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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第二章 タパパ村の青年
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第76話 汚職 3

 部屋に乗り込んできた男女を見て、ルカは息を呑んだ。全員が色付きのペンダントをしていることから、ハンターだということがわかる。この状況はまるで想定していなかった。


 幸福願望団のアジトで、男が見せた余裕がこれだったのだ。幸福願望団とハンター協会は完全につながっている。そして、ゲオタヤも。この人数のハンターを相手にするのはさすがに手は折れる。が、やるしかない。


 ルカがそう覚悟を決めたときであった。


 ばん、と扉を乱暴に開ける音が響いた。入ってきた人物を見て、ルカは目を丸くした。それはここにいるはずのない人間であった。どうしてここに。


 やせ細った体をした浅黒い肌の女の子――ヤメクが、肩を大きく上下させて、立っていた。


 突然の闖入者にサカチは目を丸くしていた。が、やがて、その表情がどんどん怪訝なものへと変わっていく。じろり、とハンターたちを睥睨して、


「誰? このくっそ汚い子供をぼくちゃんの神聖な部屋に入れた奴は?」


 しん、とハンターたちは誰も反応しない。それを見て、サカチはちっと舌を打った。


「おい、お前、誰の許可を得てここに来た。ここをぼくちゃんの部屋と知ってきたのか?」


 あからさまにヤメクを見下すような口調を言って、鼻をならすサカチ。そんなサカチにヤメクは近づき、頭を下げた。


「お、願い、です。お父さん、を探してくだ、さい」


「あ?」


「あなた、偉い、人って聞きました。だから、お父さん、いなく、なった、からみつけてくれ、る、そう思って。お願い、しま、す。大切なお父さん、なんです。力、貸して、くだ、さい」


 ヤメクは深く頭を下げた。サカチはヤメクの言っていることを吟味して、小さく何度も頷いた。


「それは大変だったね。もう大丈夫だよ、ぼくちゃんが探してきてあげる」


「ほんと、ですか!」


 ヤメクがぱっと顔を輝かせた瞬間であった。


「んなわけねーだろ、ばああああああああああああああああああああああか!!」


 部屋中を揺らすかのような大声で、サカチはヤメクに叫んだ。あまりの声量にヤメクはびくっとして、その場に尻餅をついた。そんなヤメクを見下ろすかのように、サカチは席を立ちヤメクの傍に近寄る。


「お前さ、誰に口きいてると思ってるの? ぼくちゃんはさサガトのハンター協会の会長だよ? すっごい偉いひとなわけ。本来、お前みたいな汚くて臭くてゴミみたいな子供が口を利くことも見ることも許されない存在なの。そんなカスみたいなお前が、ぼくちゃんにお願い? 冗談もたいがいにしろよ、クズ」


 サカチのあまりの豹変ぶりに、ヤメクは口を開けて怯えた様にかたかたと体を震わせる。そんなヤメクを見て嗜虐性をそそられたのか、サカチは紙幣を一枚取り出す。


「ここに一枚のお金がありまーす。見た目は紙切れ。でも、これでいろいろと欲しいものが変えまーす。お金は人の望むものを与えてくれる、とてもいいものなのでーす。だけど、お前ら貧民はなーんの役にも立たないクズなのでーす。したがって、お前らの命はこの紙切れ以下でーす。お前のお父さんもこの紙切れ以下の命でーす」


 指をさして、爆笑するサカチ。その笑い声を聞いて、ヤメクは目に涙を浮かべた。


「う……う、お父さん、クズ、じゃ……ない!」


「いーや、お前も、父親もクズだよ、クズ! この紙以下。このサガトにとって要らない存在なんだよ! いひひひひひひ!」


 ひどく耳に障る声だった。さすがに、これ以上はルカも我慢ができそうになかった。ヤメクへ近づこうとして、サカチがそれに気づいた。これまでとは打って変わって、ひどく怯えた表情だ。


「お、お前ら、何をぼんやりしてるんだ! ちゃんと、ぼくちゃんを守れよ馬鹿野郎!!」


 ハンターたちが適応器を構えて、ルカとの距離をじりじりと詰めてきた。


 これ以上、動くとヤメクも巻き込んでしまうか。


 そう考えて、ルカは立ち止まった。そして、冷たいまなざしでサカチを見る。


「あなたはお金が大好きなようだけど、そのお金を生み出しているのは人なんだよ。そうやって、人を見下す人間にいつまでも人がついてくると本気で思ってる? いずれ、あなたの周囲には人がいなくなるよ。そして、こんなことを許しているサガトにも未来はない。人を大切にしない人間は手痛い罰を受けることになる」


「負け惜しみか、それ! ぼくちゃんはバツなんか受けないし、人なんて必要ないのさ、お金があればね! 必要がないのは貧民なんだよー!」


 駄目だ、とルカは思った。あまりにも自分とサカチでは価値観が違いすぎる。同じ言語を有しているのに、全く話が通じない。まるで違う生物と話しているような気分になる。これ以上の話はまったくもって無意味だ。


「ぼくちゃんに説教なんて偉そうに、生意気な女だ! おい、お前ら。先にこの子供から殺せ!」


 サカチの声を聞いたハンターたちはヤメクへ向かっていく。ルカは気づけば、ヤメクの体に覆いかぶさっていた。考える暇もなかった。そして、ふと、思った。


 もしかしたら、あのときのレクスも同じだったのかもしれない。考えるよりも先に体が動いたのかもしれない、とそんな考えが頭をよぎった。


 ハンターたちの適応器がルカの背中に迫ってきて。


「ずいぶんと、荒っぽいのう」


 その場の雰囲気に似つかわしくないのんきな声が聞こえた。その瞬間、ハンターたちはその人物へと視線を走らせて、動きを止めた。ルカはいつまでたっても来ない痛みに疑問を覚えて、顔を上げた。ハンターたちはどこかかしこまったように立っている。


 どういうことだろう。視線を扉の方へ向けて、ルカは目を丸くした。


「トムソン、さん?」


 唖然とした様子でつぶやくルカを見て、トムソンは柔和な笑みを浮かべた。他人の空似などではない。間違いなくトムソンだ。しかし、どうしてこの場にトムソンが。ここにトムソンがいる意味も分からない。それを言えば、ヤメクもなのだが。理解を超えた状況にルカが困惑していると、


「トムソンさん! どうして、あなたがこの場に!?」


 さきほどまで威張り散らしていたサカチが驚きの声を上げた。


「ちょっとした視察にのう。しかし、これはどういうことじゃ」


 トムソンは部屋にいるハンターを見まわして、どこかとぼけた様に言った。


「わしももうろくしたかのう……。どう見ても、小さい女子を大の大人がいじめているように思えるのじゃが」


「そ、そのようなことは……。ええい、お前ら何をぼんやりしているんだ! さがるんだよ!」


 サカチの怒声を上げて、ハンターたちは慌てて部屋の隅に移動した。それを確認してからサカチはもみ手を作って、にへら、とトムソンに愛想笑いを浮かべる。


「はは、すいませんねえ、どうも部下が独断でひどいことをしまして。ぼくちゃんは子供をいじめる趣味なんてないんですけどねー。ところで、街長であるあなた様がどのような御用でしょうか?」


 街長。その言葉をルカは聞き逃さなかった。街長といえば、この街で一番の権力者だ。トムソンを見てルカは大きく目を見開く。ただの老人ではないとは思っていたが、そんな大物だとは思いもしなかった。


「なに、大した用じゃない。お前さん、これを読んでみてみい」


 トムソンが出した紙を大仰に受け取る。そして、トムソンに言われた通りその紙に書かれた内容を読み上げていく。


「えー、このたび、サガトハンター協会、協会長サカチの……解任を決定……し、た。なお、この内容は決してくつ、覆らないものと、す……る」


 目をこれでもかというほど大きく見開き、サカチは食い入るように紙に書かれた内容を見ている。何度も何度も紙に書かれた内容に目を走らせ――やがて、非難の声を上げた。


「こ、これは! どういうこと、ですか!」


「どういうことも何も、書いている通りじゃ」


「ぼくちゃんがどれだけこのサガトの発展に尽力してきたと思ってるんですかっ!?」


「お前さんの言う尽力とは民を見殺しにすることか?」


 トムソンの目が鋭く細められる。その目は研ぎ澄まされた刃のようであり、その目に見つめられたサカチは体を大きくのけぞらせた。


「その娘が言っていたじゃろう。人を大切にしない人間は手痛い罰を受けることになる、と。わしも同意見じゃよ。おぬしのやり方を許していれば、いずれこの街に人はいなくなる。人が消えていく街なぞ、誰が住みたいと思うのじゃ?」


「で、ですが、相手はゲオタヤですよ? 逆らったらどうなるか……」


「強い相手の言うことを聞き続けていれば、相手の要求はどんどんエスカレートしていくぞ。ゲオタヤは強大じゃが、わしは奴隷になるつもりはない。街の未来は自らの力で切り開かねばならん」


 わなわなとサカチは手を震わせ、突然、叫び声を上げた。


「お、横暴だ! こんなこと認められるわけがない! ぼくちゃんは身を粉にしてこのサガトに尽くしてきたのに、この仕打ちはあんまりだ! これは明確な職権濫用だ! 人権を無視した、ひどいことだ! 納得できませんよ、こんなの!」


「……では、聞くが具体的にお前さんは何をした?」


「えっ……、それは幸福願望団の連中を見逃したことですよ。そのことでサガトとゲオタヤに強い信頼関係が生まれて、お金が出来ました」


「そのできたお金はどうした?」


「そんなの……知りませんよ。幸福願望団の奴らが、せしめてるんじゃないですかね?」


 目を右往左往泳がせて、サカチは言った。そんなサカチの挙動を観察するように見ていたトムソンは、頷く。


「なるほどのう。では、他の人にも聞いてみるとしようかの。おーい」


 トムソンが声を上げると、一人の男が申し訳なさそうに頭をかきながら部屋に入ってきた。その男を見て、サカチは目が飛び出るかと思うほど目を大きく開けた。口をぱくぱくさせて、男を震えながら指さす。


「すいません、サカチさん。全部ゲロっちゃいました」


「この者にお前さんが使ったお金のリストを作成してもらった。今からそれを読み上げるぞ。魔導車を数台に田舎に豪邸も立てておる、この部屋の改修費用もじゃな。他のもきりがないのう。いかにお前さんが協会の会長としても、個人で使えるお金の限度を超えておるわ。これだけのお金、一体どこから手に入れたのかのう」


「う……ぐ、ぐ……」


「幸福願望団からもお金を受け取り、自らの私腹を肥やす。お前さんはこのサガトに必要のない存在じゃよ」


 サカチはトムソンの言葉を受けて、顔を悲痛にゆがめた。手を小刻みに揺らせながら、


「……ろせ」


「ん、なんじゃ。耳が遠くてのう、はっきり言ってくれ」


「お前ら、このじじいを殺せええええええええええええええええええええ!」


 突如、サカチが叫んだ。


「お前らを殺せば、証人はいない。ぼくちゃんがこの街の街長になる……そうすれば、すべてまるくおさまる……。お金はいくらでも出してやる! 今よりもっといい生活ができるぞお! だから、このじじいを殺すんだあああああああ!!」


 金切り声を上げるサカチ。しかし、周囲のハンターたちは誰も動かない。それを見て、サカチは狼狽した。


「どうしたお前ら? 金だぞ? いくらでも出してやる。あっ、わかった。もっと金が欲しいんだな? いいぞ、お前らの言い値を出してやる。だから、はやく殺せよおおおお!」


 懇願するサカチであったが、もはや誰も動く気配はない。その事実を突きつけられて、サカチは膝から崩れ落ちた。サングラスが落ちて、その目は涙があふれていた。


「……どうして、誰も動かないんだよお……。お金ならいくらでも出すって言っているのにぃぃ……」


 泣き崩れるサカチの背中に、ルカは冷たく言い放つ。


「あなた、お金があれば望むものが手に入るって言ってたよね? お金があっても望むものが手に入らないこともある。勉強になってよかったね」


「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ハンター協会、元会長のサカチの絶叫が木霊した。



「でも、びっくりした。まさか、街長だなんて」


「ほほ、街の方へ視察へ行ってたんじゃよ。飲みすぎて、守衛が見失ってしまったようじゃが」


 てへっ、とトムソンが舌を出す。


「ご、ごめ、んなさい」


 おどおど、とヤメクがルカに頭を下げている。トムソンが街長だという衝撃が大きすぎて、すっかりヤメクのことを失念していた。


「そうそう、ヤメクちゃん、どうしてこんな場所に?」


「あんまり怒らないでやってくれ、わしが連れてたんじゃ」


「トムソンさんが?」


 トムソンが頷く。


「行方不明の貧民について調査はしていての。その子のことは調査対象に入っておった。だから、話を聞きたくて探していたんじゃ。で、この子がお父さんを探すと言って聞かなくてのう。仕方なく、連れていた。この協会に来たとたん、サカチの部屋へと突っ走ってのう。老体であるわしは追いつけなんだ。道中でサカチが協会長であるという話をしたのがまずかったのかもしれぬ」


「え、偉い人、って言うから、助けてくれると思って……ごめん、なさい」


 ヤメクがルカに再び頭を下げた。きっと、部屋から出るなという言いつけを破ったことを気にしているのだ。気にしてないよ、というようにルカはヤメクの頭を撫でた。


「こんなところで会うなんてトムソンさんとは奇妙な縁があるね」


「ほほ、わしも驚いておるよ、まさかあのときのお嬢さんがここにいるとは思わなんだ。その目つき、やることが定まったのかのう?」


「うん、トムソンさんのおかげでね。それでさ、ものは相談なんだけどゲオタヤの研究所を潰すのに人がいるの。協力してもらえない?」


「ゲオタヤに牙をむける。そのことに対して迷っておったが、今はもう覚悟は決まっておる。喜んで、協力しよう」


 ルカとトムソンは互いに目を見かわしあい、固い握手を交わした。


 これであとは研究所に行くだけだ。そのことに対してルカが気持ちを盛り上げていると、トムソンが苦渋の表情を浮かべていることに気づいた。


「どうしたの、トムソンさん? 具合が悪いの?」


「いや、そうじゃない、そうじゃないんじゃが……うーむ……」


 眉間にしわを寄せて、トムソンはうなり声を上げている。その様子はひどく苦し気に思えた。それをルカが見守っていると、やがて、トムソンははっとしたように顔を上げた。


「ようやっと、お前さんの名前を思い出したわい。確かゲロ子ちゃんじゃったな?」


「ルカです」


 無表情でルカは答えた。


 


 

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