと目を彷徨わせるが、目線があおうものなら即座に反らされる。その反応にはありありと関わりたくないという色が濃い。


 研究所の内部を知らないルカとしては、誰かに案内してもらう方が確実なのだが。どうするべきか、と悩んでいると――目の前に手の平サイズの機械が差し出されていた。これは、というように彼女が男を見ると、


「この端末にここの地図を入れておいたから、これで場所わかるでしょ。ちなみに俺が制御室の監視担当なんだけど、お前が代わりにやっといてね。じゃ」


 男はのしのしと歩いて、ベッドに横になった。その様子をぽかんとして見ていると、


「地図もらったんなら、研究所の場所わかるんだよな。じゃあ、俺の担当場所も仕事やっていてくれ」


「あっ、わたしも」


 それまでゲームに興じていた三人がここぞとばかりにルカに仕事を押し付けてきた。何が何やらわからずに彼女は頷き、気づけば部屋の外に佇んでいた。


 いくらなんでも、警戒心薄すぎやしない?


 自分は変装した新兵とはいえ、こんな端末を渡してくるのは信じられない。ましてや、新兵にろくに仕事を教えずにその仕事を押し付ける始末。端的にいって、ここの教団兵は腐っている。


 これが自分を騙す罠なのではないかと思ったが、きっとそれはないのだろう。


 ルカの脳裏にここへ案内してくれた教団兵の言葉の意味が分かった。彼は恐らくこの研究所の腐敗した現状を言っていたのだろう。


 この世界を支配している国であるゲオタヤ。だが、


「いかに世界一といえど、末端までは目が回らない、か」


 と、ルカは部屋の外で溜息を吐いた。


 

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