第77話 今後の指針
サカチは絶叫を上げて、守衛に連れ去られた後、トムソンは部屋にあるソファに座ってしきりに目頭を押さえていた。
「この部屋にいると、目が痛くなって叶わん……」
と、愚痴をこぼしていた。それに関しては全く持って同意だ、とルカは思った。部屋中がピカピカしていて、これでは仕事どころではないだろう。このような部屋にしたサカチの完成を疑ってしまう。
一体、どういう目的でこんな部屋にしたのだろう、とルカが考えていると、ぬっと視界に男が入ってきた。
サカチの隣に立っていた男、タチといったか。タチはじっとルカを見ていた。ずっとそばにいたことから、サカチの側近と考えていいいだろう。自分の主人が捕まったことでルカに文句でも言いたいのだろうか。そんな考えが頭をよぎり、ルカが警戒をしていると、
「すまなかった」
タチはルカに頭を下げた。一体何のことかわからずにルカは目をしばたかせた。
「サカチの横暴に不快感は覚えていた。しかし、奴は協会の会長、下手に逆らうと仕事を失う。ゆえにさっきも見ていることしかできなかった。申し訳ない」
そう言って、タチはもう一度頭を下げた。ずいぶんとタチは誠実な男らしい。そんなタチにルカは気にしてないよ、という意味を込めて手を振る。
「よそ者であるわたしとあなたじゃ事情が違うから、責めようとは思わないよ。ゲオタヤの研究所を叩く、それには協力してもらえるってことでいいの?」
「もちろんだ」
「なら、その鬱憤はゲオタヤにぶつけるとしましょう」
「そうだな」
ルカがそう言うと、ようやくタチは硬い表情を崩して、破顔した。
「それで肝心のゲオタヤの研究所の位置はわかっているの?」
「それなのだがな……」
タチは言葉を詰まらせて、その表情はどことなく曇っている。それで、ルカは察した。
「ペタ山の中腹にあるということは、わかってるのよね?」
ルカがそう聞くと、タチは目を丸くした。
「……よく知っているな。いやはや、さすがは黒階級のハンターといったところか。その通りだ、ペタ山の中腹にあることは判明している。だが……」
「何かあるんだね?」
その言葉にタチは頷く。
「ペタ山の中腹に来ると、ものすごい濃霧が発生するのだ。それこそ、前を見通すことが困難なほどにな」
「濃霧? ペタ山って、霧が濃い場所なの?」
「まったくそういう場所ではない。俺はこのサガトに住んで長いが、ペタ山に霧が発生するなど聞いたことがない。が、ペタ山中腹に来ると急に深い霧が発生する。いや、正確に言えば見させられているというべきか」
「どういうこと?」
「俺もよくわからんのだ。山の中腹に来ると、前後がわからなくなるほど濃い霧が見える。それを無視して、ようやく建物を見つけたと思ったら、ただの廃墟だったりな。だから、研究所がどこにあるか未だにわかっていないんだ」
不思議な話、だった。ペタ山は霧が発生しない場所にも関わらず、ある場所に来ると濃い霧が発生して、ある種の前後不覚に陥る。考えられることは、
「ゲオタヤが何か仕掛けてる?」
「おそらくは」
「研究所を潰す前に、まずは場所を特定させないといけないということね」
タチがうむ、と頷く。
話を整理すると、ペタ山に研究所があることはまちがいないようだ。それは、タチの話からもあのタパパ村を襲った教団兵の言葉とも合致する。あの教団兵が嘘を吐いている可能性も視野にいれていたが、それは消えたと考えていいだろう。
そうとなれば、研究所の場所をどうやって特定するかということになってくるのだが、
「考えているところ悪いが、問題はまだある」
「なに?」
「鎧型の凶獣だ。研究所の周辺を探っていると、まれに出現するのだが……こいつがやたらに狂暴で強い。仲間がもう何人もこいつにやられている。腕利きのハンターを複数人、討伐に向かわせたのだが全員返り討ちにされてしまっている」
鎧型の凶獣、それはもしや。
「もしかして、それってイナク湿原にいた巨大な斧を持った凶獣のこと?」
「君は本当にいろいろ知っているな。その通りだ、湿原に妙な凶獣がいるという目撃情報を得て、討伐に向かわせたのだ」
「あの凶獣は……うん、無理だね。凄腕のハンターでもきついかもしれない」
「もしや、君はあの凶獣と戦ったのか?」
「はは、まあね。全然歯が立たなくて逃げるので精いっぱいだったけど」
「大したものだ。あの凶獣と戦って生き残った者はいない。黒階級のハンターは格が違うな」
タチがルカをどこか尊敬するような目をしてみている。
ハンターによっては自分より上の階級のハンターにはあからさまな悪意をぶつけてくる輩もいるのだが、どうやらタチはそういうタイプではないらしい。
もっとも、いかに黒階級のハンターであろうと敗北した事実は変わらないのだが。
「ところで、鎧型の凶獣はまだ湿原にいるの?」
「いや、湿原にはもういないようだ」
となれば、もう研究所の連中が回収したということか。しかし、あの凶獣が素直に人間の言うことを聞くとは思えない。もしかしたら、教団は自分の知らない方法であの凶獣を制御しているのかもしれない。
ルカとしてはまだ湿原でジザベリクに捕まってくれていた方がうれしかったのだが、そううまくことは運んでくれないようだ。
そうなってくると、あの凶獣はすでに研究所に戻っていると考えていいだろう。問題は研究所の場所と鎧型凶獣の対処法か。この際、鎧型のことはいったん無視して考えたほうがいいかもしれない。どのみち、まずは研究所の場所を特定しなければ話にならない。
「霧、ね」
実際にルカは見たことないので何とも言えないが、前後不覚に陥るほどの深い霧か。そんなに深い霧が発生するなら、場所を特定するのは難しいかもしれない。しかし、教団兵は濃霧にも関わらず研究所へ出入りしている。
こう考えると、霧の中でも出入りできる方法があるのだろう。それが何なのかということなのだが――
さっぱりわからない。
情報が少なすぎる。いったん、ルカ自身がペタ山に向かってみるべきなのかもしれない。実際に見るのと聞くのでは、全然違うだろうし。
よし、ペタ山へ行こう。
そうルカが決めたときだ。
「トムソンさん、幸福願望団はどうします?」
おそらくトムソンの部下であろう男が、トムソンに話しかけていた。
「サカチがいなくなった今、幸福願望団は必要あるまい。解散をするよう伝えにいってくれんか? もし、反対するようならば厳罰に処すと伝えるんじゃ」
わかりました、と返事をして男はそそくさと部屋から出ていく。
幸福願望団か。確かに連中はただの人さらいだ。野放しにしておく必要はないだろう。そこまでを考えて、ルカの脳裏に閃くものがあった。
ルカはトムソンの前に立ち、
「わたし、いい方法思いついちゃった」
きらり、とルカが目を光らせた。




