第78話 潜入
サガトの街の裏通りに、人が集まっていた。数は二十人ほどで心なしか全員が明るい表情を浮かべている。表通りを歩く人たちのはしゃぐ様な声が聞こえてきた。その声を聞くと、人々はなぜだか恨めし気な目つきになっていく。
「いい気なもんだな、こっちはひどい生活してるってのに」
一人の男が悪態をついて、ぺっ、と地面に唾を吐いた。男の行動を咎めるものはいない。逆にその言葉に同意するようにほとんどの人が頷く。
人々の頭上には月が輝きを放っている。その明かりに照らされた人々の姿は、どこか汚れていた。格好もそうだが、肌も日々の苦しい生活のせいか艶がない。
「悪い、待たせたな」
ぬっ、と暗闇から姿を現したのは一人の男であった。
額に人の目を象った鉢巻をしている男。それだけで、男がこの街をある意味にぎわせている幸福願望団の人間だということが見てとれた。
「よし、お前ら。これから俺の後ろについてこい」
男は腕を上げる。その声音からは文句を言わせないという、有無を言わせない迫力があった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。本当に俺たちに金をたんまりくれるんだよな? 嘘じゃないんだよな?」
「ああ、本当だ。俺を疑ってるなら、ここで帰ってもいいんだぞ」
男がじろり、と人々を眺めるように見えた。その視線に身をこわばらせる人々であったが、誰も帰ろうとはしない。
「よし、じゃあついてこい。あんまり余計なおしゃべりをするなよ。ん、ちょっと待て」
これから歩みを進めようとしたところで、男は不審な声を上げた。というのも、男の視線の先――そこに、布のフードを被った得体の知れない人物がいたからだ。目深に被ったフードのせいで顔がよく見えない。
「お前、顔を見せろ」
高圧的な態度で男はその人物へと近づいていく。が、男の言葉とは別に一向に顔を見せようとする気配はない。その態度に男は若干、イラつく。
「俺の言うことが聞けないのか」
威圧するようにすごむ男に対して、
「顔にひどい火傷をしているのです。とても醜い顔で、人目に晒したくありません」
若い女の声だった。その言葉に同情を抱きかけるが、男は首を振る。
「一応、どんな奴なのか確認だけはしたいんでね」
「この顔が嫌で、火傷を治したくて、お金が欲しいんです」
「それは……」
男が困ったように唸っていると、
「どうしたんだ?」
男の背後から、もう一人男が姿を現した。
「いや、こいつが顔を見せたくねえって……」
「いいだろ、それぐらい。それよりも、あちらさん気が立ってるみたいだぜ。いつも以上に急かしてきやがる」
「なに? なら、仕方ないか。お前、そのままでいいぞ。ただ、黙ってついてこい、いいな?」
男の言葉にフードを被った女は頷いた。
それから、人々は男二人に先導されるようにして歩いた。ぞろぞろ、と集団が歩いていれば目立ちそうなものだが、なぜか、人目のつかない道を歩まされていた。あらかじめ決まったルートがあるのだろう。男たちの歩みに迷いは一切ない。
サガトを出てから黙々と歩いていると、男たちが立ち止まった。
そこには大型の魔動車があった。その大きさからしてここにいる人々を全員収容しても、なおスペースがありそうな大きさだ。魔動車の前には、教団兵が腕を組んでイラついたようにつま先で地面をたたいていた。
「遅いぞ」
「すいません」
幸福願望団の二人がぺこぺこ、とへりくだった様に頭を下げる。教団兵は鼻を鳴らし、
「まあいい。よし、いつも通りにやれ」
教団兵はそれだけを言い残して、運転席へ向かう。すると、幸福願望団の男二人が集まった人々を乱暴に魔動車の荷台部分へと押し込んでいく。それから、間もなくして魔動車が動き出す。
どうやら、男二人の役目はここまでらしい。人々を送る男二人の目はどこかにやついていた。
荷台に押し込められた人々は、無言であった。魔動車の動く音だけが響いている。天井に吊り下げられた電球は、電気が切れかかっているのか、ちかちかと明滅を繰り返すのみ。室内は仄暗く、目を凝らせば人の表情がうかがえるぐらいだ。
そんな車内の暗さとは対照的に、人々の表情は一様に明るかった。おそらく幸福願望団の言ったことを鵜吞みにして、これからの明るい未来を思い描いているのかもしれない。
がた、と車が大きく揺れて、何人かの人間が体勢を崩した。一定方向に重力がかかっていることから、斜面を登っているのだろう。どうやら、目的地があるペタ山にたどり着いたようだ。
荷台の扉が開き、
「おりろ」
と、教団兵の横柄な声が車内に聞こえてきた。
そそくさと言われたとおりにする人々。車から降りてきて、面食らった。凄まじい濃霧が目の前に広がっていたからだ。それは、すぐ近くにいる人の顔すらわからないほど霧が濃かった。困惑している人々の手に、教団兵がロープを手渡す。
「いいか、お前ら! 今から俺が目的地まで歩いていくからそのロープを手放すなよ。もし、ここではぐれても絶対に助けないからな」
冷たく言い放つ教団兵の言葉に、人々は戦々恐々といった有様で渡されたロープをしっかりと握る。まるでそれが命綱かのように。
ロープが引っ張られる方向へと人々は歩いていく。教団兵がロープを手放すなといった理由がわかった。確かにここに置いていかれたら、もう二度と元の空間には戻れないだろう。そういう考えを抱かせるほどの霧であった。
まず、視界が見渡せない上に、方向感覚が狂う。自分が前に進んでいるのか後ろに進んでいるのかすらもわからないのだ。この異常な状況で頼りになるのは手の持たされたロープのみ。
もし、これを手放したら。
身の毛のよだつ考えを振り払い、人々は恐怖と心細さと戦いながらひたすらに歩き続ける。
やがて、視界が開けた。そこは山の中だというのに、何もない更地だった。人々を先導していた教団兵の前に、おそらく見張りなのだろう。その教団兵はこちらを見て、退屈そうにあくびをした。
「やっと来たか。待ちくたびれちまったよ」
「悪いな、ちょっと集まりが悪くてな」
「まったくこんな見張りなんて必要なのかね? 誰もこんなへんぴな場所に来やしねえっての」
「そう言うな。一応はそういう決まりだ。で、あいつの様子はどうなんだ?」
「ご機嫌斜めだぜ。いつもよりも食欲旺盛だ。材料も残り少なくなってきたからな。じきに、そいつらも」
教団兵の一人が人々を見渡して、にたり、と悪意のある笑いを浮かべた。
「そうか、そいつは気の毒にな。お前ら、このまま俺についてこい。褒美はもうすぐだぞ」
先導していた教団兵は地面に手を伸ばした。すると、土で隠れていた鉄製の扉があらわになり、それを上に引っ張り上げた。現れたのは階段であった。
「よし」
と、教団兵が声を上げた時だった。
人々の中を潜り抜けて、まるで矢のごとき身のこなしで迫る影があった。教団兵は反応する間もなく背後に回り込まれての手刀を受けて、あえなく気絶した。
「えっ、えっ?」
きょとんとした様子で見張りをしていたもう一人の教団兵は間の抜けた声を上げて、あっさりと手刀を受け気絶した。
それはあっという間の出来事で人々は呆然としていた。
教団兵をやったのは顔に火傷があるといったフードを被った女だった。
「ここまでは上々、かな。もうこれは必要ない、っと」
女は勢いよくフードマントを投げ捨てた。現れたのは火傷をした女ではなく、ハンターの少女――ルカ、だった。




